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お加減手加減匙加減 3
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セラフィーナは、今のところ、うまくやっている。
ナルには、それが見えていた。
夜会に行っているわけではない。
セラフィーナにも言ったが、魔力感知される恐れがあるため、屋敷には近づけないのだ。
護衛のためであってでさえ、魔術師の同行は好まれない。
なんらかの「危険」があると疑われているも同然なのだから、主催者が、気分を害するのは当然だった。
なにより魔術師は危険な存在とされている。
そのため、おかかえ魔術師以外の魔術師を屋敷に入れること自体を嫌うのだ。
だから、ナルは屋敷には入れない。
が、セラフィーナの姿は見えている。
内緒にしていたが、ある魔術を、彼女にはかけていた。
看髄と呼ばれているもので、かけられた相手が見ている者や、その周りの景色が見えるのだ。
つまり、ナルにはセラフィーナが見ている景色とネイサンの姿が見えている。
なにを話しているかは、口の動きで読めた。
ナルからすると、まったくの予想範囲内のことしか、ネイサンは話していない。
セラフィーナも安心して対処しているだろう。
面白みはないが、それはともかく。
セラフィーナを通して見ているネイサンは、いかにもなスノッブだ。
鼻もちならない俗物だと、ナルは評価していた。
自己顕示欲も強いため、知ったような口を叩いてばかりいる。
セラフィーナが好みそうにもない男ではあるが、しかたがない。
彼女は、ネイサンの正妻候補なのだ。
ナルやセラフィーナ自身がどう思うかは、関係がなかった。
「思った通り単純な男ですねえ。すっかり興味を引かれているご様子で」
皮肉っぽい口調で、そうつぶやく。
無視したくてもできない不快感があった。
心のどこかで、気に食わないと感じているからだ。
人目を引く、赤くて艶やかな髪。
意思の強そうな、それでいて無防備な茶色い瞳。
ほっそりとしているのに、女性らしいやわらかみを帯びた体つき。
セラフィーナは、美しさと可愛らしさを併せ持つ女性だった。
ナルに対しては反抗的で、ちっとも可愛げがない。
だとしても、男性を惹きつける魅力があるのは認めている。
事実、視界に入ってくる貴族子息らも、セラフィーナに視線を集めていた。
ネイサンと話しているので、割って入ることができずにいるだけだ。
「本性は、可愛げのない負けず嫌いな、ご令嬢ですがね」
うっかりすると噛みつかれる。
ナルは、何度も身をもって経験していた。
頭の片隅では、セラフィーナに伏し目がちな視線など似合わないと思っている。
令嬢として劣等生なのは確かだが、もとより彼女は「令嬢」なんて小さな枠にはおさまらないのだ。
挑戦的な瞳と、強気なまなざし。
無自覚に男性を挑発し、ナルでさえも振り回す。
それが、セラフィーナ・アルサリアという女性だった。
ナルらしくもなく、ほんのちょっぴり優越感をいだく。
素の彼女を知っているのは、自分だけだという。
けれど、すぐに感情を振りはらった。
セラフィーナの相手をするのは「貴族」であり、魔術師ではない。
どれだけ重宝されても、魔術師は貴族と対等にはなれないのだ。
しかも、セラフィーナの父、アルサリア伯爵は、ことさら体裁にこだわる。
本当なら、娘の教育係に魔術師など雇いたくもなかったに違いない。
受ける者がいなかったのでしかたなく、というところだろう。
そのせいなのか、娘の成長を確認しようともせずにいる。
セラフィーナは、ナルが教育した。
この1ヶ月で、かなり「令嬢」としての振る舞いを身につけている。
短期間での成長は、セラフィーナの負けず嫌いが功を奏した結果だ。
ナルに対する反抗心が、むしろ、彼女をやる気にさせていた。
この調子でいけば「本番」では、より洗練された姿を見せられるだろう。
ラウズワース公爵令嬢にも、けして引けを取らないほどの。
セラフィーナは気づいていないようだが、ナルは気づいている。
セラフィーナの視界の端に、キャサリン・ラウズワースがいた。
表情を変えず、声をかけてくる貴族子息を軽くあしらう様は、さすがと言える。
さりとて、キャサリンは、セラフィーナを意識していた。
もっと言えば、気に入らないと思っているに違いない。
「彼のことは気にしていない?」
