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逆効果なのです 2
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ナルは、内心、少しだけ驚いている。
なぜなら、セラフィーナが文句も言わず、自分の手を取ったからだ。
手を取ることはわかっていたが、なにかしら不満を口にすると思っていた。
相手がナルでは嫌だ、とか。
ダンスの練習自体が不本意だ、とか。
彼女は「すべてに腹を立てている」と言っている。
そもそも婚姻する気がないのだから、貴族教育など無意味に感じているはずだ。
そのため、教育係のナルの存在も、意味がないと思っているに違いない。
セラフィーナにとっては、ナルといる時間すべてが無駄なのだ。
なのに、黙っている。
(良くない傾向ですね、これは)
ナルは、セラフィーナの性格を丸くしたいわけではなかった。
セラフィーナの鼻っ柱をへし折ってやりたいのだ。
大人しくなられては、へし折ることができなくなる。
「基本的なターンから練習するとしましょう。あなたには、複雑な足さばきなどはできないでしょうからね」
「これでも、社交界にデビューはしているのよ?」
「あれは集団舞踏です。お遊戯を立派なホールでしているに過ぎません。夜会でのダンスは、洗練されたものでなくては」
セラフィーナが少し背をそらせ、ナルの右腕に左手を添わせた。
上から、そっと置く感じだ。
さっきは、まったく出来ていなかったのに、今度はスムーズにできている。
右手も、やわらかくナルの左手を握っていた。
「そうね。そのために、あなたがいるんでしょ?」
セラフィーナを追い込むつもりで、相手役をかって出た。
けれど、どうにも、これは悪い目だと感じる。
セラフィーナは表情を作りつつも、瞳には挑戦的な色を漂わせていた。
頭の悪い貴族の子息なら、誘惑と勘違いをしてもおかしくない目だ。
もっとも彼女が、そんな「高等技術」を持ち合わせていないのも知っている。
無自覚は、なによりタチが悪い。
それを教えておく必要もある、と頭の中で、教育内容の追加をした。
ナルのほうは、意識的にセラフィーナの視線を受け流している。
まともにやり合うのは分が悪いからだ。
真っ向勝負では負ける、との自覚があった。
実に、彼女は憎たらしい。
表情には出さず、ナルはゆっくりと足を踏み出す。
右方向から後ろへとセラフィーナに近づくかのごとき動きだが、合わせて彼女が後ろに下がった。
少し体がくっつき過ぎている。
「リズムに合っていません。3歩ずつの2セットで、意識してください」
「口でリズムを取ってくれない?」
「……夜会ではリズムを取る者はいないのですよ?」
「わかったわ。頭の中で数えることにする」
ナルは、顔をしかめたくなるのを我慢した。
おかしい。
どうにも釈然としない。
セラフィーナが突っかかってこないなんて、とても奇妙だ。
少し前まで、口をとがらせて不満たらたらといった様子だった。
その急な変化の理由も見当たらない。
「右足は膝を前にして、左は腰から後ろへ進むように……横へのターンは、もっと体を引き付けて、その反動を利用してスッと……」
セラフィーナは、本当にダンスを真面目に習って来なかったらしい。
なめらかな動きができず、なんとも窮屈そうだ。
身内と踊るのなら相手も文句は言わないだろうが、公爵相手では違ってくる。
表面的には世辞を言うにしても、心では馬鹿にされるに決まっていた。
まともにダンスもできないのか、と。
「印象だけで踊るのはやめてください。気づいていないのかもしれませんが、私をずいぶんと引っ張っているのですよ?」
「引っ張ってる?」
「ええ。ですから、私は、常にあなたに合わせていなければなりません」
「ダンスって、そういうものじゃない?」
「違います。リードはしますが、基本的には“お互い”に合わせるものです」
単に、下がったり、横に回ったりすればいい、というものではないのだ。
力を圧縮したり、その力で推進したりして動くことが大事だった。
そのため、足だけではなく、体全体を使う必要がある。
セラフィーナは、それが出来ていない。
単純な動きになっているので、無自覚にナルを引っ張ってしまうのだ。
「そう……もっと腰を落として……そこで、いったん区切るように……」
姿勢は悪くない。
が、それがナルにとっては、あまり良くない。
自然と、セラフィーナの顔や体が視界に入る。
のけぞった際の首筋や胸元に、つい視線が流れていた。
押しつけられる背中の感触も、否応なく伝わってくるのだ。
(なにか理由をつけて、1人での練習に切り替えるべきでしょうね)
体のふれあいは、それがどんなものでも危険をはらむ。
セラフィーナに自覚がないせいで、よけいに危うい。
うっかり目的を忘れそうになる自分を、ナルは律していた。
思った通りの結果が得られるまで、間違えてはならないのだ。
「少し良くなってきました。これなら……」
「あなたってダンスがうまいのね。どこで習ったの?」
1人での練習に切り替えさせようとした、その言葉を遮られ、タイミングを逸してしまう。
しかたなく、そのまま練習を続ける。
「魔術師は、ダンスなどできないと?」
「そういう印象はあったわね」
「この程度は、嗜みですよ」
不意に、セラフィーナの「型」が崩れた。
右手でナルの手を握り締め、左手でナルの腕を掴んでいる。
注意をしようとした瞬間。
がくんっ!!
