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夜会は、ナルのおかげで、なんとか乗りきることができた。
ネイサンに気に入られたかどうかは、知らないし、気にもしていない。
本当は、気にすべきなのだろう。
家を追い出すという父の言葉は、ちゃんと覚えている。
「私が選ばれることはないと思うけど……」
「可能性があるの?」
「わからないわ……でも、万が一ということもあるじゃない……」
セラフィーナは、憂鬱な気分で溜め息をつく。
部屋で、デボラとの、いつものおしゃべり。
どうしても、先々のことが、気にかかった。
「あの人と婚姻……」
テーブルで話してはみたものの、心惹かれるところが、どこにもなかった。
むしろ、言葉ばかりが上っ滑りしていて、つまらないと感じたのだ。
ネイサンは、セラフィーナに、あれこれと聞いてきた。
趣味だとか、男性の好みだとか。
「ネイサン様のこと、気に入らなかった?」
「……好きになれないっていうのは確かだわ。だって、あの人、自分のことにしか興味がないんだもの」
セラフィーナに、なにかを聞いても、答えると、すぐにネイサン自身の話にすり替えてしまう。
自分に聞いた理由はなんだったのかと思うほど、セラフィーナの言葉は、無意味なものにされていた。
『釣り、という娯楽に、いっとき熱心だったことがありますね』
『ああ、あれは、なかなか楽しいものだ。だが、娯楽と言えば狩猟がいい。私は、月に数回は行っているのだよ』
『好みと言えるほどではありませんけれど、優しいかたがいいですわ』
『女性は、男に優しさを求めるかたが多いようだね。私が、女性に求めるのは、外見的な美しさよりも……』
すべて、こんな調子だった。
最初は、セラフィーナの話であったはずなのに、いつもネイサンの話に切り替えられている。
彼女の言葉なんてネイサンは、実質、聞いていないに等しい。
なんとも「実り」のない会話だ。
「私はこうだ、私はこう思う、私は、私は、って、ウザくて聞いていられなかったわよ」
「ラフィ?」
「なに、デビー?」
デボラが、薄青い瞳を、真ん丸にしている。
セラフィーナはデボラが驚いている理由がわからず、きょとんとしていた。
「あなた、今、新語を使ったわね?」
「えっ?! あ!! む、無意識に出ちゃった!」
ナルと「駆け引き」の勉強をしている際、新語を絡めることも少なくない。
皮肉交じりに、面白おかしく使うのが、貴族の中での流行りなのだそうだ。
俗な言葉を、俗物的に言うことで、スノッブな者をも皮肉るという。
どんな高等技術なのかはともかく、セラフィーナは、あまり上手ではない。
つい「面白おかしく」の部分をすっ飛ばして、字引きに書いてある意味そのままに使ってしまう。
ナルには、いつも「カボチャ頭め」という目つきで見られるのだけれども。
「覚えると、意外に使い勝手がいいのよね。ひと言で、伝えられるでしょ?」
「そうね。私も、勤め人同士で話す時は、つい使ってしまうわ。もちろん伯爵様の前では気をつけているけれど」
「私も気をつけなきゃ。うっかりお父さまの前で使ったりしたら、お説教されるに決まってる」
父の体裁を重視する様を思い出し、セラフィーナは顔をしかめた。
外聞を気にするのは、なにも貴族だけではない。
平民だって、悪い噂を流されることを、気にする。
だが「気にする」の度合いが違うのだ。
貴族は、下手をすれば、決闘にまで発展することがある。
「私に、新語を教えているなんてわかったら、ナル、馘首にされちゃうかも」
「あら? ナルを辞めさせたいんじゃなかった?」
少し、いたずらっぽく聞かれて、焦った。
最初は、そう思っていたが、今は少し違うからだ。
ナルは相変わらず意地悪なことしか言わないし、優しくもない。
いけ好かない態度なのは変わりないのに、辞めさせたいとは思えずにいる。
「……悔しいけど、優秀なのよ」
ぶすっとした口調と顔つきで、そう答えた。
デボラが目を輝かせて、身を乗り出してくる。
「本当に、それだけ?」
「どういうこと?」
「ナルって、外見はいいじゃない? 魔術師だけど、ひ弱な感じもしないし」
「そりゃあ、見た目がいいのは認めるわよ? 頭もいいしね。でも、性格が悪い。これは致命的だわ」
