76 / 84
嫉妬する日が来るなんて 4
しおりを挟む「本当に、もう大丈夫……?」
心配そうに自分を見ているジョゼフィーネの頭を撫でる。
いつものカウチに座り、ジョゼフィーネを膝抱っこ。
ようやくディーナリアスは平静さを取り戻していた。
かつてないほど動揺し、ぶっ倒れてしまったのを恥じている。
(おのれ、リスめ……ジョゼの前で、いらぬ恥をかかせおって……)
と、だいぶリスには、ご立腹。
今頃は、サビナに吊し上げられているだろうが、それでも許せない。
みっともない自分の姿を思い出すにつけ、ふつふつと怒りがわいてくる。
ジョゼフィーネの前では恰好をつけていたかったからだ。
情けない姿を晒すつもりだってなかった。
「あ、あのね……リスが悪いんじゃなくて……私が、悪いんだよ、ね……」
「何を言う。お前は何も悪くはない。リスが悪いのだ。すべて、あのク……あの知恵の回る宰相のせいだ」
うっかりジョゼフィーネの前で「クソガキ」と言ってしまうところだった。
昔から、リスが悪戯をするたび、そう怒鳴りつけていたため、今でも口癖として残っている。
とはいえ、やはり恰好をつけていたいので、あまり汚い言葉は使いたくない。
それに、いずれできるかもしれない子に対しての教育にも差し障るだろうし。
「……私が、ヤキモチ妬いたせい、だよ」
「やきもちとは、たしか……」
「し、し、嫉妬したって、意味……」
ふわんと、ジョゼフィーネが頬を赤らめる。
その表情と「嫉妬」との言葉に、またぶっ倒れそうになるのを堪えた。
(ジョゼが嫉妬……それで、あのような寝間着を……)
頭が、くらっとしたが、それにも耐える。
ジョゼフィーネの前で2度も醜態を晒すことはできない。
リスの子供じみた、だが、子供ではありえない「仕返し」に乗ってやるつもりもなかった。
ディーナリアスは母方、リスは父方と、流れは異なるが、2人ともユージーン・ガルベリーの血統だ。
そのせいか、似ているところもあり、お互いに諦めが悪く、負けず嫌い。
(十歳も下の小僧に、手玉に取られるわけにはゆかぬ)
だから、意地でも、あの寝間着には手をつけないことに決めている。
だいたい、リスからの「お祝い」には、リスの好みが反映されているに違いないのだ。
そんなものを、ジョゼフィーネに着せたくなかった。
似合うかもしれないし、魅力的かもしれないけれど、それはともかく。
「ディーンが……あんなに嫌がるとは……思わなくて……」
「嫌ということはないのだが……」
「……あんな大人っぽいのは……どうせ似合わないから……着ない、よ?」
ジョゼフィーネは、すっかり、しゅんとしてしまっている。
どう説明すればいいものやら、ディーナリアスは悩んだ。
彼女の「心を見る」力が自分に作用するのなら、誤解をすぐにも正せる。
が、作用しないのだから、言葉で説明する必要があった。
「俺は、そもそも、ああいう寝間着は好みではないのだ」
「そうなんだ……」
「だが、お前が着るのなら、それはそれで魅力的だとは思っておる」
「え……好みじゃない、のに??」
「好みではないが……なんと言えばいいのか……お前であるからこそ、見てみたくもあるというか……そそられ……ああ、いや、似合うのではないかと思ってな」
言葉を尽くすというのは、とても難しい。
心を見られ、本音を晒すのであれば、不可抗力だと、諦めもつく。
さりとて、本音を言葉で語るには、少々、難有りなのだ。
ちらちらと頭をよぎる彼女の寝間着姿。
そこまでは、どうにも話しづらい。
というより、恰好が悪過ぎて話せない。
「それに、俺は心が狭いと言ったであろう?」
頭の中にあることは、一部、省略する。
そして、別の理由を口にした。
こちらはこちらで、本当のことだ。
「リスが選んだというのが気に食わぬ」
「じゃあ、ディーンが、選んで、くれる……??」
「そ、そうだな。まぁ、俺は、普通の……いつもの寝間着で良いのだが、し、新婚旅行用に、1着くらいあっても良いかもしれぬな」
動揺が激しい。
話せば話すほど、おかしなことになっている気がする。
ディーナリアスは、リスに内心で「むっつりすけべ」だと思われていることを、知らない。
「旅行……楽しみ、だね」
