上 下
51 / 84

言われなくても知ってます 3

しおりを挟む
 セリーヌ・ノアルクと、エステル・ノアルク。
 リフルワンスの国務大臣をしているノアルク公爵の娘たちだ。
 2人とも美しい顔立ちに、豊満な体つきをしている。
 確かに自国の王太子に嫁がせる気になるのもわからなくはない。
 父親は、この2人の娘を自慢にしているだろう。
 
 2人は、濃い茶色の、ゆるい巻き毛。
 セリーヌは青い瞳で、エステルは茶色。
 鼻筋がスッとしているところや薄い唇が似ており、姉妹だとすぐにわかる。
 楕円形の瞳の端が細く吊り上がっていて、気位の高さが漂っているのも、2人に共通した特徴だと言えた。
 
 2人が、ほとんどジョゼフィーネに似ていないのも。
 
 体つきにしても、同様に、ジョゼフィーネとは似ていない。
 ジョゼフィーネが細く華奢なのに比べ、2人はとても肉感的だ。
 
 肩紐のない、いかにも胸を強調するようなドレスを身にまとっている。
 セリーヌは濃い青、エステルは赤。
 それぞれ違う模様の金銀の刺繍がほどこされ、袖はレースで肌が透けていた。
 
 ロズウェルドとリフルワンスでは気候が違うが、それでも今時期は暑い。
 涼しげな装いなのは、そのためだろう。
 もっともロズウェルドの王宮内はどこにいようと、適温なのだけれども。
 
 彼女らは、ジョゼフィーネを抱きかかえて現れたディーナリアスに驚いている。
 ジョゼフィーネの好む庭園とは違う、別の庭だ。
 王宮での茶会に、しばしば使われている。
 青く茂った短い芝に、テーブルを丸く囲むようにして低木が植えられていた。
 
 リロイとリスの姿はない。
 代わりに2人の侍従の姿がある。
 ディーナリアスたちの後ろにはサビナが控えていた。
 
 サビナは侍女姿なので、魔術師には見えない。
 魔術師のいない国にとって、ローブ姿の魔術師は恐怖の対象になり得るのだ。
 おそらく、リスが「気を遣い」魔術師を遠ざけさせている。
 
 立ち上がっていた彼女らの前で、ディーナリアスはイスに腰をおろした。
 侍従が2人のイスを引き直し、彼女らも座る。
 ディーナリアスが口を開くまで黙っているのは、貴族教育の賜物だ。
 夜会などでも、立場が上の者が言葉を述べてから挨拶に来るのが慣習となっている。
 
「リフルワンスからの移動で疲れておるだろうが、俺は言葉を飾るのを好まぬのでな。用件を申せ」
 
 セリーヌが、ちらっとジョゼフィーネに視線を向けた。
 いかにも「邪魔」だと言う目つきにイラッとしたが、我慢する。
 2人はジョゼフィーネに会いに来たわけではない。
 さりとて、ジョゼフィーネのほうは「会う」と言ったのだ。
 
(ジョゼを直接的に罵倒するようなことがあれば追い出すが……しばし様子を見るとしよう。ジョゼにも、なにか言いたきことがあるやもしれぬ)
 
 この国に来た当初からすれば、だんだんに彼女は意思を示し始めている。
 その気持ちを尊重したかった。
 頼りにされるのは嬉しいが、自分の言いなりにさせようとは思っていない。
 ジョゼフィーネにもやりたいことをしたり、言ったりする権利がある。
 
「私どもはリフルワンスの国務大臣である父から、ディーナリアス殿下の正妃となるように言いつかってまいりました」
「俺の正妃はジョゼフィーネで決まっておる」
「それは手違いにございますわ、殿下。父は、彼女がアントワーヌ殿下と懇意な仲だとは知らなかったのです」
 
 ジョゼフィーネが小さく体を震わせた。
 アントワーヌの名を出され、怯えている。
 口約束とはいえ、いったんは婚姻を誓い合っていたのは事実だからだ。
 とはいえ、そんなものは、すでに無意味になっている。
 彼女自身がした選択の結果は出ているのだから。
 
「知らなかったこととは言え、こちらの都合で彼女を国に返すのですから、相応の対応が必要だと、父は考えております」
 
 セリーヌは高慢な貴族令嬢にありがちな、己が「もっともだ」と思うことだけを滔々とうとうと話していた。
 ディーナリアスに「その気がない」ことになど気づいてもいない。
 
「私どものうち、どちらかを正妃に、どちらかを側室にしていただくことで、折り合いをつけていただけますでしょう?」
 
 ジョゼフィーネ1人に対し自分たち2人との交換ならば文句はないだろうと言わんばかりだ。
 中身になどおかまいなしに、勝手に値をつけている。
 ジョゼフィーネに値などつけられはしないのに。
 
「ねえ、ジョゼフィーネ、あなただってアントワーヌ殿下の元に帰りたいのではなくて? 私たちも、あなたが殿下と懇意になっていただなんて知らなかったのよ? もし打ち明けていてくれれば、お父さまもあなたを無理に嫁がせようとはしなかったはずだわ」
 