キャサリンは、ネイサンのほうは、少しも見ていなかった。
未来の夫となるべき男性が、ほかの女性にかまけていることに、腹を立てているわけではなさそうだ。
ナルは、キャサリンを、じっと観察する。
なにも不自然なところはないと思った矢先、キャサリンが表情を変えた。
一瞬だけだ。
すぐに元に戻っている。
「伯爵令嬢と同格に扱われているのが不本意なのでしょうが……なにか、ほかにもありそうですね」
キャサリンは、セラフィーナに向けて、底意地の悪い笑みを浮かべたのだ。
微かな、その笑みの理由はわからない。
ただ、間違いなく悪い事が起きる。
セラフィーナを貶めるような、なにか。
「おそらく……正妻選びの夜会で、なにか仕掛けるつもりでしょう」
今夜は、単なる顔合わせに過ぎない。
最も効果的なのは「本番」でセラフィーナに恥をかかせることだ。
それによりキャサリンは、己の虚栄心を満たそうとしている。
「ラウズワースも落ちたものです。昔は、王族にも一目置かれていたというのに」
実際、ラウズワース公爵家から正妃を迎えた国王もいたくらいだった。
派閥としては中堅どころであるものの、数ある公爵家の中でウィリュアートンに並ぶ家柄と位置づけられている。
とはいえ、最近は、とんと良い噂を聞かない。
気位だけが高くなっていて、実が伴っていないからだ。
「私以外の者に泣かされてもらっては困るのですよ。あなたの鼻っ柱を、へし折るのは、私の特権なのですから」
セラフィーナの茶色い瞳を思い浮かべる。
そのチョコレートを溶かすのは、自分なのだ。
易々と、ほかの者に、その役目を譲る気はない。
なにしろナルは、セラフィーナを泣かせたくてしかたがないのだから。
「これは……いけませんね」
アルサリア伯爵家の自室に留まって様子を見ていたのだが、まずい状況になっていることに気づいた。
ナルの予想では、ネイサンは、セラフィーナをテーブルに誘うはずだったのだ。
ダンスは、落ち着いて会話を楽しんだあとだと思っていた。
が、ネイサンは先にセラフィーナをダンスに誘っている。
はっきりと表れていなくてもわかった。
セラフィーナは予想と違うネイサンの動きに戸惑っている。
このままでは、大きなしくじりをおかすだろう。
不本意ではあったが、放っておくこともできない。
万が一の際にと考えていた手を、ナルは使うことに、した。
ナルには、それが見えていた。
夜会に行っているわけではない。
セラフィーナにも言ったが、魔力感知される恐れがあるため、屋敷には近づけないのだ。
護衛のためであってでさえ、魔術師の同行は好まれない。
なんらかの「危険」があると疑われているも同然なのだから、主催者が、気分を害するのは当然だった。
なにより魔術師は危険な存在とされている。
そのため、おかかえ魔術師以外の魔術師を屋敷に入れること自体を嫌うのだ。
だから、ナルは屋敷には入れない。
が、セラフィーナの姿は見えている。
内緒にしていたが、ある魔術を、彼女にはかけていた。
看髄と呼ばれているもので、かけられた相手が見ている者や、その周りの景色が見えるのだ。
つまり、ナルにはセラフィーナが見ている景色とネイサンの姿が見えている。
なにを話しているかは、口の動きで読めた。
ナルからすると、まったくの予想範囲内のことしか、ネイサンは話していない。
セラフィーナも安心して対処しているだろう。
面白みはないが、それはともかく。
セラフィーナを通して見ているネイサンは、いかにもなスノッブだ。
鼻もちならない俗物だと、ナルは評価していた。
自己顕示欲も強いため、知ったような口を叩いてばかりいる。
セラフィーナが好みそうにもない男ではあるが、しかたがない。
彼女は、ネイサンの正妻候補なのだ。
ナルやセラフィーナ自身がどう思うかは、関係がなかった。
「思った通り単純な男ですねえ。すっかり興味を引かれているご様子で」
皮肉っぽい口調で、そうつぶやく。
無視したくてもできない不快感があった。
心のどこかで、気に食わないと感じているからだ。
人目を引く、赤くて艶やかな髪。
意思の強そうな、それでいて無防備な茶色い瞳。
ほっそりとしているのに、女性らしいやわらかみを帯びた体つき。
セラフィーナは、美しさと可愛らしさを併せ持つ女性だった。
ナルに対しては反抗的で、ちっとも可愛げがない。
だとしても、男性を惹きつける魅力があるのは認めている。
事実、視界に入ってくる貴族子息らも、セラフィーナに視線を集めていた。
