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私じゃなくてもいいのでは 4
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唇が重ねられている。
怒って口を塞いだ、といった感じはしなかった。
唇から怒りは伝わってこない。
優しく感じられる。
(なんで……ディーン……怒って、ない、の……?)
ディーナリアスは暖かい言葉で、ジョゼフィーネを説得しようとしていた。
高圧的だったり、強制的だったりするような言いかたはしていないのだ。
分別のある大人なら聞き分けられたに違いない。
ぐずぐずと後ろ向きなことばかり言っていた自分は、まるで駄々をこねている子供。
そういう、自分のグズグズした性格が嫌いだった。
なのに、直したくても直らない。
あげく、あんなふうにヒステリックに怒鳴ってしまっている。
ディーナリアスが怒ってもしかたがない。
というより、むしろ、怒るのが当然に思える。
が、彼は怒っていないのだ。
唇が、静かに離れる。
ジョゼフィーネの頬に手をあて、ディーナリアスが、なぜか、にっこりした。
「俺は、お前に“ふられた”かと思って焦ったぞ?」
「え……? ぇえっ?!」
ふわっと、抱き上げられ、困惑する。
ジョゼフィーネが戸惑っている間にも、カウチに逆戻り。
いつものごとく膝抱っこ。
額にかかった髪をかきわけるようにして、頬を撫でられた。
ジョゼフィーネを見る、青みがかった緑色の瞳が優しく細められる。
「案ずるな。俺は心変わりなどせぬ」
言われても、ジョゼフィーネの心はうなずくことができない。
先のことなんてわからないからだ。
今はそう言ってくれていても、この先、自分の「駄目さ」加減に呆れ、嫌になる日がくるかもしれないではないか。
「なぜかはわからぬが、お前は、お前自身を嫌っておるようだ」
心の奥にふれられた気がして、ハッとなる。
ディーナリアスがジョゼフィーネの頭を撫でていた。
彼女がこの国に来てからずっと繰り返ししてきたように。
「だが、俺は、お前のことが愛おしい」
耳がおかしくなった、と思う。
聞こえるはずのない言葉が聞こえてきたからだ。
「先ほど、お前は、自分に良いところなどないと言っておったな? それも俺は、そうは思っておらん」
なでなで、なでなで。
ディーナリアスの手は、いつものように優しかった。
そのおかげで、ジョゼフィーネの心も少しずつ落ち着いてくる。
「お前の臆病なところも、怖がりなところも、心配症なところも、言葉を器用に操れぬところも、すべて愛らしいと思っておる」
自分の願望が幻聴を生じさせているのではないか、と思った。
それくらい信じられない気持ちになっている。
ジョゼフィーネが、自分の性格の中で嫌いだと感じている部分を「愛らしい」などと言われたからだ。
普通は「短所」や「欠点」と言われるだろう。
ジョゼフィーネだって、そう思っている。
「お前は人のことを責めぬ。いつも自分ばかりを責め、罪を負おうとする。自分で自分を守ることがない」
ディーナリアスの言葉がピンと来なかった。
彼女は、その自覚を失っている。
いつも「自分が間違えた」のだと思ってきたし、なんだって「悪いのは自分」と思ってきた。
言い返すことも、自分の意思を主張することも諦めていた。
前世の記憶により、ジョゼフィーネの「正しさ」は打ち壊されていたからだ。
「俺は、そういうお前が愛おしいのだ、ジョゼ」
ディーナリアスは、ずっとジョゼフィーネの頭を撫でている。
今の言葉通り、さも愛しそうに。
「お前がお前を嫌いでも、俺はお前が愛しい。お前がお前を守らぬのであれば、俺がお前を守ってやりたく思う」
心臓が、とくとくと鼓動を速めた。
胸に、じんわりとぬくもりが広がっていく。
ジョゼフィーネはディーナリアスを、じっと見つめた。
