上 下
83 / 84
後日談

心の準備はできたはず?

しおりを挟む
 ジョゼフィーネは、小さく溜め息をつく。
 自分の勇気のなさにも、辟易していた。
 なにかに積極的になったこともない自分を、十分に自覚している。
 ここでの過ごしかたも、ディーナリアスに任せきりだ。
 
 ジョゼフィーネには、基本的に自己主張というものがない。
 強い意志で「こうしたい」と思い、行動することは稀だった。
 とくに、ディーナリアスに対しては、従順と言える。
 彼が怖いからでも、夫だからでもない。
 
 好きだからだ。
 
 ディーナリアスを信頼しているし、彼が楽しそうにしているとジョゼフィーネも楽しい。
 彼が嬉しいと、彼女も嬉しくなる。
 一緒にいられるのが幸せで、場所は関係なかった。
 
 のんびり庭を散策するのも、城内を見て回るのも、ディーナリアスと手を繋いで歩いているだけで、胸が暖かくなる。
 2人の会話は、そう多くはないのだが、それでも気まずさはない。
 自分のたどたどしさを、彼が待ってくれるからだ。
 
 こういう言いかたは、本来、自分には分不相応なのかもしれなかった。
 けれど「愛されている」と感じる。
 
 なのに。
 
 ディーナリアスに、なにも返せていない。
 ベッドをともにすることを「つとめ」だと考えてはいけないと、ディーナリアスからは言われている。
 ジョゼフィーネも、今はもう「つとめ」だとは思っていなかった。
 
 とはいえ、なにもなければないで、不安にもなる。
 女性として求められてはいないのだろうかと。
 口づけから先に進めないのは、自分の身体的な魅力のなさではないのかと。
 
(あれも……まだ、開けて、ないし……)
 
 ディーナリアスから渡された箱に、思いを巡らせる。
 自分から頼んでおきながら、箱の蓋すら開けていなかった。
 そういう雰囲気にならなかったというのもあるけれど、開くのが怖かったのだ。
 開いてしまえば、後には引けない。
 中に入っているものを手にすることになる。
 それが怖かった。
 
 はっきり言って、ジョゼフィーネは、男性とベッドをともにする「状況」というものを想像できずにいる。
 どうすれば、そういうことになるのか。
 ディーナリアスが主導してくれるのだろうし、その流れに、自分は身を任せればいいと、そう思っていたからだ。
 
 が、実際には、ディーナリアスは、なにもしてこない。
 一緒に眠っていても、王宮にいる時と同じ。
 
(でも……あれを、着たら……私が誘う?みたいな……?)
 
 婚姻祝いに、リスからもらった寝間着は、ディーナリアスの好みではなかった。
 そのため、ジョゼフィーネは、ディーナリアスの好みの寝間着を選んでほしいと頼んでいたのだ。
 そして、ディーナリアスの好みらしき寝間着が「箱」には入っている。
 
(に、似合わなかったら……がっかりされる、かもしれないし……)
 
 ジョゼフィーネが怖いのは、ベッドをともにすることでも、誘うような寝間着を身につけることでもない。
 その寝間着が自分に似合わなかったら。
 ディーナリアスを落胆させたら。
 
 結果、拒まれたら。
 
 それが、怖いのだ。
 ジョゼフィーネは、駄目なら再挑戦、などという勇気が持てずにいる。
 前世も含めて、初めて恋をして、好きになって、絶対に離れたくないと思えた人なのだ。
 1度でも失敗したら、2度と踏み出せそうにない。
 
「ジョゼ」
 
 声をかけられ、顔を上げた。
 ディーナリアスは、とても真面目な顔をしている。
 彼は、なにに関しても、生真面目に物事を考える性格の人だった。
 
「体には相性というものがある」
「相性……?」
「そうだ。誰しもが胸の大きな女を好むとは限らんのだ」
「そ、そう……? だけど……大きいほうが……いいのかなって……」
「リロイは、大きさより形だと言っておったぞ」
「え…………」
 
