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一身上の都合 2

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 リスは、もう何度となく考えを巡らせている。
 ここのところは、女性を誘ってもいないくらいだ。
 
 王宮内の別宅、私室のベッドに寝転がっている。
 無意識にネックレスをいじっていた。
 父から譲り受けたもので、迷いが生じると、なんとなく手が伸びるのだ。
 つまり、リスは、今、迷っている、ということ。
 
 なにもない天井を見上げ、同じ思考を繰り返す。
 結果が変わらないと予想はしていたが、それでも、どこかに「抜け」はないかと確認したかったのだ。
 
(まず、ハーバントをそそのかしたのは、リフルワンスの奴で間違いねえ)
 
 市場いちばという、あとから人物を特定しにくい場所で、あえてメイドに声をかけた。
 そこで「ハーバントの娘のほうが正妃に相応しい」と噂になっていると言われたらしいが、その後の調査で事実無根だと判明している。
 噂などなかったのだ。
 
(ハーバントの屋敷の者に的を絞って声かけたってことだよな。まー、あいつが選ばれたってのは、わかる気するけどサ)
 
 ハーバントは公爵でありながら、格としては中の中。
 だが、娘が正妃となれば、その格は、ぐっと上がる。
 貴族には野心家が多いが、エドモンドは自己顕示欲の塊のような男だった。
 
 とはいえ、頭が悪い、とリスは評価している。
 唆すには、もってこいの相手だったに違いない。
 
(リフルワンスの奴が貴族の内情を知ってるはずねーんだ)
 
 エドモンド・ハーバントは野心家で、かつ、馬鹿。
 そんな情報を、リフルワンスの者が知っていたとは思えなかった。
 さらに引っ掛かっていることがある。
 
 アントワーヌの手紙。
 
 オーウェンに「さらに調べさせた」結果、正規の手順で持ち込まれたものではないことがわかっている。
 出入りの庭師から、馬丁、御者、料理人、針子、従僕、侍女、そしてサビナと、何人もの手を渡って届いたのだ。
 
 庭師に渡した「男」が誰なのかは、当然、不明。
 庭師曰く「妃殿下付きの侍女に渡してほしい」としか言われなかったらしい。
 深入りするのも怖いし、かと言って断るのも怖いとの理由で受け取ったという。
 ここでもエドモンドと同じ、王宮出入りの庭師が直接の的にされている。
 
(なにより……サビナなんだよな。サビナなら印璽いんじを見りゃ、リフルワンスからの手紙だってわかる……もちろん、サビナの性格からして妃殿下にしか見せねえ)
 
 サビナはジョゼフィーネの侍女だ。
 ほかの者であればともかく、サビナは忠誠心に厚い。
 だからこそ国王付の王宮魔術師をやっていられたわけだし。
 いくらディーナリアスの幼馴染みであろうと、ジョゼフィーネを裏切るような真似は、けしてしない。
 
 結果として、ジョゼフィーネ自身がディーナリアスに手紙を見せた。
 でなければ、アントワーヌがジョゼフィーネに会おうとしていると知られないまま実行されたはずだ。
 サビナなら誰にも知られず、ジョゼフィーネを王宮の外に連れ出せる。
 
(王宮内に“誰か”いるってことだ)
 
 これは、リスの中で、すでに確定している。
 王宮内の情報を外に出し、手引きをしている者がいるのは間違いない。
 問題なのは、それが「誰か」だ。
 
 さりとて、それは、ひとまず後回しにする。
 さらに大きな問題として、リフルワンスの意図があった。
 
(ディーンの嫁を取り返そうってのは、あの姉2人を送り込んできたことからもわかんだよな。あっちの奴らにとっちゃ、ディーンの嫁ってところに意味がある)
 
 うっすらと目的が見えてくる。
 取り返したいのは「ディーンの嫁」であり、ジョゼフィーネではない。
 なのに、ジョゼフィーネでなければならない理由も、ある。
 
(妃殿下と姉との違いは、愛妾の子……)
 
