ウソつき殿下と、ふつつか令嬢

たつみ

文字の大きさ
上 下
49 / 64

特効薬の効き目 1

しおりを挟む
 当時、彼女は5歳。
 オリヴァージュは14歳だった。
 ロズウェルド王国では、大人とされる歳だ。
 
 その歳になると、オリヴァージュに、貴族がまとわりついてくるようになった。
 たいていは、己の娘との婚姻が目当て。
 夜の相手をさせる、と言ってくる者も少なくなかった。
 いくら断っても、貴族たちは諦めない。
 眉をひそめずにはいられないような「条件」を、次々と出してくる。
 
 いいかげん、オリヴァージュは、貴族たちの身勝手さに嫌気がさした。
 そして、つくづくと思い知ったのだ。
 
 自分は王族で、王位継承第3位という立場。
 
 オリヴァージュ自身がどう思おうと、そこからは逃げられない。
 周囲は、彼を「身分」で判断する。
 
 そのことにも、うんざりした。
 だから、オリヴァージュは、夜会にも顔を出さなくなったし、公務も放棄。
 姿を見せずにいれば、貴族たちの興味も薄れるだろうと思ったからだ。
 実際、オリヴァージュの考えは、大きく外れてはいなかった。
 突然に、王宮にあるオリヴァージュの私邸を訪れる者はいたが、ヴィクトロスが対処している。
 誰も中には入れず、すべて遮断。
 
 それが何年も続くうち、ようやく貴族たちも諦めたのだ。
 が、彼らが諦めても、オリヴァージュの中の貴族嫌いは直らなかった。
 今も、残り続けている。
 
 オリヴァージュが、セラフィーナと会ったのは、貴族たちから逃げ、ジョザイアの屋敷を訪れた帰り。
 ローエルハイドの屋敷に行っていると知られるのは困るので、民服を着て変装。
 当時、すでに使えるようなっていた転移で、王宮に戻ってもよかった。
 けれど、その日は、なんとなく、ぶらぶらと歩いていた。
 
「私と鉢合わせをした夜、きみは、あの場所に行こうとしていたのだろう?」
 
 オリヴァージュが、アルサリア伯爵家だとも知らず、悪戯いたずら心で入りこんだ屋敷。
 塀が少し低くなっていて、飛び越えるのは簡単だったのだ。
 そこで、彼は、セラフィーナと出会った。
 
 目を丸くして、オリヴァージュを、じっと見ていたセラフィーナを思い出す。
 まずいと慌てた彼の前で、セラフィーナは騒ぎもせず、首をかしげた。
 そして、なんとも「普通」に話しかけてきて、彼を驚かせている。
 なにをしているのか、誰なのか、そういったことは聞かれなかった。
 
 『ここは、私の秘密の場所なの。でも、今日からは、2人の秘密ね』
 
 あまりに驚いたものだから、今でも一言一句、覚えている。
 そのあと、セラフィーナが、花のように笑ったことも。
 
 5歳にしては、彼女は少しませていて、なのに、無邪気だった。
 貴族に辟易していたオリヴァージュにとって、セラフィーナの無邪気さは、心にとても気持ちが良かったのだ。
 屋敷の娘であることは、着ているものから想像がついた。
 さりとて、セラフィーナは、今と同じく、およそ貴族らしくなくて、どれほど、ホッとしたことだろう。
 
 貴族にも、無垢な時があるのだと。
 
 王宮にいると、どうしても貴族を意識する。
 当時の彼は、大人とされる歳であっても、まだ14歳。
 癇癪を起こしそうになるのを抑えるため、しょっちゅう王宮を抜け出していた。
 そして、毎日、セラフィーナに会いに行き、一緒に遊んだ。
 彼女といると、自分が「王族」だと思わずにいられたし、気持ちが軽くなる。
 
 セラフィーナの笑った顔に、気軽な会話に、救われていた。
 もちろん、彼女は、その頃、5歳だったので、恋心というようなものではない。
 ただ、セラフィーナの純真さに癒されていたと言える。
 