 ジョゼフィーネは、言葉をなくす。
 あのリロイが、そちら方面のことを考えていたなんて信じがたかったのだ。
 女性に興味がないものとばかり思っていた。
 しかも、そんな具体的なことを言うとは、意外過ぎる。
 
(そ、そう、なんだ……大きさだけじゃなくて……形……私は、どうなんだろ……それも……自信、ないな……あんまり、見ないけど……)
 
 王宮に入ってから、自分の体を自分で洗うことがなくなった。
 ここにも同行しているが、ジョゼフィーネ付きの侍女サビナを含めて、何人かの侍女が世話をしてくれる。
 それが「正妃」として当然らしい。
 
 とはいえ、不慣れなジョゼフィーネにとっては恥ずかしいことだった。
 だから、洗われている時には、極力、意識しないよう、自分の体も、侍女たちのことも見ないようにしている。
 自分の体だというのに、大きさはともかく、形まで正確に把握はしていない。
 
(……相性……相性って、なに……? まさか……)
 
 思い立った時、ザッと血の気が引いた。
 ディーナリアスが口づけ以上をしないのは、そのせいなのではないか。
 1度だけ胸にふれられたことがあるのを思い出していた。
 
(せ、生理的に、受け付けない……ってこと、かも……あるよね、そういう……)
 
 ジョゼフィーネが前世で、人と関わりを持っていたのは、12歳頃までだ。
 性格など、とくに嫌いでもなかったのに、どうしても生理的に受けつけない、と感じる教師がいたのを覚えている。
 そして、恋をしていたはずの、幼馴染みであるアントワーヌのこともあった。
 
 口約束ではあったし、相手は本気でもなかったが、アントワーヌとは婚姻の約束までしていたのだ。
 なのに、実際にふれられると、嫌な感じがした。
 その頃にはもうディーナリアスに恋をしていたからかもしれないけれど。
 
「ジョゼ? 顔色が優れぬようだが、いかがした?」
「……ディーンは、私にさわるの、イヤじゃ、ない……?」
「毎日、さわっておるではないか」
「そうじゃなくて……」
 
 ジョゼフィーネの頭は、かなり混乱気味。
 子供ができなくてもかまわない、と言っていたのは、自分の体に興味がなかったからかもしれない、とさえ思い始めている。
 1度だけ胸にふれた際、嫌悪感をいだかれたのかもしれない、とか。
 
 きっと「相性」が悪かったのだ。
 
「なにを考えておる?」
 
 くいっと、顎を持ち上げられる。
 緑色の瞳で見つめられ、じわ…と涙が浮かんできた。
 この人に嫌われたら、自分はどうなるのか、と思う。
 ましてや「生理的に受け付けない」だなんて最悪だ。
 
「私、ディーンと……あ、相性……悪かった……?」
「それはない」
 
 ジョゼフィーネの目元を、ディーナリアスが親指で撫でている。
 その瞳の緑が、わずかに濃くなった気がした。
 すいっと唇が近づいてくる。
 ディーナリアスの胸のあたりを握り締め、目を伏せる。
 
(あ……くるんって……する……ほう……)
 
 重ねた唇の間から、やわらかなものが滑り込んできた。
 くるんっと、ジョゼフィーネの舌が絡めとられる。
 新婚旅行に来てから、初めてだ。
 それも不安の種だった。
 
 くるんっという感触が、心地いい。
 体の相性は定かでないけれど、口づけの相性はいいのだろう。
 ディーナリアスも、くるんとする口づけは好きらしいし。
 
(体の相性……まだ、わかんない、だけ……なのかな……?)
 
 口づけの甘さに、少しだけ前向きになる。
 ジョゼフィーネは、勇気を出してみようか、と頭の隅で思っていた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。  とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。  ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。  お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!  ※完結しました!(2024.5.11)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

処理中です...