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ひとりじゃないから 1

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 いつもより静かな足音だ。
 リロイは、いつものように書き物机の前に座っている。
 誰が部屋に来ようとしているのかはわかっていた。
 扉の前で、めずらしく足音が止まる。
 が、すぐに扉が開かれた。
 
「よう。ちょっといいか?」
「あなたが声をかけるなんて、めずらしいですね」
 
 その理由を、リロイは知っている。
 リスの表情も、いつも通りではあった。
 が、心情は違うのだろうと察しはつく。
 
「オレ、お前に言ったよな?」
「なにをですか?」
「あのつまんねー王太子が謁見してきたあと」
「ああ。もう1回くらいやらかすだろうと言っていましたね」
 
 リスの言うように、リフルワンスの王太子は「やらかした」のだ。
 ジョゼフィーネに手紙を送り、呼び出している。
 リスは予測していたようだが、リロイは、そこまで読んではいなかった。
 
「謁見が駄目なら、直接、妃殿下に接触しようとするだろうって、オレは思ってたわけサ。けど、どういう手で来るのかは、実際に起こるまでわからなかった」
「昔ながらの手法でしたね」
「そうだよ。手紙なんて方法、オレからすると馬鹿丸出しだからな」
 
 ロズウェルドには魔術師がいる。
 王宮だけではなく、貴族にも、おかかえ魔術師がいるくらいだ。
 安全なやりとりを考えるなら、手紙など絶対に選ばない。
 魔術師に、言づてさせる。
 証拠を残すなんて「馬鹿」のすることだからだ。
 
「けど、まぁ、手紙は無事に渡った。サビナを通してなきゃ、どうなってたか」
 
 リスは軽口めいた口調で言い、肩をすくめてみせる。
 わざとらしさに、リロイは苦笑いを浮かべた。
 自分のしていたことは、もうすっかり露見ろけんしている。
 はっきりと言われなくてもわかっていた。
 
「それから、あの姉2人だ」
「あれには驚きましたね」
 
 実際、リロイにとっては予定外のことであり、苦々しい限りだ。
 リロイの意図とは違うほうに、ファビアンが動いた。
 魔術はともあれ、人を操る才能はなさそうだと自嘲する。
 そういうことは、リスのほうが、よほど上手い。
 
「ディーンと妃殿下が、まだ深い仲になってねーことを知ってんのは誰だろーな。一応は、調べさせたんだぜ? 貴族の中にいるかもしれねーし」
「どうでしょう? あの夜会のあとでは、お2人は仲睦まじいと評判ですから」
「その通りだよ、リロイ。誰も2人が“まだ”だなんて、思っちゃいなかった。それどころか、世継ぎの話まで出てる始末だ」
 
 リロイは机に肘をつき、両手の指を交差させる。
 リスを見上げ、眉を、わずかに吊り上げた。
 
「ほのめかしは十分ですよ、リス」
 
 リスの表情が変わる。
 さすが辣腕らつわん宰相と言わざるを得ない。
 厳しく、無感情な瞳が、そこにはあった。
 
「なぁ、なんでディーンを裏切った?」
 
 リスの平坦な口調にも、リロイは動じずにいる。
 自分では「悪い事をした」などとは思っていないからだ。
 
「人聞きの悪いことを言わないでください。私は1度だって我が君を裏切ってはいません」
 
 リロイの中では、そうだった。
 リスがどう思っていようと、リロイのディーナリアスに対する忠誠心は、なんら変わっていない。
 
「そもそも、あなただって、あの国は自滅の一途と言っていたではありませんか」
「そうだよ。オレは、自滅って言ったんだ。破滅じゃねえ。ディーンにやらせようなんて思っちゃいなかった」
「たいして結果は変わらないと思いますが?」
 
 リフルワンスに残されている道は、さほど多くないのだ。
 そして、どの道を通ろうが、行きつく先は同じだろうと、思う。
 ディーナリアスが「王」としての力を示すことになるのだから。
 
「全然、違う。オレは、ディーンを破滅の王になんかしたくねーからな」
 
 百年前、たった1人でリフルワンスに大打撃を与えたロズウェルドの英雄。
 のちに大公と呼ばれたその人物は、確かに英雄だった。
 が、王宮では、少し違う見方もされている。
 
 英雄であり、恐怖の象徴。
 
 国王との契約に縛られることなく、誰よりも大きな力を持っていた魔術師。
 大公は星を降らせ、敵軍を一夜にして皆殺しにした。
 それは秘匿事項であり、王宮内でのみ囁かれている事柄だ。
 
 その英雄と、ディーナリアスを重ね合わせているらしい。
 リスは、ディーナリアスが「恐怖の象徴」となることを案じている。
 
「我が君が、それほど大きな力をお持ちだとでも?」
 
 ディーナリアスは王族であり、与える者となる次期国王。
 本来、国王は魔術師としての力は持たないのだ。
 
「ディーンができなくても、お前ならやれるだろ?」
「我が君が、お命じくださればね。いつでもできますよ」
「オレは、ディーンに“お命じ”させたくねーって言ってんだ」
 
 リロイは少しだけ驚いている。
 そして、ちょっぴり誇らしくもあった。
 
(あなたが私をそれほど評価しているとは思っていませんでした)
 
 リスは、リロイがかつての英雄と同程度の力を持っていると、評価している。
 実際には見たこともない力だ。
 比較なんてできはしないのだろうけれど。
 
「リロイ、もしディーンに命じられても、それだけはやるなよ」
「それこそ我が君への裏切りではありませんか」
「お前がしてたことは、俺がしようとしてたことに似てる。妃殿下を巻き込むこと以外はな。だから、それは許してやるから」
 
 言葉に、思わず、ぷっと吹き出した。
 許すも許さないもない。
 リスに、その権限はないのだ。
 
「あなたは子供ですね、リス」
 
 ディーナリアスは変わった。
 何事にも無関心だった頃のディーナリアスなら放っておいたはずのことが、今は放置できなくなっている。
 ジョゼフィーネのためならば、己の力を使うに違いない。
 
「我が君は、すでにリフルワンスにおられます」
 
 リスが表情を変えた。
 出遅れたことを悟ったのだろう。
 
「リロイ……お前、このまま進めると思うんじゃねーぞ」
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