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ご冗談を 3
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セラフィーナの、ぽかんとした顔を見ながら、思う。
彼女は、どこまでも強情で勝気で、可愛げのない負けず嫌いだ。
まだ、膝を屈しようとはしていない。
鼻っ柱も高いまま。
「それにしても、演技が下手だ」
セラフィーナが、ムッとした表情を浮かべてから、ぷいっとそっぽを向く。
その横顔を、じっと見つめた。
「……笑っていればいいわ。私のことを馬鹿にしたいんでしょ?」
実のところ、一瞬だけ、頭に血が昇りかけたのだ。
彼女の演技が下手でなければ、危うく間違えてしまうところだった。
が、それは言わずにおく。
セラフィーナに主導権を与える気はない。
少なくとも、彼女との話し合いを終えるまでは。
「元々、きみをネイサンに嫁がせようだなんて、私は、これっぽっちも思っていなかったよ」
「え……?」
こちらを向いたセラフィーナに、軽く首をかしげてみせた。
セラフィーナは、目を丸くして、オリヴァージュを見ている。
そして、しばしの間のあと、困ったように眉を下げた。
どういう意味か、本当にわからずにいるのだ。
「むしろ、邪魔をしようとしていた」
「……そんなふうには見えなかったわ……だって……」
「教育係だったのに?」
「ええ……とても、その……厳しかったじゃない」
戸惑いが口調に表れている。
セラフィーナらしくもなく、歯切れが悪い。
視線も、オリヴァージュのところに戻したり、外したりを繰り返していた。
「王族として、きみの屋敷に行きたくなかったのでね。教育係として潜り込んだ。それなら、それらしく振る舞うべきだろう?」
「演技だったって言うの?」
「少し違うね。まぁ……それらしく振る舞いつつも、きみの気を惹こうとしていたってところかな」
また、セラフィーナが、ぽかんとした顔をする。
さりとて、今度は、意味がわからないといった理由ではないのだろう。
呆れているに違いない。
「鳥とは、求愛のダンスをするものだよ」
「あれが……?」
「実際、きみは、私に恋をしたじゃないか」
ツンッと、即座にセラフィーナが、そっぽを向く。
その頬が、わずかに赤くなっていた。
ふれたくなったが、今は我慢する。
「きみが好きになったのは、王族の私ではなく、魔術師のナルだ。違うかい?」
セラフィーナは返事をしない。
それが返事になっていると気づきもせず、黙っている。
彼女は、オリヴァージュの言った「好き」という部分を否定できないのだ。
彼女の目は口ほどに、ものを言う。
「ああ、返事はしなくてかまわないよ。知っているから」
「…………超ウザい奴ね、あなたって」
「おや? どこで、そんな言葉を覚えてきたのかな?」
「最近、字引きを愛用しているの」
ツンツンした口調に、オリヴァージュは小さく笑った。
セラフィーナの皮肉っぽくもストレートな言い様が、心地いい。
オリヴァージュの知る令嬢で、こんな口を利く者はいないのだ。
たとえ身分を隠してのつきあいでも。
「本当にさ。私は、きみに、何度、口づけたくなったかしれやしない」
「でも、しなかったわ」
「してほしかった?」
「いちいち嫌味を言わずにはいられないのね」
セラフィーナは、そっぽを向き続けている。
なんとしても、オリヴァージュと視線を合わせたくないらしい。
瞳から心を読まれるのが嫌なのだろう。
とはいえ、もうすっかりわかっているのだけれども。
夜会に行く前、セラフィーナは口づけを願っていた。
オリヴァージュだって、できるものならしたかった。
「きみを引き留めたかったし、口づけたかったよ」
オリヴァージュは、本心を明かす。
隠す必要がなくなったからだ。
だいたい、本当には、いつだって本心を明かしたかったのだし。