セラフィーナの膝が崩れた。
後ろに向かって倒れかかる彼女の体を支えようとしたが間に合わない。
さりとて、手と腕を掴まれているため、ナル自身も持ち堪えられなかった。
結果、2人して床に倒れ込む。
あたかも、ナルがセラフィーナを押し倒しているような格好で。
「あら……やっぱり、私、足さばきがうまくないみたい」
言葉に、一瞬、カッと頭に血が昇りかけた。
明らかに、わざとだったからだ。
セラフィーナは、故意にしくじっている。
そのために大人しく言うことを聞いていたのだろう。
セラフィーナの瞳は、挑戦的で反抗的。
彼女を支えようとして、ナルは、セラフィーナを抱き込んでいた。
その瞳といい、無防備に身をあずけていることといい。
体の熱を抑え、喉を鳴らさずにいただけでも上出来だ。
「いいでしょう。あなたには、もっと厳しくする必要がありそうです」
ナルは、目をすうっと細める。
セラフィーナが、一筋縄ではいかないことはわかっていたのだ。
作戦変更を余儀なくされたのは、失態だったけれども。
なぜなら、セラフィーナが文句も言わず、自分の手を取ったからだ。
手を取ることはわかっていたが、なにかしら不満を口にすると思っていた。
相手がナルでは嫌だ、とか。
ダンスの練習自体が不本意だ、とか。
彼女は「すべてに腹を立てている」と言っている。
そもそも婚姻する気がないのだから、貴族教育など無意味に感じているはずだ。
そのため、教育係のナルの存在も、意味がないと思っているに違いない。
セラフィーナにとっては、ナルといる時間すべてが無駄なのだ。
なのに、黙っている。
(良くない傾向ですね、これは)
ナルは、セラフィーナの性格を丸くしたいわけではなかった。
セラフィーナの鼻っ柱をへし折ってやりたいのだ。
大人しくなられては、へし折ることができなくなる。
「基本的なターンから練習するとしましょう。あなたには、複雑な足さばきなどはできないでしょうからね」
「これでも、社交界にデビューはしているのよ?」
「あれは集団舞踏です。お遊戯を立派なホールでしているに過ぎません。夜会でのダンスは、洗練されたものでなくては」
セラフィーナが少し背をそらせ、ナルの右腕に左手を添わせた。
上から、そっと置く感じだ。
さっきは、まったく出来ていなかったのに、今度はスムーズにできている。
右手も、やわらかくナルの左手を握っていた。
「そうね。そのために、あなたがいるんでしょ?」
セラフィーナを追い込むつもりで、相手役をかって出た。
けれど、どうにも、これは悪い目だと感じる。
セラフィーナは表情を作りつつも、瞳には挑戦的な色を漂わせていた。
頭の悪い貴族の子息なら、誘惑と勘違いをしてもおかしくない目だ。
もっとも彼女が、そんな「高等技術」を持ち合わせていないのも知っている。
無自覚は、なによりタチが悪い。
それを教えておく必要もある、と頭の中で、教育内容の追加をした。
ナルのほうは、意識的にセラフィーナの視線を受け流している。
まともにやり合うのは分が悪いからだ。
真っ向勝負では負ける、との自覚があった。
実に、彼女は憎たらしい。
表情には出さず、ナルはゆっくりと足を踏み出す。
右方向から後ろへとセラフィーナに近づくかのごとき動きだが、合わせて彼女が後ろに下がった。
少し体がくっつき過ぎている。
「リズムに合っていません。3歩ずつの2セットで、意識してください」
「口でリズムを取ってくれない?」
「……夜会ではリズムを取る者はいないのですよ?」
「わかったわ。頭の中で数えることにする」
ナルは、顔をしかめたくなるのを我慢した。
おかしい。
どうにも釈然としない。
セラフィーナが突っかかってこないなんて、とても奇妙だ。