 仮に、ジョゼフィーネがエドモンドの件で「辞退」を言い出していたら、リフルワンスは「代わり」を用意しなければならなくなっていた。
 仮に、ディーナリアスがジョゼフィーネと姉2人の交換に応じていたら、どうなっていたか。
 
 いずれにせよ「愛妾の子」に納得しなかったロズウェルドから、「交換」を申し渡されたと喧伝けんでんすることはできる。
 
 そうなれば、リフルワンス国内のロズウェルドに対する悪感情の増大は避けられなかった。
 他国から、しかも、もとより忌避きひ感をいだいていたロズウェルドからの仕打ちとなれば、いよいよ反ロズウェルドに傾くのは必然だろう。
 
(とは言っても、リフルワンスには、ロズウェルドと対立するだけの根性はねえ。口では、どうとでも言えるけど、戦争をしかけるなんざ、できるわけねーもんな)
 
 リフルワンスは、悪感情をいだきながらもロズウェルドの支援に頼っている。
 打ち切られればどうなるかくらいはわかっているはずだ。
 ロズウェルドの仕打ちに腹を立てたところで戦争にまでは発展させられない。
 
(やっぱり……そうなっちまうんだよなぁ……)
 
 リスの中で、糸がピンと伸び、1直線になっている。
 何度、考えても行きつく先は同じだった。
 元々、リスも「そうなればいいな」くらいには思っていたことだ。
 ただし、ジョゼフィーネを巻き込むことは考えていなかった。
 
(リフルワンスには、ウチの国が嫌いだって奴は大勢いる。ロズウェルドに正妃候補を出すこと自体、反対してた奴は多かっただろうしサ)
 
 そのことで内輪揉めでも起こればいい。
 
 リスが期待していたのは、あくまでもリフルワンス内での揉め事。
 とくに貴族間で揉めることを誘発するつもりはあった。
 リフルワンスの国内が乱れている、そのどさくさに紛れて、今までの両国関係に終止符を打つ。
 それを狙っていた。
 
(気に食わねーロズウェルドと戦もできねえってなると、民の鬱憤が向かうとこは限られてる)
 
 そもそも正妃候補をロズウェルドに出したのは誰か、貴族だ。
 愛妾の子だからと言って身売りも同然のことをさせたのは誰か、貴族だ。
 にもかかわらず、理不尽な「交換」に反ずることもしないのは誰か、貴族だ。
 その貴族の頂点にいるのは。
 
 王室。
 
 リフルワンスの誇りであらねばならない王室が、敵とも言えるロズウェルドに尻尾を振り、媚びへつらっている。
 ほんの少しのきっかけさえあれば、あっという間に火は燃え広がるだろう。
 ロズウェルドに向けることのできない鬱憤は、王室や貴族に向くはずだ。
 
 そもそもリフルワンスでは、貴族と民との差別も激しかった。
 不満を持っていない民はいないのだから、小さな火種で十分に大火事を起こせる。
 ジョゼフィーネ、いや「ディーンの嫁」は、その生贄に過ぎない。
 
(だから、ディーンが嫁を大事にしてるってのは都合が悪いわけだ。それじゃ、火種にならねーからな)
 
 ディーンの嫁は「不幸」でなければならないのだ。
 リフルワンスの王室や貴族の「犠牲者」として。
 
(王室の崩壊。それが、向こうの目的だ)
 
 ディーナリアスがリフルワンスに対して、なんらか動きを見せることは、リスも予期していた。
 けれど、リスの期待する「動き」とは違う方向に持って行かれたくはない。
 ディーナリアス自身に、リフルワンスの息の根を止めてほしいとは思っていないのだ。
 あくまでも、即位後、国王の判断として動いてもらいたかった。
 
 歴史を、百年前に引き戻す気はない。
 
 無意識に、またネックレスをいじる。
 結果は出ていても、まだ迷いがあった。
 ロズウェルド内の、手引きしている者の存在。
 
(まぁね……わかってんだけどね……)
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