「きみが思っているほど、私は軽薄ではない」
ネイサンのような、女性をその気にさせる遊びには、関心がなかった。
複数の女性と、同時につきあったこともない。
もちろん女性とのつきあいがなかったわけではないが、ともかくも、遊蕩をしていたとは思っていないのだ。
ひと頃は、婚姻を意識したことだってある。
「それに、きみの気持ちがわからなかったのだから、臆病にもなるじゃないか」
「わからなかった? とても本当とは思えないわ……」
ちょっぴり傷ついたような口調だった。
確かに、セラフィーナは分かり易く、感情にあふれている。
とはいえ、確信に足るものもなかった。
オリヴァージュは「おそらく」なんてものでは、満足できなかったのだ。
なにしろ、彼女だけは絶対に失いたくなかったので。
「本当だよ、ラフィ」
教育係として屋敷に行った当初は、疑ってもいた。
セラフィーナが、ほかの「ご令嬢」と同じく、自らに高値をつける女性かもしれないとの猜疑心があった。
もっとも、そんな疑いは、彼女と過ごすうちに消え去っている。
セラフィーナは、オリヴァージュの期待通りの女性だった。
令嬢としては劣等生で、器用さに欠ける。
身分や立場など、ものともしない。
けして、へし折れない「鼻」の持ち主に、オリヴァージュは心を奪われた。
またしても。
だからこそ、どうしてもセラフィーナから本心を引き出したかったのだ。
雰囲気やら状況やらに流されたのではない、との確信がほしかった。
オリヴァージュは、とっくに膝を屈している。
それこそ、セラフィーナが気づかなかったのが不思議なくらいだ。
自制しようとしてもしきれず、嫉妬心まで振り回して、あんなにも平静さを失うばかりしていたのに。
「さてと。それでは、本題に入ろうか」
セラフィーナには、知る必要がある。
オリヴァージュのしてきた様々なことの意味を、理解しなければならないのだ。
それには、最初に立ち戻る必要があった。
彼女は、気づいていない。
そもそも、なぜ彼が教育係として屋敷を訪れたのか、を。
彼女は、どこまでも強情で勝気で、可愛げのない負けず嫌いだ。
まだ、膝を屈しようとはしていない。
鼻っ柱も高いまま。
「それにしても、演技が下手だ」
セラフィーナが、ムッとした表情を浮かべてから、ぷいっとそっぽを向く。
その横顔を、じっと見つめた。
「……笑っていればいいわ。私のことを馬鹿にしたいんでしょ?」
実のところ、一瞬だけ、頭に血が昇りかけたのだ。
彼女の演技が下手でなければ、危うく間違えてしまうところだった。
が、それは言わずにおく。
セラフィーナに主導権を与える気はない。
少なくとも、彼女との話し合いを終えるまでは。
「元々、きみをネイサンに嫁がせようだなんて、私は、これっぽっちも思っていなかったよ」
「え……?」
こちらを向いたセラフィーナに、軽く首をかしげてみせた。
セラフィーナは、目を丸くして、オリヴァージュを見ている。
そして、しばしの間のあと、困ったように眉を下げた。
どういう意味か、本当にわからずにいるのだ。
「むしろ、邪魔をしようとしていた」
「……そんなふうには見えなかったわ……だって……」
「教育係だったのに?」
「ええ……とても、その……厳しかったじゃない」
戸惑いが口調に表れている。
セラフィーナらしくもなく、歯切れが悪い。
視線も、オリヴァージュのところに戻したり、外したりを繰り返していた。
「王族として、きみの屋敷に行きたくなかったのでね。教育係として潜り込んだ。それなら、それらしく振る舞うべきだろう?」
「演技だったって言うの?」
「少し違うね。まぁ……それらしく振る舞いつつも、きみの気を惹こうとしていたってところかな」
また、セラフィーナが、ぽかんとした顔をする。
さりとて、今度は、意味がわからないといった理由ではないのだろう。
呆れているに違いない。
「鳥とは、求愛のダンスをするものだよ」
