ウソつき殿下と、ふつつか令嬢

たつみ

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お加減手加減匙加減 1

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 手渡された手紙に、オリヴァージュは、嫌な顔をした。
 本当に、嫌だとも思っている。
 彼は、長い足を組み、私室にあるカウチに腰かけていた。
 人さし指と中指に、その手紙を挟み、ヴィクトロスに向かって、ひらひらと揺らしてみせる。
 
「前夜祭の招待状を、わざわざ、送って寄越すなんてね。アドルーリット公爵は、私が行くと、本気で思っているのかな?」
「思っておられるのではないでしょうか」
 
 ヴィクトロスは、感情のこもっていない口調で答えた。
 オリヴァージュが夜会に出かけて行くとは、思っていないからだ。
 形式的な招待状に、オリヴァージュと同様、呆れてもいるのだろう。
 
「私の貴族嫌いは有名な話だと、うぬぼれていたよ」
 
 ぽいっと、床に招待状を投げ捨てる。
 それを、ヴィクトロスが即座に拾った。
 招待状を大事にしようというのではない。
 床に「ゴミ」が落ちていたから拾ったのだ。
 あとで、燃やしてくれるに違いない。
 
「ネイサンのサロン浸りも、周知の事実だと思っていたのだがねえ」
「彼は、アドルーリット公爵家の次期当主ですから、誰も何も言いはしません」
「だとしても、どうせラウズワースで決まっているのだぜ? わかっていながら、娘を差し出す親の気がしれない」
 
 ネイサンは、ラウズワース公爵令嬢のキャサリンを選ぶに決まっている。
 サロン浸りになっているのも、そのせいだった。
 屋敷は私邸ではあるものの、公の場でもある。
 広大な敷地には、一族の城が点在していた。
 繋がっていないようでいて、繋がっているのだ。
 
 そんな人目がある敷地内に、女性を連れ込むのは「体裁」が悪い。
 ラウズワース公爵令嬢のほうは、女性であるがゆえに、さらに外聞が悪いことになる。
 年頃の娘が男を屋敷に引き込むなど、親が許すはずがなかった。
 だから、2人はサロンで「逢瀬」を続けている。
 
「慣例により、正妃選びの儀では、20人の女性を並ばせます」
「真似は真似でしかないさ。本物にはならない」
 
 アドルーリット公爵は、王族のする「正妃選びの儀」の真似事をしたいのだ。
 貴族は王宮での重臣となり、権力を手にしている。
 対して、王族にあるのは「権威」だけで、権力は持っていない。
 それでも、民がかしずくのは「権力」ではなく「権威」なのだ。
 ロズウェルドの国王は、建国以来、絶対的な民の支持を得続けている。
 
「数合わせに女性を使い、恥をかかせても平気なのだから、礼儀も体裁もあったものではない。そう思わないか、ヴィッキー」
「親の見栄につきあわされるご令嬢は、少なくないのですよ」
「まったく気の毒さね」
「アドルーリット公爵に逆らえば、貴族社会から締め出されますので、しかたないのでしょう」
「そういうことを、“パワハラ”と言うのではなかったかな?」
 
 オリヴァージュは、できる限りの、しかめ面をした。
 高位とされる者が低位の者を平気で見下みくだす。
 爵位だけが価値ではないはずだが、貴族は爵位にこだわる者が多い。
 振り回されるのは、ご令嬢の方々だ。
 
 もっともキャサリンは別。
 ネイサンを、すっかり手玉にとっている。
 キャサリンに甘ったるい声で「お願い」と言われれば、ネイサンは、たいがいのことはするだろう。
 
「人の心を覗く魔術はないはずなのに、私にはネイサンの心が見えるようだ」
「恐れ入ります、殿下。それは、私にも見えておりますよ」
 
 ネイサンは、ラウズワース公爵家を取り込み、大派閥を作りたいのだ。
 大派閥を作れば、ウィリュアートン公爵家に張り合えると考えている。
 目的がそれでは、現状、選ぶべき正妻を変える理由がない。
 オリヴァージュは、ヴィクトロスに、肩をすくめてみせた。
 
「権威は金では買えやしないのにね」
「王族の真似事をするのも不敬だと、私は思っております」
「そちらは、子供の遊びだと笑っていられもする。もちろん、良い遊びだとは思っちゃいないさ。ただ、許しがたい、というほどでもない」
 
 貴族が大嫌いであっても、彼らとて王族からすれば「民」なのだ。
 最初の「民言葉の字引き」を作った、ユージーン・ガルベリーは、宰相になってからも、しばしば「民」について説いている。
 だいたいは「貴族も平民も、王族にとっては民だ」という内容だった。
 以来、160年余り、王族では、その意思が受け継がれている。
 
「あいつが、ちょいと動いてくれたらいいのになあ」
「動きませんよ、あのかたは」
 
 唯一、オリヴァージュが懇意にしているのが、ウィリュアートン公爵家だ。
 現当主は、オリヴァージュの幼馴染みであり、宰相をやっている。
 彼は、非常に意地が悪い。
 そうでなくては、曲者くせもの揃いの重臣をまとめるなどできないのだろうけれども。
 
「そもそも、あのかたは夜会に招待されておりません」
「は? なんだって?」
「招待されておられない、と申し上げました」
「マジか」
「マジでございます」
 
 マジ、ウザい、ヤバい。
 この3つは、ロズウェルドで、最も普及している新語だ。
 真面目な顔をしたヴィクトロスも例外ではない。
 表情ひとつ変えず、使っている。
 
「ウィリュアートンとアドルーリットの仲が良くないとはいえ、儀礼的なことまで無視するのは、いささか不快だね」
「あのかたが気になさるとも思えませんが」
 
 オリヴァージュの幼馴染みは、およそ貴族らしくなかった。
 だからこそ親しくできているというのもあるが、彼は、オリヴァージュ以上に、儀礼的なことや礼儀には無頓着なのだ。
 ヴィクトロスが言うように、ネイサンの「嫌味」に興味を示すとは思えない。
 だからといって、オリヴァージュはスルーすることもできずにいる。
 
「そうだ。いいことを思いついたよ、ヴィッキー」
 
 ヴィクトロスが、不審そうに目を細めた。
 こういう場合のオリヴァージュに、信頼はないのだ。
 オリヴァージュの「いいこと」は、ヴィクトロスにとって「ろくでもないこと」と同義となっている。
 オリヴァージュ自身、自覚もあるので、否定はしない。
 
「私の連れとして、あいつも連れて行ってやろう」
「喜ばれませんよ?」
「いいや、きっと喜ぶよ。涙を流すほどではないにしてもね」
 
 オリヴァージュは、顔をしかめる幼馴染みを思い浮かべ、小さく笑った。
 真面目くさった顔のヴィクトロスに、笑いながら言う。
 
「私だけが割を食うなんて、不公平だろう? ネイサンだって、より大きな見栄を張りたいだろうしね。この際、あいつを引っ張り出して、その自己顕示欲を満たしてやろうじゃないか」
 
 言葉とは逆に、ネイサンの薄っぺたい自尊心を粉々にしてやるつもりでいた。
 オリヴァージュは貴族嫌いだが、ネイサンのような者は、さらに嫌いなのだ。
 
「ああいうタチの悪い男は、痛い目に合うべきなのさ」
「殿下は、良いご趣味をお持ちのようで」
 
 そっけなく言うヴィクトロスに、オリヴァージュは、ニッと笑ってみせる。
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