少し前まで、口をとがらせて不満たらたらといった様子だった。
その急な変化の理由も見当たらない。
「右足は膝を前にして、左は腰から後ろへ進むように……横へのターンは、もっと体を引き付けて、その反動を利用してスッと……」
セラフィーナは、本当にダンスを真面目に習って来なかったらしい。
なめらかな動きができず、なんとも窮屈そうだ。
身内と踊るのなら相手も文句は言わないだろうが、公爵相手では違ってくる。
表面的には世辞を言うにしても、心では馬鹿にされるに決まっていた。
まともにダンスもできないのか、と。
「印象だけで踊るのはやめてください。気づいていないのかもしれませんが、私をずいぶんと引っ張っているのですよ?」
「引っ張ってる?」
「ええ。ですから、私は、常にあなたに合わせていなければなりません」
「ダンスって、そういうものじゃない?」
「違います。リードはしますが、基本的には“お互い”に合わせるものです」
単に、下がったり、横に回ったりすればいい、というものではないのだ。
力を圧縮したり、その力で推進したりして動くことが大事だった。
そのため、足だけではなく、体全体を使う必要がある。
セラフィーナは、それが出来ていない。
単純な動きになっているので、無自覚にナルを引っ張ってしまうのだ。
「そう……もっと腰を落として……そこで、いったん区切るように……」
姿勢は悪くない。
が、それがナルにとっては、あまり良くない。
自然と、セラフィーナの顔や体が視界に入る。
のけぞった際の首筋や胸元に、つい視線が流れていた。
押しつけられる背中の感触も、否応なく伝わってくるのだ。
(なにか理由をつけて、1人での練習に切り替えるべきでしょうね)
体のふれあいは、それがどんなものでも危険をはらむ。
セラフィーナに自覚がないせいで、よけいに危うい。
うっかり目的を忘れそうになる自分を、ナルは律していた。
思った通りの結果が得られるまで、間違えてはならないのだ。
「少し良くなってきました。これなら……」
「あなたってダンスがうまいのね。どこで習ったの?」
1人での練習に切り替えさせようとした、その言葉を遮られ、タイミングを逸してしまう。
しかたなく、そのまま練習を続ける。
「魔術師は、ダンスなどできないと?」
「そういう印象はあったわね」
「この程度は、嗜みですよ」
不意に、セラフィーナの「型」が崩れた。
右手でナルの手を握り締め、左手でナルの腕を掴んでいる。
注意をしようとした瞬間。
がくんっ!!
セラフィーナの膝が崩れた。
後ろに向かって倒れかかる彼女の体を支えようとしたが間に合わない。
さりとて、手と腕を掴まれているため、ナル自身も持ち堪えられなかった。
結果、2人して床に倒れ込む。
あたかも、ナルがセラフィーナを押し倒しているような格好で。
「あら……やっぱり、私、足さばきがうまくないみたい」
言葉に、一瞬、カッと頭に血が昇りかけた。
明らかに、わざとだったからだ。
セラフィーナは、故意にしくじっている。
そのために大人しく言うことを聞いていたのだろう。
セラフィーナの瞳は、挑戦的で反抗的。
彼女を支えようとして、ナルは、セラフィーナを抱き込んでいた。
その瞳といい、無防備に身をあずけていることといい。
体の熱を抑え、喉を鳴らさずにいただけでも上出来だ。
「いいでしょう。あなたには、もっと厳しくする必要がありそうです」
ナルは、目をすうっと細める。
セラフィーナが、一筋縄ではいかないことはわかっていたのだ。
作戦変更を余儀なくされたのは、失態だったけれども。
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