デボラは丁寧に接してもらえているから、わからないのだろう。
ナルの「本性」を知らなければ、コロっと騙されるかもしれない。
知り合って1ヶ月ほどだが、セラフィーナにはわかる。
本当の笑顔、嫌なことを言う前置きのにっこり、そして外面の笑み。
どれも見分けがつくのだ。
ほとんど四六時中、一緒にいるのだから、わかるようにもなる。
ナルは、セラフィーナにだけ「本性」を見せてもいるので。
「それに……私は……」
「あ……ああ、そうね。そうだったわ。ごめんなさい、ラフィ……」
デボラが申し訳なさそうな表情を浮かべた。
実のところ、セラフィーナには、ずっと想い続けている相手がいる。
ナルには「いない」と答えたが、それには理由があった。
セラフィーナの初恋は5歳の時。
それが本物か、と問われれば、明確に「そうだ」とは答えられない。
今となっては、どこの誰かもわからないからだ。
彼は平民で、屋敷には「冒険」をしに来たのだと言っていた。
つまり、忍び込んだ、ということ。
たまたま、そこにセラフィーナが居合わせた。
彼と遊ぶのが楽しくて、また来てくれるように彼女は、毎日せがんだ。
ひと月ほどが経った頃、彼と遊んでいるのが父に見つかって、終わり。
彼は屋敷から叩き出されてしまった。
もちろんセラフィーナも厳しく「2度と会うな」と言われた。
いつもは甘い父が激昂した姿を、セラフィーナは初めてみたのだ。
以来、父には不信感をいだき続けている。
自分の父が、そんなふうに「差別」をするなんて思ってもいなかった。
それが、セラフィーナには衝撃だったし、傷ついてもいる。
差別意識は昔ほどではないと言うけれど、根深く残っているのだ。
会えなくなった彼と、もう1度、会いたい。
会って、父のしたことを謝りたかった。
婚姻を拒み、屋敷に留まっているのは、彼との再会を期待してのことでもある。
平民である彼を、セラフィーナが探すのは、とても難しいので。
「いずれにしても、ナルに惹かれるなんて、ありえないわ」
心の奥にいる彼と再会するまでは、誰とも恋なんてしない。
だから、3ヶ月後、ナルは、自分の前に跪くことになるのだ。
ネイサンに気に入られたかどうかは、知らないし、気にもしていない。
本当は、気にすべきなのだろう。
家を追い出すという父の言葉は、ちゃんと覚えている。
「私が選ばれることはないと思うけど……」
「可能性があるの?」
「わからないわ……でも、万が一ということもあるじゃない……」
セラフィーナは、憂鬱な気分で溜め息をつく。
部屋で、デボラとの、いつものおしゃべり。
どうしても、先々のことが、気にかかった。
「あの人と婚姻……」
テーブルで話してはみたものの、心惹かれるところが、どこにもなかった。
むしろ、言葉ばかりが上っ滑りしていて、つまらないと感じたのだ。
ネイサンは、セラフィーナに、あれこれと聞いてきた。
趣味だとか、男性の好みだとか。
「ネイサン様のこと、気に入らなかった?」
「……好きになれないっていうのは確かだわ。だって、あの人、自分のことにしか興味がないんだもの」
セラフィーナに、なにかを聞いても、答えると、すぐにネイサン自身の話にすり替えてしまう。
自分に聞いた理由はなんだったのかと思うほど、セラフィーナの言葉は、無意味なものにされていた。
『釣り、という娯楽に、いっとき熱心だったことがありますね』
『ああ、あれは、なかなか楽しいものだ。だが、娯楽と言えば狩猟がいい。私は、月に数回は行っているのだよ』
『好みと言えるほどではありませんけれど、優しいかたがいいですわ』
『女性は、男に優しさを求めるかたが多いようだね。私が、女性に求めるのは、外見的な美しさよりも……』
すべて、こんな調子だった。
最初は、セラフィーナの話であったはずなのに、いつもネイサンの話に切り替えられている。
彼女の言葉なんてネイサンは、実質、聞いていないに等しい。
なんとも「実り」のない会話だ。
「私はこうだ、私はこう思う、私は、私は、って、ウザくて聞いていられなかったわよ」
「ラフィ?」
「なに、デビー?」
デボラが、薄青い瞳を、真ん丸にしている。
セラフィーナはデボラが驚いている理由がわからず、きょとんとしていた。
「あなた、今、新語を使ったわね?」