「これは、きみからもらったものだ」
 
 オリヴァージュは、左手を開き、手のひらをセラフィーナに向けた。
 鈍い銀色をしているのは、それが高価でないことを表している。
 小さなセラフィーナは、彼に言った。
 
 『私、お小遣いをためていたの』
 『それで買ったのかい?』
 『買ってきてもらったのよ、トビーに』
 
 セラフィーナが、どの程度、小遣いをもらっていたかは知らない。
 とはいえ、全財産をはたいたのは間違いなかった。
 彼女が、とても誇らしそうにしていたからだ。
 
 『あなたにあげる』
 『いいのかな? こんなに高価なものをもらっても?』
 『いいのよ。だって……』
 
 セラフィーナは頬を少し赤くして、少し言いにくそうに、もじもじしていた。
 その様は、貴族令嬢の「駆け引き」とはまるで違っていて、オリヴァージュの瞳には、とても可愛らしく映った。
 
 精一杯、背伸びをしている小さな雛。
 
 まだ巣の中にいるくせに、外に出たそうに顔を出している。
 そんなふうだったのだ。
 
 『だって、あなたは、将来、私と婚姻するんだもの』
 『それは知らなかったな』
 
 オリヴァージュは、くすくすと笑いながら、言ったのだけれど。
 セラフィーナが真面目な顔をしていたので、笑うのをやめた。
 その彼に向かって言ったのが、さっきの台詞。
 
 『待っていてね。私、すぐに大きくなるから』
 
 その後、オリヴァージュは伯爵に見つかり、屋敷を叩き出されることになる。
 以来、アルサリア伯爵家には近づかないようにしていた。
 5歳の少女のことは気になったが、やはり貴族は嫌いだと思ったからだ。
 彼を平民だと思った伯爵に、容赦のない罵声を浴びせられている。
 
 それでも、オリヴァージュは、彼女を気にかけていた。
 14歳で社交界にデビューした際には、姿を消して見にも行っている。
 大きくなった姿に驚きはしたが、恋にはならなかった。
 元気で過ごしているとわかり、安心しただけだ。
 
 にもかかわらず、忘れることもできずにいた。
 婚姻を意識すると、声が聞こえる。
 幼いセラフィーナの声だ。
 すると、どうにも居心地が悪くなり、婚姻の話を進められなくなってしまう。
 そこで思った。
 
 彼女は、まだ自分を想っているだろうか。
 
 ロズウェルドの貴族令嬢の多くが16歳で婚姻する。
 だから、16歳を過ぎるまで待つことにした。
 もし、彼女が誰とも婚姻しなかったら、それは自分への想いを持ち続けてくれているからかもしれない。
 
 果たして、彼女は17歳を迎えても、婚姻することはなかったのだ。
 
 そこに、ネイサンとの正妻選びの話が、オリヴァージュの耳に入った。
 サロンに出入りをしている際、あの「見栄っ張りなスチュー」が、周囲に、自慢しているのを聞いている。
 
「私に求婚したのは、きみだよ、ラフィ。私は、もうずっと、きみの許婚いいなずけだった。そうだろう?」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

うっかり王子と、ニセモノ令嬢

たつみ
恋愛
キーラミリヤは、6歳で日本という国から転移して十年、諜報員として育てられた。 諜報活動のため、男爵令嬢と身分を偽り、王宮で侍女をすることになる。 運よく、王太子と出会えたはいいが、次から次へと想定外のことばかり。 王太子には「女性といい雰囲気になれない」魔術が、かかっていたのだ! 彼と「いい雰囲気」になる気なんてないのに、彼女が近づくと、魔術が発動。 あげく、王太子と四六時中、一緒にいるはめに! 「情報収集する前に、私、召されそうなんですけどっ?!」 ◇◇◇◇◇ 設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。 R-Kingdom_11 他サイトでも掲載しています。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

処理中です...