「あれが……?」
「実際、きみは、私に恋をしたじゃないか」
ツンッと、即座にセラフィーナが、そっぽを向く。
その頬が、わずかに赤くなっていた。
ふれたくなったが、今は我慢する。
「きみが好きになったのは、王族の私ではなく、魔術師のナルだ。違うかい?」
セラフィーナは返事をしない。
それが返事になっていると気づきもせず、黙っている。
彼女は、オリヴァージュの言った「好き」という部分を否定できないのだ。
彼女の目は口ほどに、ものを言う。
「ああ、返事はしなくてかまわないよ。知っているから」
「…………超ウザい奴ね、あなたって」
「おや? どこで、そんな言葉を覚えてきたのかな?」
「最近、字引きを愛用しているの」
ツンツンした口調に、オリヴァージュは小さく笑った。
セラフィーナの皮肉っぽくもストレートな言い様が、心地いい。
オリヴァージュの知る令嬢で、こんな口を利く者はいないのだ。
たとえ身分を隠してのつきあいでも。
「本当にさ。私は、きみに、何度、口づけたくなったかしれやしない」
「でも、しなかったわ」
「してほしかった?」
「いちいち嫌味を言わずにはいられないのね」
セラフィーナは、そっぽを向き続けている。
なんとしても、オリヴァージュと視線を合わせたくないらしい。
瞳から心を読まれるのが嫌なのだろう。
とはいえ、もうすっかりわかっているのだけれども。
夜会に行く前、セラフィーナは口づけを願っていた。
オリヴァージュだって、できるものならしたかった。
「きみを引き留めたかったし、口づけたかったよ」
オリヴァージュは、本心を明かす。
隠す必要がなくなったからだ。
だいたい、本当には、いつだって本心を明かしたかったのだし。
「きみが思っているほど、私は軽薄ではない」
ネイサンのような、女性をその気にさせる遊びには、関心がなかった。
複数の女性と、同時につきあったこともない。
もちろん女性とのつきあいがなかったわけではないが、ともかくも、遊蕩をしていたとは思っていないのだ。
ひと頃は、婚姻を意識したことだってある。
「それに、きみの気持ちがわからなかったのだから、臆病にもなるじゃないか」
「わからなかった? とても本当とは思えないわ……」
ちょっぴり傷ついたような口調だった。
確かに、セラフィーナは分かり易く、感情にあふれている。
とはいえ、確信に足るものもなかった。
オリヴァージュは「おそらく」なんてものでは、満足できなかったのだ。
なにしろ、彼女だけは絶対に失いたくなかったので。
「本当だよ、ラフィ」
教育係として屋敷に行った当初は、疑ってもいた。
セラフィーナが、ほかの「ご令嬢」と同じく、自らに高値をつける女性かもしれないとの猜疑心があった。
もっとも、そんな疑いは、彼女と過ごすうちに消え去っている。
セラフィーナは、オリヴァージュの期待通りの女性だった。
令嬢としては劣等生で、器用さに欠ける。
身分や立場など、ものともしない。
けして、へし折れない「鼻」の持ち主に、オリヴァージュは心を奪われた。
またしても。
だからこそ、どうしてもセラフィーナから本心を引き出したかったのだ。
雰囲気やら状況やらに流されたのではない、との確信がほしかった。
オリヴァージュは、とっくに膝を屈している。
それこそ、セラフィーナが気づかなかったのが不思議なくらいだ。
自制しようとしてもしきれず、嫉妬心まで振り回して、あんなにも平静さを失うばかりしていたのに。
「さてと。それでは、本題に入ろうか」
セラフィーナには、知る必要がある。
オリヴァージュのしてきた様々なことの意味を、理解しなければならないのだ。
それには、最初に立ち戻る必要があった。
彼女は、気づいていない。
そもそも、なぜ彼が教育係として屋敷を訪れたのか、を。
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