上 下
54 / 84

私じゃなくてもいいのでは 2

しおりを挟む
 私室に戻ってきても、心がざわついている。
 姉たちの言葉が思い出され、またハイパーネガティブ思考に陥っていた。
 
 そもそも、というところに、気持ちが向いている。
 姉の言葉を思い出した。
 途中切れになってはいたが、十分に言葉を繋げられる。
 
 『元々、あなたでなくても良かった』
 
(そう、なんだよね……私じゃなくても良かったんだ……誰でも良かったのに、私みたいなのが来て……本当は……ウザがられてるのかも……しれない、よね……)
 
 捨てたくても、記憶は捨てられない。
 勝手に表情がこわばった。
 ジョゼフィーネの最も嫌な記憶が蘇ってくる。
 
 『前から思ってたけど、あんた、ウザい』
 『あんた、みんなにウザがられてるんだよ?』
 『どこのグループにも入れてなくて可哀想だから、入れてやったんじゃん』
 
 人は恐ろしい。
 
 親しげに振る舞うその裏で、悪意を隠し持っている。
 ロズウェルドに来てディーナリアスを知り、安心感をいだくようになった。
 けれど、なぜ信じられたのかが、わからなくなっている。
 
 誰でも良かった。
 自分である必要はなかった。
 
 その思いに、とらわれている。
 彼は、単に「嫁」に対しての責任を果たしているだけなのだ。
 貧相で取柄のない自分を可哀想に思い、我慢してくれているのかもしれない。
 
 政略結婚でも愛は必要だと、ディーナリアスは言った。
 が、もし、ほかの誰かが選ばれていたら、その人と愛を育んでいたのだろう。
 そんなふうにしか考えられない。
 
 彼女の心は12歳で止まっている。
 今世では16歳となり、大人と認識される歳になった。
 けれど、その心の奥には、小さな子供が膝をかかえて、うずくまっている。
 そして、「怖い、怖い」と泣いているのだ。
 
 信じきって、心をあずけて、そのあと切り捨てられたら?
 
 せっかく前に進んでいた道を、一気に、びゅんと逆戻り。
 自分の部屋に引きこもりたくなっている。
 
「ジョゼ、いかがした?」
 
 びくっと、体が震えた。
 
 ジョゼフィーネはディーナリアスのことが好きなのだ。
 アントワーヌの時のような、曖昧な「好意」ではない。
 はっきりとした自覚がある。
 だからこそ、頑張ろうとしたのだが、今は逆に怖くてたまらなかった。
 
 自分でなくとも良かったのならば、いつか、この手を失うのかもしれない。
 離されてしまう手なら、繋がないほうがいいのだ。
 最初から、握ってくれる手などないと諦めていれば、傷つかずにすむ。
 
 『は? トモダチ? なに言ってんの?』
 『もうさ、面倒くさいから、いいや』
 『人の悪口を言う前に、自分の性格、直したら?』
 
 思い出したくもないのに、活字がバラバラと降ってきた。
 信じていたものが、壊れた時の記憶だ。
 向けられていた笑顔や言葉を真に受けて痛い目に合った。
 それらが、ジョゼフィーネを後ろに後ろにと引っ張る。
 
 自分が彼を好きになり過ぎたのがいけないのだ。
 だから、こんなにも怖い。
 ディーナリアスの顔を見る勇気も出なかった。
 膝の上で体を縮こまらせ、うつむいている。
 
「ジョゼ」
 
 失うものがなければ、失うことを恐れずにいられた。
 諦めてしまえば楽になれる。
 ジョゼフィーネは経験則でそれを知っていた。
 
「先ほどのことは気に病む必要はないのだぞ?」
 
 必要があろうとなかろうと、彼女には関係ない。
 気に病むものは気に病むし、思い出した記憶も消せなかった。
 体を硬くして、黙り込む。
 心の殻が、再び彼女の心を取り囲み始めたのだ。
 
 ディーナリアスの手が頬にふれてくる。
 ジョゼフィーネは、反射的にバッと顔をそむけた。
 
「ジョゼ……」
 
 声に、驚きと落胆が混じっているのを敏感に察する。
 がっかりされた、との思いが、なおさらジョゼフィーネを追い詰めた。
 胸が苦しくて、痛い。
 こんな時でさえ、どうすればいいのかが、わからなかった。
 
「妃殿下はお疲れなのでしょう。少し休まれたほうがよろしいかと存じます」
 
 サビナだ。
 ジョゼフィーネは顔を上げ、サビナのほうを見る。
 サビナは本当の意味で信頼できるのだ。
 サビナが自分に「悪意」を持っていないとわかっていた。
 
「殿下」
「……わかった」
 
 ディーナリアスが、ジョゼフィーネを膝から降ろす。
 すぐにサビナに体を支えられた。
 少しだけ、ホッとする。
 
(もう……期待、しないように、しなきゃ……)
 
 自分を求めてくれていたと感じたのは、勘違いだったのだ。
 ディーナリアスは「嫁」を求めていたに過ぎない。
 そして、その「嫁」は、誰でもよかった。
 
 ジョゼフィーネにとって、彼は特別な人になっている。
 けれど、彼にとっては違うのだろう。
 自分は特別に思われているなどと、馬鹿な勘違いをしていただけだ。
 ディーナリアスは誰であっても「嫁」なら助けたし、信じたに違いない。
 
 彼は、真面目だから。
 
(……そばにいられたらいいって、思ってたのに……)
 
 ディーナリアスの傍にいられるのなら愛妾でもかまわない。
 そう思えた時もあった。
 なのに、今は、傍にいること自体がつらくなっている。
 同じ気持ちを返してもらえないのが、悲しくてたまらなかった。
 
 愛し愛される関係を、彼は誰とでも築けるのだ。
 
 さりとて、ジョゼフィーネのほうは、そうはいかない。
 ディーナリアスでなければ、そんな関係を築けるとは思えずにいる。
 彼にも「お前でなければ駄目だ」と言ってほしかった。
 
(……欲張り、過ぎ、だよ……私なんかより、相応しい人が、いるよ……)
 
 ロズウェルドに来た頃よりも、ハイパーネガティブ思考が炸裂。
 悪いほうにばかりとらわれて、道の先を見ることができなくなっている。
 
 それは、ジョゼフィーネに、初めて大事な人ができたから、だった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。  とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。  ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。  お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!  ※完結しました!(2024.5.11)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

処理中です...