「俺は、お前が良いのだ。お前以外を傍に置くつもりはない。この先もだ」
面倒で手間ばかりかかる自分については自覚している。
けれど、ディーナリアスは、いつもこうやって手間をかけてくれるのだ。
ジョゼフィーネとの会話を、けして諦めようとはしない。
「案ずるな。俺は心変わりなどせぬ。約束する」
言ってから、ディーナリアスが少し「微妙な」顔をする。
困っているような、申し訳なさそうな、どちらともつかない表情だった。
「この間、お前との約束を反故にしておるのでな。信じられぬと思われてもしかたないのだが……この約束は、けして破らぬと誓う」
ぷつん。
なにかが、心の中で切れる。
ディーナリアスは、とても真面目で、未だに最初の約束にこだわっていた。
そんな彼が「誓う」とまで言ってくれている。
嘘だと疑うことすら思い浮かばなかった。
ジョゼフィーネは、ディーナリアスの中に、自分が諦めた「正しさ」を見る。
その正しさが、彼女にあった、人に対する「絶望」を覆していた。
ディーナリアスを信じることができたから。
「ジ、ジョゼ、いかがした? いかがしたのだ?」
ディーナリアスが、狼狽え声を出していた。
今までになく焦っているのがわかる。
ぽろぽろぽろ。
ジョゼフィーネの瞳から涙がこぼれ落ちていた。
前世で引きこもる原因となった時も彼女は泣いていない。
今世でも赤ん坊の頃以来、泣いたことがない。
心が無感情になっていたからだ。
「俺が、なにか嫌なことを言ったか? お前につらい思いをさせたのなら……」
ディーナリアスの体に、ぎゅっと抱きつく。
すぐに抱きしめ返された。
ジョゼフィーネの心が感情で満たされていく。
ここは、自分の場所。
彼の胸に、顔を、くしゅんと押しあてた。
涙で服を汚してしまうかもしれないが、きっと許してもらえる。
そう信じられた。
「……ディーン……好き……大好き……」
ディーナリアスは、ジョゼフィーネの心の奥まで降りてきて、その心の奥にいた泣いている小さな子供まで抱きしめてくれたのだ。
怒って口を塞いだ、といった感じはしなかった。
唇から怒りは伝わってこない。
優しく感じられる。
(なんで……ディーン……怒って、ない、の……?)
ディーナリアスは暖かい言葉で、ジョゼフィーネを説得しようとしていた。
高圧的だったり、強制的だったりするような言いかたはしていないのだ。
分別のある大人なら聞き分けられたに違いない。
ぐずぐずと後ろ向きなことばかり言っていた自分は、まるで駄々をこねている子供。
そういう、自分のグズグズした性格が嫌いだった。
なのに、直したくても直らない。
あげく、あんなふうにヒステリックに怒鳴ってしまっている。
ディーナリアスが怒ってもしかたがない。
というより、むしろ、怒るのが当然に思える。
が、彼は怒っていないのだ。
唇が、静かに離れる。
ジョゼフィーネの頬に手をあて、ディーナリアスが、なぜか、にっこりした。
「俺は、お前に“ふられた”かと思って焦ったぞ?」
「え……? ぇえっ?!」
ふわっと、抱き上げられ、困惑する。
ジョゼフィーネが戸惑っている間にも、カウチに逆戻り。
いつものごとく膝抱っこ。
額にかかった髪をかきわけるようにして、頬を撫でられた。
ジョゼフィーネを見る、青みがかった緑色の瞳が優しく細められる。
「案ずるな。俺は心変わりなどせぬ」
言われても、ジョゼフィーネの心はうなずくことができない。
先のことなんてわからないからだ。
今はそう言ってくれていても、この先、自分の「駄目さ」加減に呆れ、嫌になる日がくるかもしれないではないか。
「なぜかはわからぬが、お前は、お前自身を嫌っておるようだ」
心の奥にふれられた気がして、ハッとなる。
ディーナリアスがジョゼフィーネの頭を撫でていた。
彼女がこの国に来てからずっと繰り返ししてきたように。
「だが、俺は、お前のことが愛おしい」
