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意地の悪さにほどがない 4
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イスを勧められないことも予想はついていたので、ナルは何も言わずにいる。
どの道、長居するつもりはなかった。
「本当に、私も同席してよろしいのですか?」
「きみに聞かれて困る話ではありませんから、お気になさらず」
デボラに対して、ことさらにやわらかな口調で言う。
セラフィーナが唖然とした顔をしているが、気にしない。
ナルが「意地悪」をしたいのは、セラフィーナだけだからだ。
ほかの者に、あえて感じ悪く振る舞おうとは思っていなかった。
「確認したいことって、なに?」
セラフィーナが、つっけんどんに聞いてくる。
どうやら「唖然」から立ち直ったらしい。
そして、ナルの態度の違いを不愉快に感じているのだ。
彼女は、まだ「貴族教育」が行き届いていない。
せっかく訓練した甲斐もなく、口調にも態度にも表情にも感情が出てしまっている。
「先に、あなたのクローゼットを見せてください」
「は……?」
「クローゼットの中を、見せてください」
ぽかんとしていたセラフィーナの顔が、赤く染まった。
意味がわからないところに、羞恥心が上乗せされているのだろう。
「あの……確認と仰られても、それは少々……」
「デボラ、きみの心配はよく分かります。ですが、私は、下心から申し上げているのではないのです。今度の夜会に申し分ないドレスを持っておられるかどうかの確認のためですから、ご安心ください」
「そんなこと確認する必要がある?」
「では、申し分ないドレスかどうかの判断を、お任せしても?」
すると、セラフィーナだけでなく、デボラまでもが不安そうな表情を浮かべた。
公爵家の夜会になど行ったことがない2人だ。
おそらく、屋敷の勤め人で「判断」できる者はいないだろう。
唯一、執事のトバイアスだけは可能性があるが、セラフィーナの私室に入りたがるとは思えない。
一応、ナルには教育係との名目がある。
「ドレスに宝飾品など、身につけていく物にも、それなりの格が必要となります。お任せしても差し支えなければ……」
「い、いいわよ。見ておきたいって言うなら、見ればいいじゃない。私にも判断できないこともないけど、念のためにね」
「そうですね。念のためですね」
セラフィーナにだけ見えるように「にっこり」してみせた。
ものすごく嫌な顔をされる。
だが、気にしない。
「デボラ、きみを煩わせるのは申し訳ないのですが、ドレス用のクローゼットを開けてもらえますか?」
「かしこまりました」
デボラが部屋の一角にあるクローゼットを開いた。
近づいて、中を覗き込む。
手をふれないようにしつつ、ザッと視線を走らせた。
こんなことだろうと思った、との感想しかない。
「公爵家の夜会に相応しいドレスは……私が、ご用意いたしましょう」
つまり、このクローゼットの中には「ない」ということ。
セラフィーナはシンプルなドレスを好むのだ。
この2日、見ていたので、わかっている。
もしかすると「一張羅」があるかとも思ったのだけれども。
なかった。
けして、安物ではないのだが、華があるとは言いがたいドレスばかりだった。
体の線を隠すようなデザインもいただけない。
ともあれ、公爵家の夜会には相応しくないと言える。
「それじゃ、任せるわ」
怒りか羞恥かはともかく、セラフィーナは頬を上気させていた。
なのに、ツーンとした物言いだけは死守している。
意地でも、ナルに「お願い」はしたくないのだろう。
「つけていく宝飾品も私がご用意いたしましょうか? なにか思い入れのある品はございますか?」
「ないわ」
切って捨てるような口調に、少しだけイラっとした。
負けず嫌いもここまでくると、本当に可愛げがない。
「でしたら、私のほうで、すべてご用意いたします」
「ええ、そうね。そうしてちょうだい」
セラフィーナが、そっけなく言う。
表情にも、いつになく冷たさが漂っていた。
怒り過ぎて、むしろ、冷静になったのかもしれない。
それなら、それでもかまわなかった。
「最後に、もうひとつ」
セラフィーナの冷たい瞳を、正面から受け止める。
ナルの瞳にも感情は含まれていなかった。
「どこか思い出のある場所はありますか?」
「なぜ、そんなことを聞くの?」
「うまくいけば夜会で庭を散策することになるかもしれません。そのために歩きかたの練習をする予定だからです」
淡々と理由を説明するナルから、セラフィーナが視線を外す。
けれど、思い出そうとしているそぶりはなかった。
すぐに答えが返ってくる。
「これといって、ないわね」
「本当に、これという場所はございませんか?」
考えようともしていないセラフィーナに、促してみた。
思い出そうとの努力くらいはすべきだと思ったからだ。
ナルにしても無意味に聞いているのではないのだし。
「そうした場所で練習するほうが、はかどるものなのですよ?」
「ないと言っているでしょ? 散策の練習なら、屋敷の庭ですればいいじゃない」
「わかりました。時間をかけることになるでしょうが、しかたありませんね」
セラフィーナは、意地っ張りな上に負けず嫌いで、さらに頑固でもある。
これ以上、なにを言っても思い出そうとはしないだろう。
(自分のことだと言うのに……まったく……)
公爵家の夜会に出席するのはセラフィーナであって、ナルではない。
家を追い出されて困るのだって、ナルではないのだ。
彼女が正妻に選ばれなくても、ナルは、ちっとも困らない。
ここに至っても、まだセラフィーナには危機感がなかった。
