ウソつき殿下と、ふつつか令嬢

たつみ

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 セラフィーナは、馬車に乗っている。
 隣には、しっかりオリヴァージュが座っていた。
 彼は、あたり前のごとく肩を抱いている。
 
「どうかしたかい?」
「あなたを、どう呼ぶべきか考えていたの」
「どうって?」
「わからないけど……殿下、とか?」
 
 とたん、オリヴァージュが苦い顔をした。
 やはり王族扱いは嫌いらしい。
 さりとて。
 
「お父さまの前なのよ?」
「きみが気にするのなら、どう呼んでくれてもかまわない」
「どうしてかしら。あなたが怒っている気がするわ」
「怒ってはいないさ。ただ、機嫌がいいとは言えないだけだよ」
 
 2人は、馬車でアルサリア伯爵家に向かっている。
 セラフィーナは、結局、3日間をオリヴァージュの私室で過ごした。
 その間、彼女が「勘違い」したようなことは起きていない。
 
 オリヴァージュは、夜になると、私室を出て行く。
 初日は幼馴染みのところに、朝までいたそうだ。
 そして、次の日は、従兄弟のところに泊まったという。
 昨日は、ついに王宮から出てローエルハイドの屋敷に行ったと聞いている。
 
(本当に屋敷から出て行くなんて……あれって、本気だったのね)
 
 オリヴァージュは、セラフィーナに「我慢するのが大変」だと言っていた。
 同じ私邸にいると耐えられそうにない、とも言った。
 言われた時、セラフィーナは、またいつもの軽口だとばかり思っていたのだ。
 が、どうやら本気だったらしい。
 
「一緒に来なくてもよかったのに」
「それじゃあ、3日も我慢した甲斐がない」
 
 ふう…と、オリヴァージュが溜め息をつく。
 それから、苦笑いをもらした。
 
「少しピリピリし過ぎだな。きみの父親だからね。礼儀正しく振る舞うよ」
「そういうのが、嫌なんでしょ?」
 
 オリヴァージュは、セラフィーナの父に対して良い感情は持っていないだろう。
 なにしろ、父は、彼に罵声を浴びせ、屋敷から叩き出したのだ。
 魔術師のナルとも交流する気はなかったらしく、雇い入れの時に、1度、会ったきりだった。
 セラフィーナの教育中、様子を見に来ることさえしなかった。
 
「確かに、あまりいい気分ではないが……挨拶をしておく必要はある」
「案外、真面目なのね」
「知らなかったような口ぶりじゃないか」
「知らなかったわ」
 
 セラフィーナの言葉に、ようやくオリヴァージュが、少しだけ笑う。
 そのことに、ホッとした。
 彼は、自分のために嫌なことをしてくれようとしている。
 それだけ真剣だということだ。
 
「私が、古き習慣を重んじていることは、きみも、よく知っているはずだよ?」
 
 そっと、オリヴァージュが体を寄せてくる。
 そして、セラフィーナの耳に、唇でふれてきた。
 心臓が、どきんと弾み、馬車が揺れているのか、自分が揺れているのか、わからなくなる。
 
「この3日、昼は羊のように大人しくしていたし、夜はフクロウ並みに、あちこち飛び回っていたって、知っているだろう?」
 
 さらに、オリヴァージュが、小声で囁いた。
 とっておきの秘密を打ち明けるように。
 
「きみがベッドに誘ってくれるのを待っていたのに」
 
 きゅっと手を握られ、焦る。
 馬車の中は狭くて、体を離すことはできないからだ。
 オリヴァージュのことは好きだが、いきなりは困る。
 心の準備というものができていない。
 
 自分の屋敷に帰る道中だということも忘れかけていた。
 が、しかし。
 
 耳元で、くすくすと笑われる。
 オリヴァージュが、肩を震わせていた。
 その姿に、イラっとする。
 
「あなたの、その性根の悪さには、本当に腹が立つわ!」
「私が嘘をついているとでも?」
「嘘かどうかはともかく、私を面白がっているじゃない!」
「怒っているきみは可愛げがないのに、可愛らしいね」
けなされてるって気づかないほど、馬鹿だと思ってるのっ?」
 
 腹が立って、手を引こうとするほど、オリヴァージュが強く握ってくる。
 それにも、腹が立った。
 
「あなたを、また嫌いになりそうだわ」
「それは、いけないな」
「本気にしていないようね?」
「きみが、私を嫌いになっても、また好きにさせるだけだ」
 
 ぐいっと手を引っ張られ、オリヴァージュに抱き込まれる。
 悔しいけれど、押し返すことができない。
 どうにも、居心地が良かったからだ。
 
「お行儀良くすると約束するよ」
 
 額に、軽くキスが落とされる。
 それだけで、簡単になだめられてしまう。
 
「だから、嫌いだなんて言わないでおくれ。私のちっちゃな可愛い小鳥」
 
 セラフィーナは、オリヴァージュの胸に顔をうずめた。
 皮肉が、頭に浮かばなかったからだ。
 甘ったるい台詞なんて、好きではなかったはずなのに。
 
「やっぱり、ナルって、呼ぶことにするわね」
「お父さまの前でも、かい?」
「そうよ」
 
 愛称だからというのもあるが、なんとなく「ナル」のほうが、しっくりくる。
 殿下と呼んだほうが、父には効果があるだろう。
 とはいえ、心に沁みこんだ印象は変えられない。
 ナルは、ナルなのだ。
 
「私が、あなたを蹴飛ばさないのは、王族だからじゃないもの」
 
 オリヴァージュが、セラフィーナの頭を撫でてくる。
 ひどく優しい仕草に感じられた。
 
「時間を早回しする魔術がないのを、残念に思っているよ」
 
 心の準備は必要だとしても、時間を早回しできないのが残念だと思うのは、セラフィーナも同じだ。
 厄介なことは、さっさと片づけて、早くオリヴァージュと一緒にいられるようになれるといい。
 無意識に、オリヴァージュの胸に頬をすりつける。
 そのセラフィーナに、オリヴァージュが言った。
 
「私は、いつまでフクロウをやっていられるかな」
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