「えっ?! あ!! む、無意識に出ちゃった!」
ナルと「駆け引き」の勉強をしている際、新語を絡めることも少なくない。
皮肉交じりに、面白おかしく使うのが、貴族の中での流行りなのだそうだ。
俗な言葉を、俗物的に言うことで、スノッブな者をも皮肉るという。
どんな高等技術なのかはともかく、セラフィーナは、あまり上手ではない。
つい「面白おかしく」の部分をすっ飛ばして、字引きに書いてある意味そのままに使ってしまう。
ナルには、いつも「カボチャ頭め」という目つきで見られるのだけれども。
「覚えると、意外に使い勝手がいいのよね。ひと言で、伝えられるでしょ?」
「そうね。私も、勤め人同士で話す時は、つい使ってしまうわ。もちろん伯爵様の前では気をつけているけれど」
「私も気をつけなきゃ。うっかりお父さまの前で使ったりしたら、お説教されるに決まってる」
父の体裁を重視する様を思い出し、セラフィーナは顔をしかめた。
外聞を気にするのは、なにも貴族だけではない。
平民だって、悪い噂を流されることを、気にする。
だが「気にする」の度合いが違うのだ。
貴族は、下手をすれば、決闘にまで発展することがある。
「私に、新語を教えているなんてわかったら、ナル、馘首にされちゃうかも」
「あら? ナルを辞めさせたいんじゃなかった?」
少し、いたずらっぽく聞かれて、焦った。
最初は、そう思っていたが、今は少し違うからだ。
ナルは相変わらず意地悪なことしか言わないし、優しくもない。
いけ好かない態度なのは変わりないのに、辞めさせたいとは思えずにいる。
「……悔しいけど、優秀なのよ」
ぶすっとした口調と顔つきで、そう答えた。
デボラが目を輝かせて、身を乗り出してくる。
「本当に、それだけ?」
「どういうこと?」
「ナルって、外見はいいじゃない? 魔術師だけど、ひ弱な感じもしないし」
「そりゃあ、見た目がいいのは認めるわよ? 頭もいいしね。でも、性格が悪い。これは致命的だわ」
デボラは丁寧に接してもらえているから、わからないのだろう。
ナルの「本性」を知らなければ、コロっと騙されるかもしれない。
知り合って1ヶ月ほどだが、セラフィーナにはわかる。
本当の笑顔、嫌なことを言う前置きのにっこり、そして外面の笑み。
どれも見分けがつくのだ。
ほとんど四六時中、一緒にいるのだから、わかるようにもなる。
ナルは、セラフィーナにだけ「本性」を見せてもいるので。
「それに……私は……」
「あ……ああ、そうね。そうだったわ。ごめんなさい、ラフィ……」
デボラが申し訳なさそうな表情を浮かべた。
実のところ、セラフィーナには、ずっと想い続けている相手がいる。
ナルには「いない」と答えたが、それには理由があった。
セラフィーナの初恋は5歳の時。
それが本物か、と問われれば、明確に「そうだ」とは答えられない。
今となっては、どこの誰かもわからないからだ。
彼は平民で、屋敷には「冒険」をしに来たのだと言っていた。
つまり、忍び込んだ、ということ。
たまたま、そこにセラフィーナが居合わせた。
彼と遊ぶのが楽しくて、また来てくれるように彼女は、毎日せがんだ。
ひと月ほどが経った頃、彼と遊んでいるのが父に見つかって、終わり。
彼は屋敷から叩き出されてしまった。
もちろんセラフィーナも厳しく「2度と会うな」と言われた。
いつもは甘い父が激昂した姿を、セラフィーナは初めてみたのだ。
以来、父には不信感をいだき続けている。
自分の父が、そんなふうに「差別」をするなんて思ってもいなかった。
それが、セラフィーナには衝撃だったし、傷ついてもいる。
差別意識は昔ほどではないと言うけれど、根深く残っているのだ。
会えなくなった彼と、もう1度、会いたい。
会って、父のしたことを謝りたかった。
婚姻を拒み、屋敷に留まっているのは、彼との再会を期待してのことでもある。
平民である彼を、セラフィーナが探すのは、とても難しいので。
「いずれにしても、ナルに惹かれるなんて、ありえないわ」
心の奥にいる彼と再会するまでは、誰とも恋なんてしない。
だから、3ヶ月後、ナルは、自分の前に跪くことになるのだ。
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