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嫉妬する日が来るなんて 4

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「本当に、もう大丈夫……?」
 
 心配そうに自分を見ているジョゼフィーネの頭を撫でる。
 いつものカウチに座り、ジョゼフィーネを膝抱っこ。
 ようやくディーナリアスは平静さを取り戻していた。
 かつてないほど動揺し、ぶっ倒れてしまったのを恥じている。
 
(おのれ、リスめ……ジョゼの前で、いらぬ恥をかかせおって……)
 
 と、だいぶリスには、ご立腹。
 
 今頃は、サビナに吊し上げられているだろうが、それでも許せない。
 みっともない自分の姿を思い出すにつけ、ふつふつと怒りがわいてくる。
 ジョゼフィーネの前では恰好をつけていたかったからだ。
 情けない姿をさらすつもりだってなかった。
 
「あ、あのね……リスが悪いんじゃなくて……私が、悪いんだよ、ね……」
「何を言う。お前は何も悪くはない。リスが悪いのだ。すべて、あのク……あの知恵の回る宰相のせいだ」
 
 うっかりジョゼフィーネの前で「クソガキ」と言ってしまうところだった。
 昔から、リスが悪戯いたずらをするたび、そう怒鳴りつけていたため、今でも口癖として残っている。
 とはいえ、やはり恰好をつけていたいので、あまり汚い言葉は使いたくない。
 それに、いずれできるかもしれない子に対しての教育にも差し障るだろうし。
 
「……私が、ヤキモチ妬いたせい、だよ」
「やきもちとは、たしか……」
「し、し、嫉妬したって、意味……」
 
 ふわんと、ジョゼフィーネが頬を赤らめる。
 その表情と「嫉妬」との言葉に、またぶっ倒れそうになるのをこらえた。
 
(ジョゼが嫉妬……それで、あのような寝間着を……)
 
 頭が、くらっとしたが、それにもえる。
 ジョゼフィーネの前で2度も醜態を晒すことはできない。
 リスの子供じみた、だが、子供ではありえない「仕返し」に乗ってやるつもりもなかった。
 
 ディーナリアスは母方、リスは父方と、流れは異なるが、2人ともユージーン・ガルベリーの血統だ。
 そのせいか、似ているところもあり、お互いに諦めが悪く、負けず嫌い。
 
(十歳も下の小僧に、手玉に取られるわけにはゆかぬ)
 
 だから、意地でも、あの寝間着には手をつけないことに決めている。
 だいたい、リスからの「お祝い」には、リスの好みが反映されているに違いないのだ。
 そんなものを、ジョゼフィーネに着せたくなかった。
 似合うかもしれないし、魅力的かもしれないけれど、それはともかく。
 
「ディーンが……あんなに嫌がるとは……思わなくて……」
「嫌ということはないのだが……」
「……あんな大人っぽいのは……どうせ似合わないから……着ない、よ?」
 
 ジョゼフィーネは、すっかり、しゅんとしてしまっている。
 どう説明すればいいものやら、ディーナリアスは悩んだ。
 彼女の「心を見る」力が自分に作用するのなら、誤解をすぐにも正せる。
 が、作用しないのだから、言葉で説明する必要があった。
 
「俺は、そもそも、ああいう寝間着は好みではないのだ」
「そうなんだ……」
「だが、お前が着るのなら、それはそれで魅力的だとは思っておる」
「え……好みじゃない、のに??」
「好みではないが……なんと言えばいいのか……お前であるからこそ、見てみたくもあるというか……そそられ……ああ、いや、似合うのではないかと思ってな」
 
 言葉を尽くすというのは、とても難しい。
 心を見られ、本音を晒すのであれば、不可抗力だと、諦めもつく。
 さりとて、本音を言葉で語るには、少々、難有りなのだ。
 
 ちらちらと頭をよぎる彼女の寝間着姿。
 
 そこまでは、どうにも話しづらい。
 というより、恰好が悪過ぎて話せない。
 
「それに、俺は心が狭いと言ったであろう?」
 
 頭の中にあることは、一部、省略する。
 そして、別の理由を口にした。
 こちらはこちらで、本当のことだ。
 
「リスが選んだというのが気に食わぬ」
「じゃあ、ディーンが、選んで、くれる……??」
「そ、そうだな。まぁ、俺は、普通の……いつもの寝間着で良いのだが、し、新婚旅行用に、1着くらいあっても良いかもしれぬな」
 
 動揺が激しい。
 話せば話すほど、おかしなことになっている気がする。
 ディーナリアスは、リスに内心で「むっつりすけべ」だと思われていることを、知らない。
 
「旅行……楽しみ、だね」
 
 ジョゼフィーネの無防備な笑顔に、呻きたくなった。
 彼女に他意はないと、わかっている。
 そのせいで、よけいに不甲斐なさのようなものを感じるのだ。
 ともすれば「もうリスの手に乗ってしまおうか」などと決意が崩れそうになっている。
 
(ジョゼはわかっておらぬのだろうな……新婚旅行を普通の旅行だと思っておるのではないか? むろん、必ずしも、そうでなくてはいかんという制約もないわけだが……)
 
 2人きりでの旅行。
 
 その間、愛らしい嫁に手を出さずにいられるだろうか。
 自分の精神はつのだろうか。
 今ですら、これほど危ういのだ。
 はなはだ自信がなくなる。
 
「……ディーンは…………側室、娶る……?」
 
 唐突に、ジョゼフィーネが、ぽつっと小声で聞いてきた。
 瞬間、ディーナリアスは正気に戻る。
 新婚旅行先での「予定」を考えるのは後回しにした。
 
「娶るわけがなかろう」
「で、でも、私に、男の子が、できなかった、ら……?」
「できずとも良いではないか」
「え……い、いいの? ディーン、困るんじゃ……」
「なにも困らぬ。俺は、この即位も繋ぎだと思っておるのでな」
 
 いつまでも国王をやっている気はない。
 ディーナリアス自身は、そう思っている。
 ザカリー・ガルベリーの直系男子は、それなりの数、存在しているのだ。
 なにも自分である必要はない。
 
「俺は、第1子でもない。本来は、兄上の子が継ぐべき王位だ。しかし、まだ幼いゆえ、俺が代理をしているに過ぎぬのさ。時期が来たら、譲位する」
「そ、そっか……そうなんだ……」
 
 明らかに、ホッとした様子のジョゼフィーネの頭を、繰り返し撫でる。
 嫉妬の原因は「側室」にあったのだろう。
 
「俺には、お前との愛し愛される婚姻だけでよい」
 
 ふにゃ…と、ジョゼフィーネが嬉しそうな、それでいて困っているような顔をする。
 とても愛らしかった。
 その顔を見つつ、またディーナリアスの頭にチラと、ある事がよぎる。
 
(世継ぎのことをジョゼは考えておったのか……む。世継ぎ、だと……)
 
 成すべきことを成さなければ、子はできない。
 ちゃんとわかっているのだか、いないのだか。
 ジョゼフィーネに、ぴとっとくっつかれ、ディーナリアスは、またしても精神力を総動員することに、なった。
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