上 下
21 / 84

日常茶飯事 1

しおりを挟む
 夢を見ている。
 どこかでそれには気づいているのに、登場人物の自分は、それが夢だと思っていない。
 周りは真っ暗で、何も見えない中、活字だけが降ってきた。
 
 『私たちが、頼んだんじゃありません』
 『この子が勝手に持ってきたんです』
 『読んでみてって、しつこくて困ってました』
 
 彼女らは、揃って、そんなことを言う。
 活字は、大きくなったり小さくなったりしていた。
 映像はなくても「抑揚」があるのだ。
 活字は、それぞれに見た目や形も違っていて「個性」もあった。
 
 前世の記憶。
 
 あっても役には立たず、ただジョゼフィーネを苦しめる。
 生まれ変わっても、幼い頃から、この記憶に縛りつけられていた。
 新しい人生でやり直したい、と思うのに「自分は、こういう人物だ」と、記憶が彼女に己の性質を突き付けてくる。
 
 『なんで、あんなこと言ったの? 貸してほしいって頼んできたのは、そっちじゃん。先生に嘘ついて、私1人、悪者にして』
 
 中学1年、梅雨の時期だった。
 
 その日も雨で、本当は嫌だったが、友達に頼まれ、断りきれなかった。
 彼女は学校に漫画を持って行ったのだ。
 私立の中高一貫の女子校で、比較的、校則に厳しい学校。
 当然、学校に漫画を持ち込むなど許されてはいない。
 
 結果、彼女が彼女らに渡すところを教師に見とがめられた。
 彼女らは彼女を庇いもせず、むしろ、自分たちは被害者だと言わんばかり。
 
 当時の彼女は、まだ「言い返す」ということができていた。
 自分の正当性を、ちゃんと訴えたのだ。
 世の中には「正しさ」が存在すると、信じてもいた。
 
 話せばわかってもらえる、だとか。
 誠意には誠意で返してもらえる、だとか。
 
 『前から思ってたけど、あんた、ウザい』
 『そうそう。偉そうに説教ばっか。何様?』
 『宿題は自分でしなきゃ、とか、マジ、だっる~』
 
 ちりちり。
 そんな痛みを初めて体に感じた。
 その痛みに、彼女は少しだけ怯む。
 
 『だって、本当のことだし……私、悪いことしてないのに、叱られたんだよ? みんなが嘘ついたせいで……友達なら……』
 
 言葉が途中で切れた。
 彼女らが、馬鹿にしたように笑ったからだ。
 
 『は? トモダチ? なに言ってんの?』
 『あんた、みんなにウザがられてるんだよ?』
 『どこのグループにも入れなくて可哀想だから、入れてやったんじゃん』
 
 それが本当だったのかはわからない。
 ただ、その時には「本当かもしれない」と思った。
 少なくとも、目の前にいる彼女らは「友達」ではなかったのだ。
 
 『もうさ、面倒くさいから、いいや』
 『あんた、別のグループ行きなよ』
 『気にいらないんでしょ、ウチらのこと』
 
 そんなつもりで言ったのではない。
 嘘をつかれ、悪者にされたのが悔しくて悲しかっただけで。
 なぜ嘘をついたのか、理由を話して、謝ってくれれば、それでよかった。
 納得できた。
 
 いきなり切り捨てられるなんて、思わなかった。
 
 あんな些細なことで。
 その後、彼女は、何度も何度も、繰り返し、そう思うことになる。
 その日から、本当にグループを締め出されたからだ。
 
 いくら話しかけても無視される。
 携帯電話でのやりとりもなくなった。
 そちらのグループからも、名前が削除されていた。
 
 彼女らに徹底して無視されている彼女は、どこのグループにも入れなかった。
 誰も「厄介事」になんて関わりたくなかったのだ。
 そもそも入学後3ヶ月ほどが経っており、教室内のグループは定着していたし。
 
 教師もアテにはならなかった。
 彼女が「のけ者」にされていることには気づいていたに違いない。
 が、やはり「面倒事」にはさわらないようにしていたようだ。
 声をかけてもくれず、彼女らをいさめることもなく、見て見ぬふりをしていた。
 
 彼女は、日々、悩み、つらかったが、親に相談しようとはせずにいた。
 どうしてかはわからない。
 なぜか「恥ずかしい」と感じたのだ。
 
 そんな時だった。
 元のグループにいた1人から連絡が来た。
 仲間外れにされ始めて半月。
 彼女の心はクタクタになっていて、その連絡に飛びついている。
 
 それから2人で遊んだり、連絡を取り合ったりするようになった。
 嬉しかったし、心の支えでもあった。
 グループに戻れなくても、1人の友人がいさえすれば、元気を取り戻せる。
 彼女の暗鬱とした日々は、少しだけ明るくなったのだ。
 救いが、あった。
 
