ウソつき殿下と、ふつつか令嬢

たつみ

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ウソつき殿下の真の愛 1

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 伯爵家に着くと、案の定というべきか。
 
「これは、オリヴァージュ殿下、ようこそいらっしゃいました」
 
 主を始め、屋敷中の者が、玄関ホールに集まっていた。
 オリヴァージュは、顔をしかめたくなったが、我慢をする。
 隣にいるセラフィーナの気遣わしげな気配を感じたからだ。
 オリヴァージュに不快な思いをさせていることが、後ろめたいのだろう。
 彼女自身、このさまにいたたまれなくなっているに違いない。
 
(魔術師姿の時には、あり得なかった歓迎ぶりだものな。ラフィが恥ずかしくなるのもわかる)
 
 セラフィーナから、話は聞いていた。
 彼女は、家族に「馴染めて」いなかったらしい。
 とはいえ、オリヴァージュからすれば、少しも驚くことではなかった。
 およそセラフィーナは貴族の「定型」と、かけ離れている。
 そんな彼女が、体裁主義の見本のような父親や兄に、馴染めるはずがないのだ。
 
「忙しいところ、時間を作ってもらい、感謝しているよ、伯爵」
「とんでもなにことにございます、殿下。ささ、どうぞ、中にお入りください」
 
 セラフィーナは、彼の隣で、いよいよ小さくなっている。
 うつむいているのは、へつらっている父親の姿を見たくないからだろう。
 彼女は、己の父を恥じている。
 
 こういうことになるとも、わかっていた。
 だから、馬車の中で、オリヴァージュは、ピリピリしていたのだ。
 セラフィーナが必要以上に、この状況を苦にするのではないかと危惧した。
 小さくなっているセラフィーナの姿に、胸が痛む。
 さりとて、さすがに父親を無視して、婚姻するわけにもいかない。
 
(ラフィの手前、大人しくしているつもりだったが)
 
 オリヴァージュは、ちらっとセラフィーナに視線を向けた。
 そして、考えを改める。
 彼女に、こんな思いをさせる父親には、多少の厳しさを持って接するべきだ。
 礼儀正しくし過ぎて、おかしな勘違いをさせれば、ますます、セラフィーナが、いたたまれない気分になる。
 
「私は、最近まで、この屋敷にいたのでね。勝手は、わかっているよ」
「……それは、いったい……?」
「ああ、言っていなかったかな。きみが雇った、魔術師のナルだがね。あれは、私だったのだよ」
 
 アーノルド・アルサリアの顔が、引き攣った。
 魔術師のナルと「オリヴァージュ殿下」が、同一人物だったことに、激しく動揺しているに違いない。
 魔術師のナルに対する、己の言動も思い返しているはずだ。
 みるみる、額に汗が浮かんでくる。
 
「私は、すっかり、ラフィにまいってしまっていてねえ。だが、どこにでも口さがない連中はいる。恋する者同士が、まっとうな逢瀬をするにもひと苦労だ。そうは思わないかね、伯爵?」
「ま、まことに、仰る通りでございます……」
「とくに、私のような者は、周りが騒ぎ立てるものだから、身分を明かすわけにもいかなくてね。私の厄介な立場を伯爵に理解してもらえると、ありがたいのだが」
 
 嫌味と皮肉をふんだん飾りつけ、アーノルドに、しでかした失敗の大きさを思い知らせた。
 アーノルドが、少しでも「ナル」を尊重する姿勢を見せていれば、悔やむことは何もなかったのだ。
 笑い事として流せていた。
 
「もちろん、理解しております、殿下」
 
 アーノルドの声は小さくなっている。
 隣に並んでいた兄たちの顔も真っ青だ。
 彼らは、雇い入れの際にも姿は見せず、挨拶すらしていない。
 
 逆に、勤め人たちは平気な顔をしている。
 彼らは、ナルと面識があり、見た瞬間、気づいていたからだ。
 驚きは一瞬で、すでに消え去っている。
 デボラは少し笑っているし、トバイアスは納得顔をしていた。
 ほかの者も、似たような反応を示している。
 
「では、早速、話を進めたいのでね。そうだな。“小さいほう”の客室を、使わせてもらおうか。なにしろ、あの部屋は、私とラフィの“思い出”の場所だ。いいかな、伯爵?」
「で、殿下が、そう仰るのなら、かまいません」
「では、トバイアス、案内を。デボラ、お茶を入れてくれるかい?」
 
 あたかも、屋敷の主がごとき振る舞いだ。
 無礼なのは間違いないが、アーノルドは黙っている。
 身分をわきまえてのことというより、叱責されるのを恐れてのことだろう。
 今のオリヴァージュの態度とは比較にならないほど、彼らの言動は無礼だった。
 それを、自覚できる程度には、まだ分別は残っているらしい。
 
 客室に案内されたオリヴァージュは、長ソファに座る。
 隣にセラフィーナも腰かけていた。
 向き合う形で、アーノルド、その後ろには、彼女の4人の兄がいる。
 全員、座ろうとはせず、立っていた。
 
 そこに、デボラが入ってきて、オリヴァージュとセラフィーナに紅茶を出す。
 アルサリア伯爵家の面々に対してはどうすべきか。
 少しだけ考える様子を見せたあと、デボラは、テーブルに紅茶セットを置いて、部屋を出て行った。
 
 紅茶のカップを手に、オリヴァージュは立ち尽くしている5人を見る。
 彼らは、顔色を悪くして、口を開くこともできずにいた。
 オリヴァージュを出迎えた時の、諂う笑みさえ浮かべてはいない。
 
「実際、私は、きみらにとって歓迎すべき相手ではないだろうね」
「い、いえ……」
 
 なにか言いかけたアーノルドを片手で制する。
 反対の手は、セラフィーナの手を握っていたからだ。
 
「アルサリア伯爵家の1人娘を取り上げるのだからねえ。歓迎されるはずはないと、わかっているさ」
 
 オリヴァージュは、彼らに、座れとも座るなとも言わずにいた。
 どちらでもかまわなかったが、許しなく座れるとは思っていない。
 
「知っての通り、王族との婚姻で、彼女も今後は、王族として扱われる。きみたちにも、それをわかっていてもらいたい」
 
 要は、たとえ娘であれ、妹であれ、気楽につきあえる相手ではなくなる、ということだ。
 王宮に出入りすること自体、伯爵という家柄では難しいのだから。
 
「もろちん、彼女が里帰りをしたいと望む際は、その希望を叶えるつもりだ。たまには、この懐かしの実家を、思い出すこともあるだろうからね」
 
 セラフィーナは、口を挟むつもりはないようだ。
 黙って、オリヴァージュの手を握り返している。
 家族に対する思慕はあるし、縁を切りたいとも思ってはいないだろう。
 とはいえ、彼女にとって、彼らの価値観は受け入れがたいものでもあるのだ。
 自らが彼らの「利益」になることも、望んではいない。
 
「アドルーリットがどうなったかを考えれば、王族とのつきあいなど、その程度で十分なのだよ」
 
 オリヴァージュの言葉に、アーノルドが、びくっとする。
 王族との縁を鼻にかけた結果が、あれだ。
 ネイサンは当主の座から転げ落ちたし、アドルーリットは落ち目だし。
 
「おや? きみの紅茶が冷めてしまったようだ」
 
 言って、オリヴァージュは魔術を使った。
 入れ替えられ、湯気の上がる紅茶に、5人は、改めてオリヴァージュが「ナル」だったのだと、思い知ったらしい。
 震えている彼らに、オリヴァージュは少し厳しくし過ぎたかと、肩をすくめる。
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