ウソつき殿下と、ふつつか令嬢

たつみ

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特効薬の効き目 3

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 セラフィーナが婚姻せずにいたのは、やはり「彼」を想い続けていたからだ。
 それは、わかっている。
 屋敷を訪れた初日、彼女が嘘をついた時から、わかっていた。
 そして、5歳だったセラフィーナが、その後12年もの間、一途に「彼」を想い続けてきたことに嫉妬を覚えたのだ。
 
 彼女は、オリヴァージュより9つ年下。
 14歳のセラフィーナでさえ、彼の恋の相手とは成り得なかった。
 にもかかわらず、17歳の彼女には、すっかりまいっている。
 9つも年上なのに、ちっとも自制が働かない。
 
「私は、これが気に入っているのだよ」
 
 右手の指で、左手の薬指を撫でてみせた。
 セラフィーナは、戸惑った表情を浮かべている。
 おそらく、また勘違いをしているのだろう。
 彼を縛ったと、悔いているのかもしれない。
 
「16歳を過ぎても、きみが婚姻していないと知ってからだよ。私は、きみのことばかり考えるようになってね」
 
 オリヴァージュは、指輪をはめた左手で頬杖をつく。
 セラフィーナに視線を向け、溜め息をついた。
 
「今さらな話だとわかっていても、王族だの貴族だのにこだわらず、きみを自分のものにしておけば良かったと、思わずにいられなかった」
 
 12年だ。
 セラフィーナの心は「彼」にあった。
 それが、悔やまれてならない。
 
「私は、私に嫉妬をしている。過去の自分を、自分だとは思えなくてね」
 
 セラフィーナは、オリヴァージュと「彼」を、別人だと見做みなしている。
 つまりは、そういうことだ。
 
 彼女は、オリヴァージュでもナルでもない、別の男に心を奪われていた。
 12年も。
 
 夜会で言った言葉は、本音だった。
 自分の嫉妬心が嘆かわしい。
 セラフィーナが「彼」を想っていると感じるたびに、ネイサンに対してよりも、強い感情をいだく。
 自分であるはずの「彼」が、妬ましかったのだ。
 
「はっきり言って、今は少しだけ、ホッとしているのさ」
 
 セラフィーナの表情を見れば、わかる。
 彼女は「彼」を裏切ったことに、罪悪感をいだいているに違いない。
 
「ようやく、きみの鼻っ柱を、へし折ることができてね」
 
 それは、セラフィーナが「彼」ではなく、オリヴァージュを選んだことを、意味していた。
 幼い心に刻まれていた想いを、打ち破った証なのだ。
 
「それでも……まぁ、私は、これが気に入っているのだけれど」
 
 ちらっと、視線だけを指輪に向ける。
 我ながら情けないと、本気で思っていた。
 
「きみを手にいれるためなら、どんな手でも使っただろうなあ」
 
 オリヴァージュは自嘲から、苦笑いを浮かべる。
 実際、セラフィーナが、どうしても自分と恋に落ちてくれないようなら、これにすがろうとさえ、考えていたからだ。
 最後の手、切り札といったところ。
 
 オリヴァージュは、ぺしょっとなっているセラフィーナを見つめる。
 なんとも可愛らしい。
 たとえ、引き潰されたキャベツのようであっても。
 
「頼むから、私に謝ったりしないでくれよ? でなければ、私は、また、私自身に嫉妬することになる」
 
 セラフィーナは、黙りこくっている。
 ただ、オリヴァージュを、茶色の瞳で、じっと見つめていた。
 なにを言えばいいのかと、混乱しているようだ。
 
「私は、きみを騙したり、からかったりするために屋敷を訪れたのではない。それは、わかってくれたかい?」
 
 黙ったまま、セラフィーナがうなずく。
 茶色い瞳を、彼も見つめ返していた。
 
 ネイサンの正妻選びの話を聞き、彼は、居ても立っても居られない気分になり、屋敷を訪れるとの決断をしている。
 さっき彼女に言ったように、その頃にはもう、セラフィーナのことばかり考えるようになっていたからだ。
 だが、王族としての身分を振りかざす気もなかった。
 セラフィーナがどんなふうに成長したかは、知らなかったし。
 
「きみが、私にどう反応するか、ある意味では、試していたのだよ」
 
 オリヴァージュは、当初、彼女にいだいていた猜疑心についても明かす。
 いくつかの隠していた事柄により、セラフィーナを傷つけたのは確かだ。
 だから、正直に話すべきだと思っている。
 
「私が“彼”だと言えば、きみの態度は変わっていたはずだ。だが、それでは意味がない、と考えていた。私は、今のきみを知りたかったのでね」
 
 5歳の少女ではなく、成長したセラフィーナの本当の姿を見極めたかった。
 そこには、どんな先入観も必要ない。
 初対面の、爵位を持たない魔術師に、彼女はどう接するか。
 まっさらな状態で、確認したかったのだ。
 
「きみは、ツンケンしてばかりいてさ。初めは、爵位を持たない魔術師だからかと思ったが……」
「違うわっ!」
 
 誤解をされたくなかったのか、セラフィーナが声を上げる。
 とはいえ、オリヴァージュは、彼女の意見に賛成。
 
「わかっているよ。きみは、誰にでも、“そう”だからね」
 
 デボラやトバイアスのように親しい者はともかく。
 気に食わない相手に対しての、セラフィーナの態度は一貫している。
 家を追い出されるなんていう窮状をかかえていなければ、ネイサンのことだって蹴っ飛ばしていたはずだ。
 それはそれで見たかった気もするけれど、それはともかく。
 
「だから、私は、求愛のダンスを始めたってわけだ」
 
 セラフィーナが、膝の上に置いていた両手を、ぎゅっと握り締める。
 それから、オリヴァージュを見つめたまま、言った。
 へにょっと、顔をしかめて。
 
「…………私は、あなたに恋をしたわ……」
「王族とは知らずにね」
「関係なかったもの……」
 
 彼女の瞳が、ゆらゆらと揺らいでいる。
 複雑な心境になっているのか、読み取れた。
 
「………もう、帰りたい……屋敷に帰して……」
 
 唐突な言葉にも、オリヴァージュは怯まない。
 肝心なことを、まだ伝えていないからだ。
 
「繰り返し言っているが、きみを離す気はないよ。ともかく、数日間はね」
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