ウソつき殿下と、ふつつか令嬢

たつみ

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ご冗談を 2

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 オリヴァージュが、右手で円を描いていた。
 セラフィーナには、それが何か、もちろんわからない。
 そして、そんなことは、どうでもよかった。
 
「降ろしてっ! 私は屋敷に帰るんだからっ!」
「きみの心を知った私が、きみを帰すと本気で思っているのかな? だとすると、きみの首の上についているのは、やはりカボチャだ」
 
 オリヴァージュは、セラフィーナを軽く受け流して、歩き出す。
 そちらに視線を向けると、柱が2本。
 さっきまではなかったはずだ。
 オリヴァージュが魔術で出したらしい。
 
 柱の向こうに、こことは違う景色が見える。
 嫌な予感がした。
 セラフィーナは勘が鋭い。
 予感も、外れた試しがなかった。
 とくに「嫌な予感」は。
 
「どこに連れて行く気っ?!」
「王宮……の、私の私室」
「嫌よっ! 降ろしてってば! 蹴っ飛ばされたいのっ?!」
「立派な令嬢に成長したと思っていたが、勘違いだったらしいね」
 
 足をバタバタさせても、オリヴァージュは体勢を崩しもしない。
 平然と歩いて行く。
 
「降ろさないと、給金を払わないわよっ?!」
 
 金などオリヴァージュには必要ないだろう。
 わかってはいたが、もう言うべき「罵声」すらも尽きていたのだ。
 
「しかたがないな。きみがこれでは、正当な報酬をもらうほうがどうかしている」
 
 ひょい。
 
 セラフィーナは、ぱくっと口を閉じた。
 もう何を言っても無駄。
 オリヴァージュと一緒に、門を抜けてしまっている。
 ここは、アドルーリット公爵家の庭ではない。
 再びの確認は、必要なかった。
 
 なにしろ、室内が豪華に過ぎる。
 
 アルサリアはもとより、アドルーリットでも比較にならないだろう。
 見たこともないような調度品が並んでいた。
 華やかさはあるのに、けして、下品ではない。
 ただ財をかけたという雰囲気はなく、質の良さが感じられる。
 全体的に、落ち着いた印象の部屋だった。
 
 オリヴァージュは、慣れた様子で、スタスタ歩く。
 そして、大きくて座り心地の良さそうなカウチに近づくと、そこにセラフィーナを座らせた。
 ふわんとしていて、思った通り、座り心地がいい。
 さりとて、こんな部屋は初めてだし、オリヴァージュの私室だし。
 
 ものすごく落ち着かない。
 いたたまれないような気分にすらなった。
 
(ナルは……王族……オリヴァージュ、殿下……なのよね……)
 
 さっきまで、とても不遜な口を利いていたが、自分は、一介の伯爵令嬢なのだ。
 本来なら、不敬だと罰せられてもしかたがない立場だと自覚する。
 そのせいで、すっかり、しゅんとなってしまった。
 うつむいて、足元を見つめる。
 
「私のちっちゃな可愛い小鳥。そんな引き潰されたキャベツみたいな顔をするものではないよ」
 
 いたたまれない気分ではあったが、イラっとした。
 顔を上げると、オリヴァージュが、いつの間にか、イスに腰をおろしていた。
 細工のほどこされた背もたれに、ゆったりと背中をあずけている。
 ゆるやかに体を斜めにかしげ、肘置きにある腕で頬杖をついて、セラフィーナを見ているのだ。
 
「そういう態度は、気にいらないね」
 
 言われても、ピンと来ない。
 セラフィーナはカウチに座ってから、じっとしている。
 暴れてもいないし、悪態だってついていなかった。
 オリヴァージュに文句をつけられる態度をとった覚えはない。
 
「私が王族だから、平伏する気になったのかな?」
「ただの伯爵家の娘では……逆らうことなどできませんわ、殿下」
 
 オリヴァージュの眉が、ぴくっと吊り上がる。
 いかにも面白くないといった顔をしていた。
 さっきまでの楽しげな様子は掻き消えている。
 
(私が突っかかるのを楽しんでいたってことね。それなら、大人しくしていれば、飽きて放り出すのじゃないかしら)
 
 そのほうがいい、と思う。
 所詮、自分ではオリヴァージュの相手にはならないのだ。
 王族には、それに見合った格というものがいる。
 彼は「婚姻」だの「許婚いいなずけ」だのと言っていたが、どうしても本気だと思えない。
 オリヴァージュが、自分を選ぶ理由はないのだから。
 
「きみが大人しく私の言いなりになるとわかっていたら、最初から名乗っていればよかったな。王族相手になら、きみも簡単に体を投げ出すのだろう?」
 
 セラフィーナは、ぎゅっと唇を横に引き結ぶ。
 冷たい言葉と口調に、屈辱感をいだいていた。
 それでも、言い返さない。
 勝手に連れてきておいて、この言い草だ。
 セラフィーナは、オリヴァージュの「嫌な事」をすると決める。
 
 オリヴァージュは「王族」として扱われるのを嫌っているらしい。
 だから、セラフィーナの態度が気に食わないのだろう。
 さりとて、今まで通り「普通」に接すれば、彼の思う壺だ。
 
「否定しないのかい?」
「身分の高いかたの言葉を、私ごときが否定などできません」
「つまらないことを言うのだね」
「身の程をわきまえただけにございます。今までの不敬をお許しいただけるとは、思っておりませんが……深く悔いてはいるのです」
 
 セラフィーナは、伏し目がちに、うなだれてみせる。
 反省などひとつもしていないが、オリヴァージュに一撃でも与えられるのなら、令嬢らしく振る舞うのもやぶさかではなかった。
 
「不敬、か」
 
 オリヴァージュが、物憂げな表情を浮かべている。
 ほんのちょっぴり、胸がチクリとした。
 飽きて放り出されたが最後、彼には2度と会えなくなるのだ。
 ずっと繋いでいたいと思った手も、離さなければならない。
 
「確かに、きみは悔いるべきだが、それは不敬だからではないよ、ラフィ」
 
 視線を、オリヴァージュに戻す。
 とたん、彼が、ぷっと吹き出した。
 
「まったく、きみにはかなわないなあ」
 
 意味がわからない。
 唖然とするセラフィーナに、オリヴァージュは、にっこりする。
 
「きみに演技指導をするのに、また乗馬鞭を使わなくちゃいけないね」
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