ウソつき殿下と、ふつつか令嬢

たつみ

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逆効果なのです 4

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 セラフィーナと真っ向勝負はしない。
 そう決めていたはずなのに、受け流すことができずにいる。
 自信に満ちたチョコレート色の瞳が、潤むところが見てみたかった。
 
 実に、彼女は憎たらしい。
 
 セラフィーナが無自覚であることなど、ナルにはわかっている。
 誘いをかけているなんて、彼女は思ってもいないのだ。
 実際、そんなつもりはないのだろうし。
 
「それでは、しばし“タメ口”を、お許しいただけますか?」
 
 わざと民言葉を使う。
 セラフィーナにも「民言葉の字引き」で、新語を教えていた。
 百年ほど前から流行り始めた「民言葉」は、貴族言葉とは違い、表現が独特だ。
 
 言葉自体から意味を推測するのは難しく、知っていなければ使えない。
 だが、面白いものも多いため、ロズウェルドでは知らない者のほうが少なかった。
 どこの家にも、新旧ともに字引きは置かれている。
 アルサリア伯爵は好まないらしかったが、それはともかく。
 
「かまわないわ。教育の一環ですもの」
 
 さらりと言ってのけるセラフィーナに、イラっとした。
 表情には出さないよう注意はしているものの、自分だけが動じていると感じさせられる。
 彼女は、表情に出さないように注意をはらっているようには見えない。
 おそらく、元来、セラフィーナが持っている負けず嫌いの性分が動揺を抑え込んでいるのだろう。
 
 彼女は、火の熱さを知らないのだ。
 
 だから、火傷も知らず、火の怖さもわからずにいる。
 それを思い知らせてやりたい、という気持ちが頭の端をよぎった。
 ナルの目的から外れることだとしても、セラフィーナの無自覚な誘いに乗らずにはいられない。
 
 ここで知っておかなければ「本番」で痛い目をする。
 
 ナルは、自分で自分に口実を与え、イスから立ち上がった。
 セラフィーナの隣に座り、体を彼女のほうへと向ける。
 背もたれの上に肘を置き、軽く頬杖をついた。
 セラフィーナは、ナルのことを見ていない。
 視線を合わせずにいればかわせる、とでも思っているのだろうか。
 
「こちらを見ないのは、私を意識しているからかい、ラフィ?」
「意識なんてしていないわ。許しも得ずに、愛称で呼ぶのは不躾過ぎない?」
 
 頬杖をついていないほうの手を、セラフィーナの手に伸ばした。
 その手の甲を人差し指で、そっとなぞる。
 
「私は、とっくに許しを得ていると思っていたよ?」
「許した覚えはないわね」
「記憶違いじゃないかな?」
 
 手を握りながら、わずかに体を倒した。
 セラフィーナが、ふいっと、そっぽを向く。
 けれど、ナルにふれられている手を引く様子はない。
 ほんの少し、想像してしまった。
 ネイサンにふれられても、こんなふうに無防備だったら、と。
 
「どうしても、こちらを向かない気だね」
「そうよ。だって……あなたってば、超ウザいんですもの」
 
 ツンとすまして、新語まで使う彼女に、ナルは苛立ちを覚える。
 直接的な批判や拒絶は、逆効果にしかならないのだ。
 もちろん、セラフィーナは知らないのだろうけれども。
 
 ナルは、静かに頬杖をやめる。
 そして、指でなぞっていただけの手を握った。
 セラフィーナが振りほどく隙を与えず、反対の手で顎を掴む。
 すぐさま、くいっと引き寄せ、瞳を覗き込んだ。
 
「字引きによると、目は口ほどに物を言う、らしいよ?」
「だったら、なに? 私は思っていることを言っただけで……」
「その可愛らしい口を、ふさいでやりたいね」
「噛むわよ?」
「いいさ。その程度の代償をはらう価値はある」
 
 セラフィーナの唇に、わざと、ゆっくり視線を落とす。
 セラフィーナが体を引こうとしたが、握った手に力を込め、逆に引き寄せた。
 顎にかけたナルの手に、彼女がしがみつくようにして、引き離そうとする。
 が、それも許さない。
 
「おや? チョコレートが溶けそうになっているけれど、どうかしたかい? 私はまだ“なにも”していないだろう?」
「なにかしたら、大声を出すわ」
「できやしないさ。伯爵家のご令嬢が金切り声を上げるなんて、みっともないじゃないか」
 
 ナルは、セラフィーナの茶色い瞳を、じっと見つめた。
 ちょっぴり潤んではいるが、ナルの「合格点」には至っていない。
 セラフィーナは、負けず嫌いな上に、意地っ張りなのだ。
 彼女の性分につられて、ナルもナルで、意地になっている。
 
 夜会でネイサンに、こんな態度を取ったら、弄ばれて終わりだ。
 
 サロン浸りなネイサンは、苦も無くセラフィーナを口説き落とすに違いない。
 口説かれるのはともかく、落とされるのは困る。
 セラフィーナは「正妻」に選ばれる予定なのだから。
 
「さあ、言いたまえ」
「なにを……?」
「愛称で呼ぶことを許すと」
「……いやよ……絶対に……」
 
 ぐいっとセラフィーナを引き寄せた。
 顔と顔が近づき、今にも唇がくっつきそうになる。
 彼女の、ハッと見開かれた瞳には、ナルが映っていた。
 
「言わなければ、口づけをするよ?」
「…………できっこない……」
「できるとも。今の私は、教育係ではないからね」
 
 すいっと唇をセラフィーナの頬にかすらせてから、耳元に囁く。
 ネイサンだって、この程度はするだろう。
 
「いい子だから、許すと言ってくれ……でなければ、私がなにをするか、わかっているはずだ」
 
 唇で、耳の縁に軽くふれた。
 握った手が、ぴくっと震える。
 いかに、セラフィーナが無防備で、初心うぶかがわかってしまう仕草だった。
 
「それとも……私に、なにかしてほしいのかな?」
 
 ふれた頬から彼女の動きが伝わってくる。
 おそらく「許す」と言いそうになっているのだ。
 感じた瞬間、ナルは、パッと体を離した。
 ソファからも立ち上がる。
 
「やれやれ。あっという間に、口説き落とされてしまいましたね」
 
 口調も戻し、セラフィーナから少し離れる。
 距離を取らなければ、ナル自身が危うかったからだ。
 さりとて、そんなことは、おくびにも出さない。
 彼女にふれたくならないよう腕組みをし、溜め息をつく。
 セラフィーナにも、自分自身に対しても。
 
「あなたは、ただ悪態をついただけです。とても駆け引きと呼べるような代物ではありませんでした。まずは、イスに座って、初歩から学ぶべきですね」
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