ジョゼフィーネの無防備な笑顔に、呻きたくなった。
彼女に他意はないと、わかっている。
そのせいで、よけいに不甲斐なさのようなものを感じるのだ。
ともすれば「もうリスの手に乗ってしまおうか」などと決意が崩れそうになっている。
(ジョゼはわかっておらぬのだろうな……新婚旅行を普通の旅行だと思っておるのではないか? むろん、必ずしも、そうでなくてはいかんという制約もないわけだが……)
2人きりでの旅行。
その間、愛らしい嫁に手を出さずにいられるだろうか。
自分の精神は保つのだろうか。
今ですら、これほど危ういのだ。
はなはだ自信がなくなる。
「……ディーンは…………側室、娶る……?」
唐突に、ジョゼフィーネが、ぽつっと小声で聞いてきた。
瞬間、ディーナリアスは正気に戻る。
新婚旅行先での「予定」を考えるのは後回しにした。
「娶るわけがなかろう」
「で、でも、私に、男の子が、できなかった、ら……?」
「できずとも良いではないか」
「え……い、いいの? ディーン、困るんじゃ……」
「なにも困らぬ。俺は、この即位も繋ぎだと思っておるのでな」
いつまでも国王をやっている気はない。
ディーナリアス自身は、そう思っている。
ザカリー・ガルベリーの直系男子は、それなりの数、存在しているのだ。
なにも自分である必要はない。
「俺は、第1子でもない。本来は、兄上の子が継ぐべき王位だ。しかし、まだ幼いゆえ、俺が代理をしているに過ぎぬのさ。時期が来たら、譲位する」
「そ、そっか……そうなんだ……」
明らかに、ホッとした様子のジョゼフィーネの頭を、繰り返し撫でる。
嫉妬の原因は「側室」にあったのだろう。
「俺には、お前との愛し愛される婚姻だけでよい」
ふにゃ…と、ジョゼフィーネが嬉しそうな、それでいて困っているような顔をする。
とても愛らしかった。
その顔を見つつ、またディーナリアスの頭にチラと、ある事がよぎる。
(世継ぎのことをジョゼは考えておったのか……む。世継ぎ、だと……)
成すべきことを成さなければ、子はできない。
ちゃんとわかっているのだか、いないのだか。
ジョゼフィーネに、ぴとっとくっつかれ、ディーナリアスは、またしても精神力を総動員することに、なった。
0
お気に入りに追加
693
あなたにおすすめの小説
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。
とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。
ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。
お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!
※完結しました!(2024.5.11)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
嫌われ皇后は子供が可愛すぎて皇帝陛下に構っている時間なんてありません。
しあ
恋愛
目が覚めるとお腹が痛い!
声が出せないくらいの激痛。
この痛み、覚えがある…!
「ルビア様、赤ちゃんに酸素を送るためにゆっくり呼吸をしてください!もうすぐですよ!」
やっぱり!
忘れてたけど、お産の痛みだ!
だけどどうして…?
私はもう子供が産めないからだだったのに…。
そんなことより、赤ちゃんを無事に産まないと!
指示に従ってやっと生まれた赤ちゃんはすごく可愛い。だけど、どう見ても日本人じゃない。
どうやら私は、わがままで嫌われ者の皇后に憑依転生したようです。だけど、赤ちゃんをお世話するのに忙しいので、構ってもらわなくて結構です。
なのに、どうして私を嫌ってる皇帝が部屋に訪れてくるんですか!?しかも毎回イラッとするとこを言ってくるし…。
本当になんなの!?あなたに構っている時間なんてないんですけど!
※視点がちょくちょく変わります。
ガバガバ設定、なんちゃって知識で書いてます。
エールを送って下さりありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる