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一身上の都合 3

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「ジョゼ」
 
 夜、眠る時も、朝、起きた時も、ディーナリアスがそばにいる。
 それが嬉しい。
 
(いつか……私も……ディーンの寝顔、見てみたい……)
 
 気づけば、ディーナリアスより先に眠ってしまっていた。
 起きるのも、彼のほうが早い。
 そのため、ジョゼフィーネは、未だディーナリアスの寝顔を見ることができずにいる。
 
 なにしろ、目覚まし、というものがない。
 屋敷にいた頃は朝食はとらずにいたので、朝はゆっくり。
 引きこもりだと、どうしたって朝は遅くなるのだ。
 
 ディーナリアスの寝顔が見たくて頑張ろうとはしているのだが、なかなか習慣から抜け出せなかった。
 それに、ディーナリアスは、けしてジョゼフィーネを起こさないし。
 
 今日はも今日とて、ゆっくりめの朝。
 朝食を、ベッドでとったばかりだ。
 この習慣には、だいぶ慣れてきている。
 しばしば「あーん」も、行っていた。
 ディーナリアスは、あの文化がお気に入りらしい。
 
「お前は魔術師を怖がらぬようになったな」
 
 頭を撫でられ、ふわんとなる。
 ハイパーネガティブ思考は、ほとんど顔を見せなくなっていた。
 ディーナリアスの気持ちを本当に信じられるようになったからだ。
 
「不思議って、思ってる、かな。みんなが魔術を使えるわけじゃない、よね?」
「そうだな。リスは魔術を使えぬし、ロズウェルド全体でも、むしろ魔力顕現けんげんしておらぬ者のほうが多い」
 
 リロイやサビナが特別なのかもしれない。
 サビナから聞いたが、近衛騎士の人たちは魔術が使えないのだそうだ。
 昔は魔術の使える騎士もいたらしいが、今はいないと聞いている。
 なので、魔術師と騎士の2種類に、役割が分かれるのだという。
 
「魔術師は、基本的には王宮に属することになる。国王との契約によって魔力を与えられておるのでな」
「契約……?」
「魔術師は国を守るための力として存在しておる。そのような契約だな。それがなければ国王から魔力が与えられぬのだ。魔力がなければ、魔術も使えぬ。例外はあるが、ほとんどの魔術師は契約に縛られておるのさ」
 
 魔術師を束ねているのが、国王なのだろうか。
 そして、ディーナリアスは、遠からず、その国王になるのだ。
 魔術師に魔力を与える人。
 明確に理解できていなくても、すごいことなのだろうな、と予測はつく。
 
「ほかの人に魔力を与えられる、くらいに、大きな力を、持ってるってこと?」
「大きな力というほどではなかろうな。単に魔力を与えておるだけで、国王は己で魔術を使えるわけではない」
「使えないの? でも……ディーンは、使える?」
「即位前は、まだ与える者となっておらぬから使えておるが、この先は使えぬようになる」
 
 ちょっぴり、もったいない気もした。
 が、周りには大勢の魔術師がいるので、ディーナリアスが魔術を使う必要はないとも思えた。
 今でも、たいていはリロイが魔術を使っている。
 ディーナリアスが使ったのは、アントワーヌの時だけだ。
 
「どうして、ロズウェルドだけ、なんだろうね」
「それは俺にもわからぬのだ。ただ、与える者の力はガルベリーの直系男子のみに引き継がれるらしい。その辺りも明確にしておきたくてな。俺は文献漁りをしておるのだ」
 
 ガルベリー王朝と魔術師の謎。
 想像するだけで、なんだか、わくわくした。
 ジョゼフィーネも好奇心に駆られる。
 
「わ、私も、一緒に……探したい……」
「字引き作りに文献調査。先々に、いろいろとやることがあってよい」
 
 ディーナリアスがにっこりして、そう言った。
 この先もずっと2人でいることを、あたり前のように語っている。
 ジョゼフィーネは、自分からディーナリアスの手を握ってみた。
 
 大きくて、自分の手を、すっぽりつつんでくれる。
 男の人の手だった。
 
「楽しそう、だね」
 
 ディーナリアスを見上げたジョゼフィーネの唇に、軽いキスが落ちてきた。
 また、ふわんとなる。
 彼が自分を好きだなんて、未だに不思議でしかたがなかった。
 実感するたびに、胸がどきどきする。
 
 ディーナリアスは自分の手を引いてくれるが、強引にグイグイ引きずって行くようなことはしない。
 歩調を合わせて、ゆっくりのんびり。
 それが嬉しくて、幸せに感じられる。
 
 長く自分の人生を諦めていたし、降りたいとも思ってきた。
 が、この人生、ディーナリアスとの人生だけは、諦めたくない。
 そう思えるようになっている。
 1人が不安で嫌だから一緒にいたいのではなく、彼が好きだから一緒にいたいのだ。
 
 不意に、ディーナリアスが表情を変える。
 それが、なにを意味するか、ジョゼフィーネにはわかった。
 リロイを呼ぶに違いない。
 
「リロイ」
「我が君、お休みのところ申し訳ございません」
 
 やはりリロイが現れた。
 ジョゼフィーネはディーナリアスの些細な表情の変化を、すっかり読み取れるようになっている。
 
 彼女は、元々、悪い意味で、人の顔色をうかがうところがあった。
 自分を罵ろうとしているだとか、嫌味を言おうとしているだとか。
 できるだけ悪意に身をさらさないために培われた能力だと言える。
 
 さりとて、それも、今は良い意味で役に立っていた。
 ディーナリアスの表情の変化に戸惑うことが少なくなっているからだ。
 
「兄上が俺を呼んでおるのか?」
「そのように侍従から連絡が入りました」
「何用かは、わからぬのだな?」
「具体的には」
「そうか」
 
 ディーナリアスの兄と言えば、現在の国王陛下だ。
 病に伏しているとは聞いている。
 なにかあったのだろうか、と心配になった。
 
「すぐに行くと伝えよ」
「かしこまりました」
 
 リロイが姿を消してから、ディーナリアスがジョゼフィーネに向き合う。
 重ねた手を、軽く、ぽんぽんとしてきた。
 
「案ずるな。危篤なら危篤と報せが入る。近々、兄上に、お前を引き合わせようと思っておったことだし、そのことも話しておくとしよう。良いか?」
 
 国王陛下と会うなんて、かなり緊張ものだが、ディーナリアスが一緒なら大丈夫だと思える。
 ジョゼフィーネは、自分を見つめるディーナリアスに、こくりとうなずいた。
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