ウソつき殿下と、ふつつか令嬢

たつみ

文字の大きさ
上 下
45 / 64

ご冗談を 1

しおりを挟む
 セラフィーナが、腕の中で暴れまくっていた。
 オリヴァージュは、かまわず彼女を強く抱きしめている。
 体は、とっくに治癒していた。
 
「離してよッ!! あなたなんか大嫌いッ! 大っ嫌いッ!!」
「それは、さっき聞いた。別のこともね」
「あんなの本心じゃなかったわッ!」
 
 烈火のごとく怒っているセラフィーナは、本当に炎の精のようだ。
 耳まで赤くして、怒りをぶちまけている。
 追い詰められても、まだじたばたしている姿が、とても愛らしい。
 
「きみが、あの状況で嘘をつけるほど器用だったら、私は教育係として苦労はしなかったよ」
「黙りなさい、オリヴァージュ・ガルベリー!! 言いかたを変えるから!」
「往生際が悪いねえ」
 
 セラフィーナを抱きしめたまま、オリヴァージュは、くすくすと笑った。
 いくら彼女が否定しても、それは、まかり通らない。
 通す気もない。
 
「たった今、あなたのことが大嫌いになったのよッ!」
「さっきまでは、そうではなかったのに?」
「誰にだって、気の迷いってことはあるでしょッ!」
「きみは、それほど器用ではないと言っているじゃないか」
 
 一瞬で気持ちが変えられるなら、感情に振り回されずにすむ。
 できないからこそ、否応なく振り回されてしまうのだ。
 オリヴァージュ自身、セラフィーナを前に、何度となく経験している。
 彼女の鼻っ柱をへし折り、膝を屈させるまでは自制をしようとした。
 なのに、抑制しきれず、失敗を繰り返したのだから。
 
「もう帰るわ! だから、離してちょうだいっ!」
「ご冗談を」
 
 わざと、大袈裟に驚いたような声を出す。
 とはいえ、本当にセラフィーナを帰す気もなかった。
 せっかく捕まえたのに、手放すなんてできるわけがない。
 
「冗談を言える気分じゃないわよッ! いいから、離してっ!」
「きみの気分がどうであれ、離すつもりはないよ、私の可愛い小鳥」
 
 腕の中で暴れているセラフィーナの体を、くるっと反転させる。
 怒りの炎が燃え盛る瞳を見つめ、にっこりした。
 セラフィーナが、ものすごく嫌な顔をする。
 
「私の勝ちだ。負けを認めたまえ」
「殴ってもいい?」
「どうぞ、お好きに」
 
 言った、瞬間だ。
 
 パンッ!!
 
 オリヴァージュの頬が鳴った。
 セラフィーナに平手打ちを食らわされたのだ。
 彼女は、自分で殴っておいて、びっくりした顔をしている。
 オリヴァージュは、痛む頬を手で撫でた。
 
「どうしてけないのっ?!」
「きみが殴りたいと言ったからさ」
「だって……」
 
 セラフィーナは、オリヴァージュが避けると思っていたらしい。
 もしくは、彼女の手を掴むとか。
 
「防御の魔術、とか……」
「かける間もなかったよ」
「だって……私……」
 
 戸惑い顔の彼女の中に、心配する表情が読み取れる。
 オリヴァージュは、そっとセラフィーナの手を取った。
 
「きみの手は痛んでないかい?」
 
 さっきの平手は、かなり強かったのだ。
 避けると思い込んでいたせいで、力いっぱい振り下ろしたに違いない。
 殴られたオリヴァージュも痛くないとは言えないが、殴ったセラフィーナの手のほうが気になっている。
 少し赤くなっていた。
 オリヴァージュは、すぐに治癒を使う。
 
「私より……自分を治せば……」
「きみに初めて嘘をついたからね。その代償だと思っているよ」
 
 きゅっと、セラフィーナが唇を引き結んだ。
 この3ヶ月の特訓は、役に立っていない。
 彼女は、ちっとも表情を作れていなかった。
 
「どれが、初めてなのか、わからないわ……」
 
 セラフィーナは、まだオリヴァージュに「騙された」と思っている。
 ナルとして言ったことや、したことも、嘘だと思っているのだろう。
 が、それらに関して、オリヴァージュは嘘をついていない。
 騙したつもりもない。
 
「私は、たいして強くない、と言ったことだね」
「……そこなの?」
「そうとも。実はね。私は、王宮にいる上級魔術師より強いのさ」
 
 オリヴァージュの趣味は「魔術師」だ。
 新しい魔術を開発するには、それなりの腕がいる。
 そのため、常に腕を磨く努力をしていた。
 技術がなければ、試したくても試せないので。
 
 セラフィーナが、不審そうに目を細める。
 オリヴァージュの言葉に納得していないのだろう。
 
「殿下」
 
 不意に、声をかけられたが、振り向きはしなかった。
 誰だか、わかっていたからだ。
 なぜ、ここに来たのかも、察している。
 
(ジョザイアおじさんか)
 
 ジョザイアは、特別な力を持っていた。
 通常の魔術師が使う魔力感知では、個までは特定できない。
 が、ジョザイアにとっては、簡単なことなのだ。
 オリヴァージュを特定し、ヴィクトロスに場所を伝えたに違いない。
 
「後片付けを頼めるかい?」
「そのつもりでまいりました、殿下」
 
 オリヴァージュは、かなり気の毒に思う。
 ジョザイアが動いたとなれば、あの女性魔術師に指示した者は、大層な目に合うだろうから。
 
「ああ、そうだ。きみの言うように、私は婚姻することにしたよ、ヴィッキー」
「それは、なによりでございます」
 
 ヴィクトロスも、なにかしら気づいてはいたようだ。
 そのせいだろう、ちっとも驚いていない。
 もしかすると、故意に、婚姻という言葉を出したのかもしれない。
 自分の未熟さを、少しばかり恥じる。
 さりとて。
 
(私の周りには、過保護な者が多過ぎる。いつまで子供扱いする気なのだろうね)
 
 同じくらい不満も感じた。
 女性を口説く方法も知らない子供のように扱われるのは不本意だったのだ。
 思う、オリヴァージュの前で、セラフィーナが身を翻そうとする。
 すぐさま腕をつかみ、その体を抱き上げた。
 2度も逃げられるなんて思ってもらっては困る。
 
「離さない、と言ったはずだがね。耳はついているかい?」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

うっかり王子と、ニセモノ令嬢

たつみ
恋愛
キーラミリヤは、6歳で日本という国から転移して十年、諜報員として育てられた。 諜報活動のため、男爵令嬢と身分を偽り、王宮で侍女をすることになる。 運よく、王太子と出会えたはいいが、次から次へと想定外のことばかり。 王太子には「女性といい雰囲気になれない」魔術が、かかっていたのだ! 彼と「いい雰囲気」になる気なんてないのに、彼女が近づくと、魔術が発動。 あげく、王太子と四六時中、一緒にいるはめに! 「情報収集する前に、私、召されそうなんですけどっ?!」 ◇◇◇◇◇ 設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。 R-Kingdom_11 他サイトでも掲載しています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

処理中です...