ウソつき殿下と、ふつつか令嬢

たつみ

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 オリヴァージュ、いや、ナルが死んでしまうかもしれない。
 思うと、怖くてたまらなくなる。
 騙されたとも思ったし、傷つけられたとも感じていた。
 腹が立って、悲しかった。
 
 それでも、セラフィーナは、ナルに恋をしている。
 
 ナルは、オリヴァージュだったわけだが、気持ちは変えられずにいた。
 その彼が、いなくなってしまうかもしれないのだ。
 2度と嫌味を言われることもなく、皮肉を返すこともなくなる。
 ダンスだって、できない。
 
 たったの3ヶ月で、彼はセラフィーナの心に大きな影響を与えていた。
 追い出したくても、追い出せない。
 ずっと居座り続けている。
 初恋の相手すらも押しのけて。
 
「彼は、関係ないんでしょ?!」
 
 セラフィーナは、オリヴァージュに庇われたまま、声を上げた。
 その言葉に反応したのか、攻撃が止まる。
 女性は、セラフィーナに用事がある、と言ったのだ。
 セラフィーナを庇うオリヴァージュを攻撃しているのは、目的を達成するのに、邪魔だからだろう。
 
「あなたが……殺したいのは、私なんじゃないの?」
「そうね。彼を殺したいとは思っていないわ」
 
 口ぶりから「邪魔をし続けるなら殺す」との意味を察した。
 つまり、自分を庇うことで彼は危険にさらされている、ということ。
 
「ラフィ……いけないよ」
 
 傷ついた手で、なおもオリヴァージュがセラフィーナを庇おうとする。
 振り向かない彼の髪から血の滴が落ちていた。
 真っ白でパリッとしていたシャツにも血が滲み、皺になっている。
 このままでは、彼が危ない。
 
「あなたが、私の“用事”をすませてくれるなら、彼は無事に帰してあげるわよ」
 
 オリヴァージュは王族だ。
 殺したりしたら、ただではすまない。
 だから、できれば殺したくないと思っている。
 相手も命を懸けずにすむのなら、そのほうがいいのだろうし。
 
「……わかったわ。私が“用事”を引き受ける」
「ラフィ、駄目だと言っているだろう」
「このままじゃ、あなたが殺されちゃうじゃない」
「いいさ。きみを失うくらいなら……」
「やめて。甘ったるい台詞を聞くと、吐きそうになるって言ったでしょ」
 
 さっきとは逆に、セラフィーナが指先ひとつでオリヴァージュを制した。
 オリヴァージュの瞳を、まっすぐに見つめる。
 
(やっぱりナルなのよね。こうして見ると……瞳の色が、ナルだって、わかる)
 
 話しかたが変わっても、オリヴァージュはナルなのだ。
 本質は、なにも変わらない。
 意地悪で嫌味ばかり言って、なのに、いつだって助けてくれた。
 腹を立てさせられることも多いが、何気ない会話ですら楽しく思わせてくれる。
 彼から貴族令嬢の教育を受けていたにもかかわらず、気取らずにいられた。
 
 誰といるより「しっくり」くると感じてもいたし、いつしかそばにいるのがあたり前にもなっていたのだ。
 彼が傍にいないと、とたんに寂しくなる。
 図々しくも、彼女の心に入り込んできた男性だった。
 
 そして、セラフィーナが、本気で恋をした人。
 
「別れの挨拶くらいはさせてあげる」
「それは、どうも」
 
 皮肉っぽく応じてから、セラフィーナはオリヴァージュの頬に手をあてた。
 ぬくもりが手のひらに広がっていく。
 これから殺されるというのに、不思議と恐怖はなかった。
 怖いのは、彼を失うことだったからだ。
 
「大丈夫よ。このくらい、あなたなら治せるでしょ?」
「ラフィ……」
「私を庇わなければ、こんな怪我をしなくてすんだのに。馬鹿ね」
 
 オリヴァージュは、ナルの時、毎日、セラフィーナを治癒している。
 魔術や魔力については、よく知らないが、おそらくオリヴァージュ1人だけなら傷を癒やすこともできるに違いない。
 たぶん、転移を使えば、セラフィーナを置いて逃げることだってできたのだ。
 
 なのに、オリヴァージュは逃げなかった。
 セラフィーナのために戦ってくれた。
 それだけで、十分に思える。
 
「あなたのことが、大嫌いよ、オリヴァージュ・ガルベリー」
 
 言って、セラフィーナは、そっと唇を重ねた。
 それから、そのぬくもりを惜しみながら、ゆっくりと唇を離す。
 オリヴァージュのダークグリーンの瞳を見つめた。
 
「結果を教えるわね。あなたが、私にひざまずく必要はないわ」
 
 セラフィーナは立ち上がり、彼の前に立つ。
 振り向かずに、言った。
 
「だって、私は、あなたに恋をしているもの。大好きよ、ナル」
 
 最期の時を迎えるべく、セラフィーナが目を閉じる。
 命が尽きる前に見ていたいのは、彼の瞳の色だったからだ。
 瞼の裏で、それを思い出す。
 
 が、しかし。
 
「ようやく言ってくれたね! 私のちっちゃな可愛い小鳥!」
 
 ぎゅっと、後ろから抱きしめられていた。
 息も絶え絶えになっていたオリヴァージュの声とも思えない。
 だが、間違いなく彼の声だ。
 
「ああ、まったく! きみときたら! まさか、私が今際いまわきわになるまで言わないなんて、思わないじゃないか!」
 
 ぎゅうぎゅう、すりすり。
 
 セラフィーナの頭は、ハテナだらけ。
 なにがなんだか、わからずにいる。
 オリヴァージュに抱きしめられ、頬をすりつけられているのは、わかるけれど。
 
「いいわ。2人まとめて、殺し……っ……」
 
 目の前で、音もなく、魔術師の女性が吹っ飛ばされた。
 高く飛んだ体が地面に落ち、今度は大きな音を立てる。
 落ちた彼女は、あたり前だが、動かない。
 いや、動けない。
 呻き声は聞こえていたので、死んではいなさそうだ。
 
 もしや、まさか。
 
 ものすごく嫌な感じがする。
 これは勘でなくとも、わかった。
 混乱から立ち直ったセラフィーナの体が、ワナワナっと震える。
 
「また騙したのねッ! この大嘘つきッ! ペテン師ッ! 詐欺師ッ!!」
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