 今度はエステルが、そんなことを言い出す。
 ディーナリアスの反応が薄いと見て、ジョゼフィーネに的を移したのだろう。
 この国では、婚姻に女性の意思が必要だと知っているのかもしれない。
 アントワーヌもそれを知っていたかのような口ぶりで、ジョゼフィーネを説得しようとしていた。
 
「私たちはあなたの代わりに来たのよ? あなたに幸せになってほしくて」
 
 白々しいにもほどがある。
 貴族令嬢も様々いるが、ディーナリアスの最も好まない性質の女性だ。
 平気で嘘をつき、人の弱みにつけこもうとする。
 ディーナリアスが口を挟む前に、セリーヌがジョゼフィーネに言った。
 
「あなたはこんな大きな国の正妃に、自分が相応しいと思えるのかしら?」
 
 背中から鋭い怒気が感じられる。
 サビナのほうが先に口を出しそうだった。
 いや、口だけではすまないかもしれない。
 それはそれでもいいのだが、ディーナリアスも黙っていたくはなかった。
 
 が、しかし。
 
「わ、私は……ふ、相応しいとは……思って、いません……」
「そうでしょうとも。ですから、私たちに……」
「で、ですが……こ、これから、ふ、相応しくなれるよう……ど、努力、します」
 
 ジョゼフィーネの言葉に、ディーナリアスは胸を突かれる思いがする。
 きっと彼女にすると、ものすごく勇気が必要だったに違いない。
 姉に口ごたえなんてしたことはなかったはずだ。
 なのに、恐れを抑えつけ、必死で反論している。
 
「今から努力して間に合うはずがないでしょう?」
「お姉さまの言う通りね。あなたは、なにも知らないのよ?」
「わた、私が……し、知らなくても……おし、教えてもらえ、ます……」
 
 ジョゼフィーネがディーナリアスの胸のあたりを、ぎゅっと握ってきた。
 が、うつむきはせず、2人を見ている。
 
「ディ、ディーンは、ま、待ってくれる、人だから……私……」
「いつまで、お待たせする気? まともな教育も受けていないくせに」
「そんなおどおどした話しかたで、正妃になんてなれるわけがないわ」
「で、でも……私……私は……ディーンの、そ、そばに……」
「おやめなさい、ジョゼフィーネ! 自分の立場をわきまえていないわね!」
「元々、あなたでなくても良かっ……」
 
 パリン、パリンッ!
 
 ジョゼフィーネを責める2人のティーカップが音を立てて割れる。
 口を挟む前に、サビナは魔術を使ったのだ。
 そのことに感謝する。
 そうでなければ、ディーナリアスが彼女らを「黙らせていた」だろうから。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。  とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。  ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。  お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!  ※完結しました!(2024.5.11)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

うっかり王子と、ニセモノ令嬢

たつみ
恋愛
キーラミリヤは、6歳で日本という国から転移して十年、諜報員として育てられた。 諜報活動のため、男爵令嬢と身分を偽り、王宮で侍女をすることになる。 運よく、王太子と出会えたはいいが、次から次へと想定外のことばかり。 王太子には「女性といい雰囲気になれない」魔術が、かかっていたのだ! 彼と「いい雰囲気」になる気なんてないのに、彼女が近づくと、魔術が発動。 あげく、王太子と四六時中、一緒にいるはめに! 「情報収集する前に、私、召されそうなんですけどっ?!」 ◇◇◇◇◇ 設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。 R-Kingdom_11 他サイトでも掲載しています。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

世話焼き宰相と、わがまま令嬢

たつみ
恋愛
公爵令嬢ルーナティアーナは、幼い頃から世話をしてくれた宰相に恋をしている。 16歳の誕生日、意気揚々と求婚するも、宰相は、まったく相手にしてくれない。 いつも、どんな我儘でもきいてくれる激甘宰相が、恋に関してだけは完全拒否。 どうにか気を引こうと、宰相の制止を振り切って、舞踏会へ行くことにする。 が、会場には、彼女に悪意をいだく貴族子息がいて、襲われるはめに! ルーナティアーナの、宰相に助けを求める声、そして恋心は、とどくのか?     ◇◇◇◇◇ 設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。 R-Kingdom_2 他サイトでも掲載しています。

不機嫌領主と、嫌われ令嬢

たつみ
恋愛
公爵令嬢ドリエルダは、10日から20日後に起きる出来事の夢を見る。 悪夢が現実にならないようにしてきたが、出自のこともあって周囲の嫌われ者に。 そして、ある日、婚約者から「この婚約を考え直す」と言われる夢を見てしまう。 最悪の結果を回避するため策を考え、彼女は1人で街に出る。 そこで出会った男性に協力してもらおうとするのだが、彼から言われた言葉は。 「いっそ、お前から婚約を解消すればよいではないか」 ◇◇◇◇◇ 設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。 R-Kingdom_7 他サイトでも掲載しています。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

処理中です...