 けれど。
 
 『こいつさ、あんたらの悪口ばっか言ってんの』
 
 たった1人の友人、そう思っていた子に呼ばれて行くと、ほかの2人もいた。
 そこで、また嘘をつかれた。
 彼女は、2人の悪口など言ったことはなかったのだ。
 
 『言ってない! 私、悪口なんか言ってないっ!』
 
 ひと際、大きな活字が降ってくる。
 そう、あの時、大声で怒鳴った。
 絶対に言っていない、と、わかってもらいたくて。
 
 『言ってたじゃん! 嘘ついても、私、ちゃんと聞いてたんだからね!』
 『言ってないよっ! 嘘ついてるのは、そっちじゃんッ!』
 
 言った、言わないの応酬。
 これほどまで彼女が否定をするのだから、おそらく「言っていない」が正解。
 わかっていたはずだ。
 ほかの2人も絶対にわかっている。
 
 『あんた、前から嘘つきだったしね』
 『人の悪口を言う前に、自分の性格、直したら?』
 
 2人は、彼女が「言っていない」とわかっている上で、それを否定した。
 その時の、彼女の目に映ったのは、たった1人の友人と信じた相手の表情。
 
 笑っていた。
 
 近づいてきたのも、親しげに振る舞っていたのも、嘘だったのだ。
 すべて自分を陥れ、 おとしめるための行動に過ぎない。
 それを悟った時、彼女の心は、ひび割れた。
 なにもかもが恐ろしくなった。
 
 こんな「悪意」が世の中には存在するのか、と。
 
 些細なことだったかもしれない。
 大人が聞けば「そんなことで」と思う程度のことだったかもしれない。
 ほかの友達を作ればよかったのに、とか。
 小学校の友達に連絡してみればよかったのに、とか。
 
 いろんな手立てはあったのだろう、おそらく。
 けれど、12歳の彼女は、その時「人という存在」に絶望したのだ。
 そして、闘いきれなかった自分にも。
 
 以降、彼女は学校には行っていない。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。  とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。  ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。  お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!  ※完結しました!(2024.5.11)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

うっかり王子と、ニセモノ令嬢

たつみ
恋愛
キーラミリヤは、6歳で日本という国から転移して十年、諜報員として育てられた。 諜報活動のため、男爵令嬢と身分を偽り、王宮で侍女をすることになる。 運よく、王太子と出会えたはいいが、次から次へと想定外のことばかり。 王太子には「女性といい雰囲気になれない」魔術が、かかっていたのだ! 彼と「いい雰囲気」になる気なんてないのに、彼女が近づくと、魔術が発動。 あげく、王太子と四六時中、一緒にいるはめに! 「情報収集する前に、私、召されそうなんですけどっ?!」 ◇◇◇◇◇ 設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。 R-Kingdom_11 他サイトでも掲載しています。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

不機嫌領主と、嫌われ令嬢

たつみ
恋愛
公爵令嬢ドリエルダは、10日から20日後に起きる出来事の夢を見る。 悪夢が現実にならないようにしてきたが、出自のこともあって周囲の嫌われ者に。 そして、ある日、婚約者から「この婚約を考え直す」と言われる夢を見てしまう。 最悪の結果を回避するため策を考え、彼女は1人で街に出る。 そこで出会った男性に協力してもらおうとするのだが、彼から言われた言葉は。 「いっそ、お前から婚約を解消すればよいではないか」 ◇◇◇◇◇ 設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。 R-Kingdom_7 他サイトでも掲載しています。

世話焼き宰相と、わがまま令嬢

たつみ
恋愛
公爵令嬢ルーナティアーナは、幼い頃から世話をしてくれた宰相に恋をしている。 16歳の誕生日、意気揚々と求婚するも、宰相は、まったく相手にしてくれない。 いつも、どんな我儘でもきいてくれる激甘宰相が、恋に関してだけは完全拒否。 どうにか気を引こうと、宰相の制止を振り切って、舞踏会へ行くことにする。 が、会場には、彼女に悪意をいだく貴族子息がいて、襲われるはめに! ルーナティアーナの、宰相に助けを求める声、そして恋心は、とどくのか?     ◇◇◇◇◇ 設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。 R-Kingdom_2 他サイトでも掲載しています。

若輩当主と、ひよっこ令嬢

たつみ
恋愛
子爵令嬢アシュリリスは、次期当主の従兄弟の傍若無人ぶりに振り回されていた。 そんなある日、突然「公爵」が現れ、婚約者として公爵家の屋敷で暮らすことに! 屋敷での暮らしに慣れ始めた頃、別の女性が「離れ」に迎え入れられる。 そして、婚約者と「特別な客人(愛妾)」を伴い、夜会に出席すると言われた。 だが、屋敷の執事を意識している彼女は、少しも気に留めていない。 それよりも、執事の彼の言葉に、胸を高鳴らせていた。 「私でよろしければ、1曲お願いできますでしょうか」 ◇◇◇◇◇ 設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。 R-Kingdom_4 他サイトでも掲載しています。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

処理中です...