ネイサンと話しているので、割って入ることができずにいるだけだ。
「本性は、可愛げのない負けず嫌いな、ご令嬢ですがね」
うっかりすると噛みつかれる。
ナルは、何度も身をもって経験していた。
頭の片隅では、セラフィーナに伏し目がちな視線など似合わないと思っている。
令嬢として劣等生なのは確かだが、もとより彼女は「令嬢」なんて小さな枠にはおさまらないのだ。
挑戦的な瞳と、強気なまなざし。
無自覚に男性を挑発し、ナルでさえも振り回す。
それが、セラフィーナ・アルサリアという女性だった。
ナルらしくもなく、ほんのちょっぴり優越感をいだく。
素の彼女を知っているのは、自分だけだという。
けれど、すぐに感情を振りはらった。
セラフィーナの相手をするのは「貴族」であり、魔術師ではない。
どれだけ重宝されても、魔術師は貴族と対等にはなれないのだ。
しかも、セラフィーナの父、アルサリア伯爵は、ことさら体裁にこだわる。
本当なら、娘の教育係に魔術師など雇いたくもなかったに違いない。
受ける者がいなかったのでしかたなく、というところだろう。
そのせいなのか、娘の成長を確認しようともせずにいる。
セラフィーナは、ナルが教育した。
この1ヶ月で、かなり「令嬢」としての振る舞いを身につけている。
短期間での成長は、セラフィーナの負けず嫌いが功を奏した結果だ。
ナルに対する反抗心が、むしろ、彼女をやる気にさせていた。
この調子でいけば「本番」では、より洗練された姿を見せられるだろう。
ラウズワース公爵令嬢にも、けして引けを取らないほどの。
セラフィーナは気づいていないようだが、ナルは気づいている。
セラフィーナの視界の端に、キャサリン・ラウズワースがいた。
表情を変えず、声をかけてくる貴族子息を軽くあしらう様は、さすがと言える。
さりとて、キャサリンは、セラフィーナを意識していた。
もっと言えば、気に入らないと思っているに違いない。
「彼のことは気にしていない?」
キャサリンは、ネイサンのほうは、少しも見ていなかった。
未来の夫となるべき男性が、ほかの女性にかまけていることに、腹を立てているわけではなさそうだ。
ナルは、キャサリンを、じっと観察する。
なにも不自然なところはないと思った矢先、キャサリンが表情を変えた。
一瞬だけだ。
すぐに元に戻っている。
「伯爵令嬢と同格に扱われているのが不本意なのでしょうが……なにか、ほかにもありそうですね」
キャサリンは、セラフィーナに向けて、底意地の悪い笑みを浮かべたのだ。
微かな、その笑みの理由はわからない。
ただ、間違いなく悪い事が起きる。
セラフィーナを貶めるような、なにか。
「おそらく……正妻選びの夜会で、なにか仕掛けるつもりでしょう」
今夜は、単なる顔合わせに過ぎない。
最も効果的なのは「本番」でセラフィーナに恥をかかせることだ。
それによりキャサリンは、己の虚栄心を満たそうとしている。
「ラウズワースも落ちたものです。昔は、王族にも一目置かれていたというのに」
実際、ラウズワース公爵家から正妃を迎えた国王もいたくらいだった。
派閥としては中堅どころであるものの、数ある公爵家の中でウィリュアートンに並ぶ家柄と位置づけられている。
とはいえ、最近は、とんと良い噂を聞かない。
気位だけが高くなっていて、実が伴っていないからだ。
「私以外の者に泣かされてもらっては困るのですよ。あなたの鼻っ柱を、へし折るのは、私の特権なのですから」
セラフィーナの茶色い瞳を思い浮かべる。
そのチョコレートを溶かすのは、自分なのだ。
易々と、ほかの者に、その役目を譲る気はない。
なにしろナルは、セラフィーナを泣かせたくてしかたがないのだから。
「これは……いけませんね」
アルサリア伯爵家の自室に留まって様子を見ていたのだが、まずい状況になっていることに気づいた。
ナルの予想では、ネイサンは、セラフィーナをテーブルに誘うはずだったのだ。
ダンスは、落ち着いて会話を楽しんだあとだと思っていた。
が、ネイサンは先にセラフィーナをダンスに誘っている。
はっきりと表れていなくてもわかった。
セラフィーナは予想と違うネイサンの動きに戸惑っている。
このままでは、大きなしくじりをおかすだろう。
不本意ではあったが、放っておくこともできない。
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