耳がおかしくなった、と思う。
聞こえるはずのない言葉が聞こえてきたからだ。
「先ほど、お前は、自分に良いところなどないと言っておったな? それも俺は、そうは思っておらん」
なでなで、なでなで。
ディーナリアスの手は、いつものように優しかった。
そのおかげで、ジョゼフィーネの心も少しずつ落ち着いてくる。
「お前の臆病なところも、怖がりなところも、心配症なところも、言葉を器用に操れぬところも、すべて愛らしいと思っておる」
自分の願望が幻聴を生じさせているのではないか、と思った。
それくらい信じられない気持ちになっている。
ジョゼフィーネが、自分の性格の中で嫌いだと感じている部分を「愛らしい」などと言われたからだ。
普通は「短所」や「欠点」と言われるだろう。
ジョゼフィーネだって、そう思っている。
「お前は人のことを責めぬ。いつも自分ばかりを責め、罪を負おうとする。自分で自分を守ることがない」
ディーナリアスの言葉がピンと来なかった。
彼女は、その自覚を失っている。
いつも「自分が間違えた」のだと思ってきたし、なんだって「悪いのは自分」と思ってきた。
言い返すことも、自分の意思を主張することも諦めていた。
前世の記憶により、ジョゼフィーネの「正しさ」は打ち壊されていたからだ。
「俺は、そういうお前が愛おしいのだ、ジョゼ」
ディーナリアスは、ずっとジョゼフィーネの頭を撫でている。
今の言葉通り、さも愛しそうに。
「お前がお前を嫌いでも、俺はお前が愛しい。お前がお前を守らぬのであれば、俺がお前を守ってやりたく思う」
心臓が、とくとくと鼓動を速めた。
胸に、じんわりとぬくもりが広がっていく。
ジョゼフィーネはディーナリアスを、じっと見つめた。
「俺は、お前が良いのだ。お前以外を傍に置くつもりはない。この先もだ」
面倒で手間ばかりかかる自分については自覚している。
けれど、ディーナリアスは、いつもこうやって手間をかけてくれるのだ。
ジョゼフィーネとの会話を、けして諦めようとはしない。
「案ずるな。俺は心変わりなどせぬ。約束する」
言ってから、ディーナリアスが少し「微妙な」顔をする。
困っているような、申し訳なさそうな、どちらともつかない表情だった。
「この間、お前との約束を反故にしておるのでな。信じられぬと思われてもしかたないのだが……この約束は、けして破らぬと誓う」
ぷつん。
なにかが、心の中で切れる。
ディーナリアスは、とても真面目で、未だに最初の約束にこだわっていた。
そんな彼が「誓う」とまで言ってくれている。
嘘だと疑うことすら思い浮かばなかった。
ジョゼフィーネは、ディーナリアスの中に、自分が諦めた「正しさ」を見る。
その正しさが、彼女にあった、人に対する「絶望」を覆していた。
ディーナリアスを信じることができたから。
「ジ、ジョゼ、いかがした? いかがしたのだ?」
ディーナリアスが、狼狽え声を出していた。
今までになく焦っているのがわかる。
ぽろぽろぽろ。
ジョゼフィーネの瞳から涙がこぼれ落ちていた。
前世で引きこもる原因となった時も彼女は泣いていない。
今世でも赤ん坊の頃以来、泣いたことがない。
心が無感情になっていたからだ。
「俺が、なにか嫌なことを言ったか? お前につらい思いをさせたのなら……」
ディーナリアスの体に、ぎゅっと抱きつく。
すぐに抱きしめ返された。
ジョゼフィーネの心が感情で満たされていく。
ここは、自分の場所。
彼の胸に、顔を、くしゅんと押しあてた。
涙で服を汚してしまうかもしれないが、きっと許してもらえる。
そう信じられた。
「……ディーン……好き……大好き……」
ディーナリアスは、ジョゼフィーネの心の奥まで降りてきて、その心の奥にいた泣いている小さな子供まで抱きしめてくれたのだ。
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