ウソつき殿下と、ふつつか令嬢

たつみ

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逆効果なのです 1

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 貴族教育を受け始めてから半月。
 時間がないこともあり、朝から晩まで、乗馬鞭にさらされてきた。
 おかげで、とは言いたくないが、ともあれ、セラフィーナは少しずつ「ご令嬢」らしくなってきている。
 まだ「初歩」と言われてはいるものの、知識や教養も前よりは身についていた。
 
(酷かったのは散策だけどね)
 
 庭を歩いている間中、乗馬鞭を意識せずにはいられなかったからだ。
 姿勢が悪い、歩調が速い、表情ができていない、などなど。
 なにかあれば、シュッと乗馬鞭が、顔の前に突き出される。
 やはり、ぶたれりはしない。
 体にふれることさえ、ほとんどなかった。
 下がった顎を支えてくるくらいだ。
 
「用意は、いいですか?」
「いいけど……」
 
 これからダンスの練習に入る。
 そのはずなのだが、気になることがあった。

「どうしました?」
「相手がいないわよね?」
「相手? そのような高度な段階ではありませんよ」
 
 ナルは相変わらずだ。
 半月経っても、嫌味の数は減らない。
 手加減も容赦もない。
 
 毎日、必ず治癒はしてくれるが、それだって気遣いではないと知っている。
 明日の練習のために過ぎないのだ。
 気遣いや優しさであれば「いけ好かない」との評価を、少しくらいは下げられるのだけれども。
 
(体の痛みが取れるのは助かってるけど……態度があれじゃね……)
 
 とても評価を変える気にはなれなかった。
 整った顔立ちはしていても、ナルは性根が悪い。
 と、セラフィーナは思っている。
 ほかの者に対しては礼儀正しく振る舞っているのも、気に入らなかった。
 
 自分だけが嫌われている気分。
 
 感じるたびに、ちょっぴり憂鬱になる。
 もちろん「嫌われたってかまわない」のだ。
 好かれようなんて思ってはいない。
 ナルは教育係で、終われば屋敷を去る。
 親しくなる必要も、好かれる必要もない相手だ。
 
「それでは、始めましょうか」
 
 屋敷内の小ホールには、セラフィーナとナルの2人だけ。
 そして、ナルは相手役になりそうもない。
 つまり、セラフィーナ1人での練習となる。
 ダンス経験がまったくないわけではないが、自信もなかった。
 
「いいですか? 今さら、多くを覚えることはできませんから、ワルツに絞っての練習となります」
 
 聞きたいことがあり、口を挟みかけたが、やめておく。
 どうせ嫌味を言われるだけだと思ったからだ。
 
「あなたは、もし、公爵が、ほかの曲の時に誘ってきたらどうするのか、と思っているのでしょうが、そのような心配はご無用です。その程度のことを、私が考えていないはずがないでしょう?」
「聞いてないじゃない、そんなこと」
「顔に出ていました。あれほど練習したのに、まだ表情が作れていませんね」
 
 ダンス用の靴を、顔面にぶつけてやりたい。
 
 とはいえ、ナルは魔術師なのだ。
 簡単に防がれるのは、想像しなくても予想がついた。
 セラフィーナは、知識と教養を身につける上で、歴史も学んでいる。
 その中には魔術師についての話もあった。
 ロズウェルドは魔術師がいて成り立っているからだ。
 
(人の心を操ったり、読んだりする魔術はないって、ナルは言ってたわよね)
 
 さりとて、ナルはセラフィーナの考えていることを、こともなげに見抜く。
 まるで心を読まれているかのようだった。
 今だって、チラっと頭の隅に浮かんだ疑問を簡単に見透かされている。
 そのすべてに、ナルは嫌味混じりに「ごもっとも」な説明をするのだ。
 
「ワルツのステップは多いのですが、4つほど完璧にしておけば、なんとかできるでしょう。とくに足さばきには、気をつけてください」
「公爵様の足を踏まないように?」
「あなたが転ばないように、ですよ」
 
 どう言っても、ナルには通じない。
 ぴしゃんっと引っ繰り返されてしまう。
 思うところは多いが、考えると読まれそうな気がする。
 セラフィーナは、覚えたての表情を作り、不満を隠した。
 
「腕を上げて……肘の角度はここです。左手は……いえ、そうではなく、上から置くように……掴むのではなくて、添えるつもりで……上からと言ったでしょう? それでは横から掴むことなります」
 
 乗馬鞭が、肘の位置を固定してくる。
 左手の型を作っただけで、すでに腕のあたりが痛い。
 これから何時間も練習かと思うと、うんざりした。
 正直、逃げたくなっている。
 
「……っ……?!」
「顎が下がっていますよ。ダンスでも姿勢は大切な要素です。気を抜かないように意識しなさい」
 
 肘を固定していたはずの乗馬鞭が、顎の下を支えていた。
 くいっと持ち上げられる。
 セラフィーナが姿勢を整えたのを確認してから、乗馬鞭が肘に戻された。
 
(やってられないわ! ダンスなんてできなくたって、生きていくのに、困らないわよ! ちっとも楽しくない!)
 
「右手は卵を握るように丸くして、相手の……」
 
 ナルの言葉が途中で止まる。
 なにか言いたげな表情に、セラフィーナは、つい唇をとがらせた。
 面白くないものは面白くない。
 やりたくないことを無理にやっているのだから、不満だって募る。
 
「表情が作れていませんよ?」
「作れないわ」
「なぜです?」
「腹を立てているから」
「なにに腹を立てているのです?」
「なにもかも」
 
 父の体裁のために婚姻を迫られていることも、貴族教育も、ナルの嫌味も。
 乗馬鞭を使われることにも、腹を立てていた。
 腕をおろし、ナルを睨みつける。
 
「では、しかたありません」
 
 ナルが手をサッと振り、乗馬鞭を消した。
 辞めるつもりなのかもしれないが、引きめる気はない。
 セラフィーナとしては、本気で「やってられるか」という気分だったのだ。
 が、しかし。
 
「お手をどうぞ、ラフィ様」
「え……?」
「1人で練習できないのなら、しかたがないでしょう? お相手いたしますよ」
 
 セラフィーナは、ナルの手に自分の手を乗せる。
 思いのほか、ナルの手が暖かくて、なんだかとても居心地が悪い気分になった。
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