上 下
29 / 84

いきなりなんて困ります 1

しおりを挟む
 
「俺の嫁に、なにをしておる」
 
 ディーナリアスは、倒れているジョゼフィーネの前に立っている。
 エドモンドの視線を自分の体で遮っていた。
 エドモンドには悪びれた様子がない。
 ディーナリアスの声が淡々としていたせいだろう。
 彼の心情に気づいていないのだ。
 
「殿下、勘違いをなさらないでください」
「俺は、俺の嫁に、なにをしたか、と聞いておる」
「ですから、それが勘違いだと申し上げているのですよ」
 
 エドモンドが、ジョゼフィーネを指さす。
 そして、あからさまに馬鹿にした口調で言った。
 
「妃殿下のほうから、私をお誘いくださったのです。所詮はリフルワンスの女、ロズウェルドの貴族と懇意になろうとの浅知恵が働いたのでしょう」
 
 その段階で、エドモンドに対する彼の判断は確定する。
 2度とくつがえることもない。
 
「ジョゼ……恐ろしき目に合わせてしまったな」
 
 ジョゼフィーネのほうに向き、しゃがみこんだ。
 すぐさま、しっかりと抱き上げる。
 抱き上げる際に気づいた。
 
 彼女は、手や足に怪我を負っている。
 ドレスに血が滲んでいた。
 
「……殿下……その女は……」
「俺の、嫁だ」
 
 ディーナリアスが守り、大事にするべき、たった1人の女性。
 そして、今は「愛し愛される」関係になるための、大切な時期なのだ。
 
「殿下! その女はリフルワンスの者なのですよ? 嘘をつき、私に取り入ってきたのです!」
「そのような薄汚き口、縫ってやってもよいのだぞ」
「お、お待ちください、で、殿下……っ……ほ、本当に……」
 
 聞いているだけで、不快感が募ってくる。
 本当に、その口を黒糸で縫ってやりたかった。
 ディーナリアスは、エドモンドに冷ややかな視線を向ける。
 
「俺の嫁は、そのようなことはせぬ」
 
 きっぱりと言い切った。
 そして、エドモンドという存在自体を無視する。
 
「リロイ」
「はっ! おそばに」
 
 リロイは、ジョゼフィーネの傷に気づいたに違いない。
 すぐさま治癒の魔術をかける。
 体の傷は、たちまちのうちに治っていた。
 
 ディーナリアスに言われる前に、リロイは点門てんもんを開く。
 ディーナリアスとジョゼフィーネの様子から、ホールに戻る気はないと察していたのだろう。
 門の向こうには、ディーナリアスの私室が見えた。
 
「リスとともに、後始末をしておけ」
「かしこまりました、我が君」
 
 ひざまずいているリロイを無視し、エドモンドはディーナリアスにすがってきた。
 
「お、お待ちを……ど、どうか……私の話を……」
 
 もちろん聞く気などない。
 ディーナリアスは、エドモンドを振り返ることなく、門を抜ける。
 腕の中で、ジョゼフィーネが、ぷるぷる震えていた。
 初めてロズウェルドに来た時のようだ。
 
 ジョゼフィーネを抱き上げたまま、カウチに座る。
 膝に置いているジョゼフィーネの両手を自分の手のひらに乗せた。
 怪我は治っているが、思い出さずにはいられない。
 
 細かい擦り傷ができていて、血が滲んでいた。
 膝も同じように、擦り傷に血が滲んでいた。
 
「……ご、ごめ……ごめん、なさ……」
 
 ジョゼフィーネは、左手でディーナリアスの胸のあたりをつかんでくる。
 そして、うつむき、震えていた。
 その頬に手をあて、反対の手で頭を撫でる。
 
「謝るな。お前は何も悪くない」
 
 ほんのわずか彼女の手が離れ、その姿を見失ってしまった。
 大いなるしくじりをしたのは自分なのだ。
 怒られこそすれ、詫びてもらえる立場ではない。
 守るべき嫁に、怪我までさせている。
 
「俺が悪いのだ……お前を傷つけさせてしまった……」
 
 これでまたジョゼフィーネは心を閉ざしてしまうだろう。
 ロズウェルドを怖い国だとも思っているはずだ。
 
 きゅっ。
 
 胸のあたりを掴んでいたジョゼフィーネの手に力が入る。
 顔を上げ、彼女はディーナリアスを、じっと見つめてきた。
 幸いにも、彼に対する恐怖心は蘇らなかったらしい。
 
「た、助けに……き、来てくれた……」
 
 そうだ、と思い返す。
 ジョゼフィーネの頬を、ゆっくりと撫でた。
 
「庭園に逃げたのは上出来だ。俺ならば迷わず、お前の元にゆける。俺の嫁は、とても賢い」
 
 ディーナリアスもジョゼフィーネを、じっと見つめ返す。
 頬を撫でながら、親指でジョゼフィーネの唇をなぞった。
 
「俺の名を、呼んだな」
 
 はっきりと、声が聞こえたのだ。
 ジョゼフィーネの、自分を呼ぶ声。
 彼女は、ディーナリアスを「ディーン」と呼んだ。
 
 初日に「愛称」を言っておいたが、呼ばれたことはなかった。
 さっき初めてジョゼフィーネは彼を愛称で呼んでいる。
 それだけ近しい存在になっている、という気がした。
 繰り返し、唇を親指でゆっくりとなぞる。
 
「あなたのことが……ディーンのことしか……思い浮かば、なくて……」
 
 ジョゼフィーネは少し顔を赤くして、眉を下げていた。
 彼女のことだから、迷惑をかけたと思っていてもおかしくはない。
 胸が苦しくなるほど、ジョゼフィーネが愛おしかった。
 そんな顔で、そんなふうに言われたら。
 
「ああ……ジョゼ……お前は、本当に……愛らしいな」
 
 両頬を手でつつみ、唇を重ねる。
 無自覚に、ディーナリアスは自制を放り出していた。
 己の「嫁」が、愛しくてたまらなかったのだ。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。  とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。  ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。  お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!  ※完結しました!(2024.5.11)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

嫌われ皇后は子供が可愛すぎて皇帝陛下に構っている時間なんてありません。

しあ
恋愛
目が覚めるとお腹が痛い! 声が出せないくらいの激痛。 この痛み、覚えがある…! 「ルビア様、赤ちゃんに酸素を送るためにゆっくり呼吸をしてください!もうすぐですよ!」 やっぱり! 忘れてたけど、お産の痛みだ! だけどどうして…? 私はもう子供が産めないからだだったのに…。 そんなことより、赤ちゃんを無事に産まないと! 指示に従ってやっと生まれた赤ちゃんはすごく可愛い。だけど、どう見ても日本人じゃない。 どうやら私は、わがままで嫌われ者の皇后に憑依転生したようです。だけど、赤ちゃんをお世話するのに忙しいので、構ってもらわなくて結構です。 なのに、どうして私を嫌ってる皇帝が部屋に訪れてくるんですか!?しかも毎回イラッとするとこを言ってくるし…。 本当になんなの!?あなたに構っている時間なんてないんですけど! ※視点がちょくちょく変わります。 ガバガバ設定、なんちゃって知識で書いてます。 エールを送って下さりありがとうございました!

処理中です...