ウソつき殿下と、ふつつか令嬢

たつみ

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 握られた手を、握り返してみる。
 オリヴァージュであり、ナルでもある手だと、感じた。
 
「これで、私の切れるカードはなくなった」
 
 涙で潤んだセラフィーナの目のふちに、オリヴァージュが口づけてくる。
 優しい仕草に、胸が高鳴った。
 少し気恥ずかしくて、セラフィーナは、目をそらせる。
 
「あなたでも、人に優しくできるのね」
「人に、ではないよ。きみには……まぁ、できなくはない」
「いつも優しくするって、言えないの?」
「言えないなあ」
 
 オリヴァージュが、嫌味を言う前の「にっこり」をした。
 が、ムッとした顔はできずにいる。
 
「きみのチョコレートを溶かすのが、癖になりそうでね」
「嫌な癖をつけないでちょうだい」
 
 また目元に口づけが落ちてきた。
 唇の感触が、セラフィーナの心拍数を上げさせている。
 ムッとする代わりに、どきどきしていた。
 
「こうして、きみに口づける口実もできるだろう?」
「口実がなければ、できないのね」
「私は、臆病なのだよ」
 
 オリヴァージュは、まるきり信憑性のないことを言う。
 本人も、そんなことは思っていないはずだ。
 わずかに悔しさは感じるが、拒まない自分を自覚している。
 だから、彼が自信ありげな表情を浮かべていても、しかたがないと思った。
 
 オリヴァージュの気持ちが、ようやくわかって、セラフィーナは安心している。
 本気の恋をしたのは、初めてだ。
 だから、勝手がわからなかった。
 
 なにかと疑わしく感じたり、不安になったり、信じられなくなったり。
 
 悪いほうにばかり考えてしまうこともあるのだと知った。
 なんでも前向きに捉えてきたわけではないにしても、セラフィーナは、おおむね楽観的。
 物事を悪く考えがちになったのも、恋をしてからだ。
 
(もっと楽しいものって印象があったけど……恋って、案外、厄介なのね……)
 
 5歳の頃の記憶が、ふんわりとセラフィーナの頭に蘇る。
 彼と遊んでいた時には、ただ楽しいだけだった。
 手を繋いでもらえたりすると、とたんに嬉しくなったりして。
 
「ラフィ……私の話を聞いていなかったようだね」
「え……?」
 
 ぱちんとまばたきしたセラフィーナの目から、最後の涙の、ひと滴が落ちる。
 もう彼女の瞳は潤んでいない。
 目のふちは、まだちょっぴり赤いけれども。
 
「嫌だと言ったじゃないか」
 
 オリヴァージュが、なにか不機嫌そうな顔をしていた。
 小さく睨まれて、セラフィーナは、きょとんとする。
 
「なにが?」
 
 むううっと、さらにオリヴァージュが嫌な顔をした。
 9つも年上であるはずなのに、ほんの少し子供っぽく見える。
 
「きみ、今、昔の私を思い出していただろう」
「そうよ?」
「だから、それがさ。嫌だと言っているのだよ」
「でも、あなたじゃない」
「私でも、だ」
 
 意味がわからない。
 そういえば、さっきも「過去の自分に嫉妬」とかなんとか言っていた気がする。
 セラフィーナは、オリヴァージュの気持ちがわからず、不安になっていて、それどころではなかったのだ。
 そのため、すっかり聞き流していた。
 
「どうしろと言うの?」
「……思い出さないようにしてほしい」
「…………」
「ああ、わかったよ! そんな目で見ないでくれ!」
 
 そんな目、と言われても。
 彼女は、彼の突拍子もない言い分に、目を丸くしていただけだ。
 
「いいさ。私だって妥協くらいできる」
 
 本当に、不本意なことらしい。
 オリヴァージュが、むすっとした顔で言う。
 
「私がいない時なら、思い出してもかまわない」
「それが、妥協?」
「ぎりぎりだ。これ以上は、譲らないよ?」
 
 セラフィーナには、よくわからないが、嫌なものは嫌なのだろう。
 オリヴァージュの、意外な一面を見た気分になる。
 
「わかったわ。あなたって、変なことに、こだわるのね」
「きみには、今の私だけを見ていてほしいのだよ」
「あ!」
 
 その言葉で、思い出した。
 今度は、セラフィーナが、オリヴァージュを小さく睨んだ。
 
「あなた、さっき、数日間って言ったわよね? あれはどういう意味? 私には、割りきったつきあいなんてできないわよ?」
「なにか勘違いしているとは思っていたが……大層な間違いだね」
「間違い?」
 
 オリヴァージュが、肩をすくめる。
 セラフィーナは、首をかしげる。
 
「何事にも段取りというものがある。そのために、きみには、数日間、私の私室にとどまってもらう」
「ここに?」
「そうだよ。わからないかい?」
「わからないわ」
「簡単に言えば、私たちが、“とても”親密な関係になっ……」
 
 言葉の終わりを待たず、セラフィーナはオリヴァージュを突き飛ばした。
 顔が、ぽっぽっと熱くなっている。
 突き飛ばしてはみたものの、オリヴァージュは体を少しそらせただけだ。
 
「あ、あなた、そ、そういう……」
「もちろん、そういう気がないとは言わない。だが、今ではないよ」
 
 なにもしないと言いたげに、オリヴァージュが両手を広げてみせる。
 それでも、セラフィーナは、ちょっぴり彼から離れた。
 オリヴァージュの眉が、ひょこんと吊り上がる。
 
「周りに思わせておいたほうが、話を進めやすい、と言おうとしたのだがね」
「話って……?」
「きみの首の上に乗っているのは、本当に、カボチャだな。私は、きみの許婚いいなずけだ。ねえ、きみ、許婚の意味を知っているかい?」
 
 ばくばくっと、心臓が飛び跳ねた。
 許婚と進める話が、ひとつしかないことに、やっと思い至ったからだ。
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