「これで確認はすべきことは終わりです。夜分に失礼いたしました」
ナルは早々に話を切り上げる。
ナルを室内に招き入れてからずっと立っていたデボラに微笑みかけた。
「お手数をおかけしましたね、デボラ。一緒にいていただき、感謝いたします」
デボラにだけ礼を述べて、部屋を出る。
あてがわれた自室に戻りつつ、やはり彼女の鼻っ柱をへし折ると、ナルは決めていた。
どの道、長居するつもりはなかった。
「本当に、私も同席してよろしいのですか?」
「きみに聞かれて困る話ではありませんから、お気になさらず」
デボラに対して、ことさらにやわらかな口調で言う。
セラフィーナが唖然とした顔をしているが、気にしない。
ナルが「意地悪」をしたいのは、セラフィーナだけだからだ。
ほかの者に、あえて感じ悪く振る舞おうとは思っていなかった。
「確認したいことって、なに?」
セラフィーナが、つっけんどんに聞いてくる。
どうやら「唖然」から立ち直ったらしい。
そして、ナルの態度の違いを不愉快に感じているのだ。
彼女は、まだ「貴族教育」が行き届いていない。
せっかく訓練した甲斐もなく、口調にも態度にも表情にも感情が出てしまっている。
「先に、あなたのクローゼットを見せてください」
「は……?」
「クローゼットの中を、見せてください」
ぽかんとしていたセラフィーナの顔が、赤く染まった。
意味がわからないところに、羞恥心が上乗せされているのだろう。
「あの……確認と仰られても、それは少々……」
「デボラ、きみの心配はよく分かります。ですが、私は、下心から申し上げているのではないのです。今度の夜会に申し分ないドレスを持っておられるかどうかの確認のためですから、ご安心ください」
「そんなこと確認する必要がある?」
「では、申し分ないドレスかどうかの判断を、お任せしても?」
すると、セラフィーナだけでなく、デボラまでもが不安そうな表情を浮かべた。
公爵家の夜会になど行ったことがない2人だ。
おそらく、屋敷の勤め人で「判断」できる者はいないだろう。
唯一、執事のトバイアスだけは可能性があるが、セラフィーナの私室に入りたがるとは思えない。
一応、ナルには教育係との名目がある。
「ドレスに宝飾品など、身につけていく物にも、それなりの格が必要となります。お任せしても差し支えなければ……」
「い、いいわよ。見ておきたいって言うなら、見ればいいじゃない。私にも判断できないこともないけど、念のためにね」
「そうですね。念のためですね」
セラフィーナにだけ見えるように「にっこり」してみせた。
ものすごく嫌な顔をされる。
だが、気にしない。
「デボラ、きみを煩わせるのは申し訳ないのですが、ドレス用のクローゼットを開けてもらえますか?」
「かしこまりました」
デボラが部屋の一角にあるクローゼットを開いた。
近づいて、中を覗き込む。
手をふれないようにしつつ、ザッと視線を走らせた。
こんなことだろうと思った、との感想しかない。
「公爵家の夜会に相応しいドレスは……私が、ご用意いたしましょう」
つまり、このクローゼットの中には「ない」ということ。
セラフィーナはシンプルなドレスを好むのだ。
この2日、見ていたので、わかっている。
もしかすると「一張羅」があるかとも思ったのだけれども。
なかった。
けして、安物ではないのだが、華があるとは言いがたいドレスばかりだった。
体の線を隠すようなデザインもいただけない。
ともあれ、公爵家の夜会には相応しくないと言える。
「それじゃ、任せるわ」
怒りか羞恥かはともかく、セラフィーナは頬を上気させていた。
なのに、ツーンとした物言いだけは死守している。
意地でも、ナルに「お願い」はしたくないのだろう。
「つけていく宝飾品も私がご用意いたしましょうか? なにか思い入れのある品はございますか?」
「ないわ」
切って捨てるような口調に、少しだけイラっとした。
負けず嫌いもここまでくると、本当に可愛げがない。
「でしたら、私のほうで、すべてご用意いたします」
「ええ、そうね。そうしてちょうだい」
セラフィーナが、そっけなく言う。
表情にも、いつになく冷たさが漂っていた。
怒り過ぎて、むしろ、冷静になったのかもしれない。
それなら、それでもかまわなかった。
「最後に、もうひとつ」
セラフィーナの冷たい瞳を、正面から受け止める。
ナルの瞳にも感情は含まれていなかった。
「どこか思い出のある場所はありますか?」
「なぜ、そんなことを聞くの?」
「うまくいけば夜会で庭を散策することになるかもしれません。そのために歩きかたの練習をする予定だからです」
淡々と理由を説明するナルから、セラフィーナが視線を外す。
けれど、思い出そうとしているそぶりはなかった。
すぐに答えが返ってくる。
「これといって、ないわね」
「本当に、これという場所はございませんか?」
考えようともしていないセラフィーナに、促してみた。
思い出そうとの努力くらいはすべきだと思ったからだ。
ナルにしても無意味に聞いているのではないのだし。
「そうした場所で練習するほうが、はかどるものなのですよ?」
「ないと言っているでしょ? 散策の練習なら、屋敷の庭ですればいいじゃない」
「わかりました。時間をかけることになるでしょうが、しかたありませんね」
セラフィーナは、意地っ張りな上に負けず嫌いで、さらに頑固でもある。
これ以上、なにを言っても思い出そうとはしないだろう。
(自分のことだと言うのに……まったく……)
公爵家の夜会に出席するのはセラフィーナであって、ナルではない。
家を追い出されて困るのだって、ナルではないのだ。
彼女が正妻に選ばれなくても、ナルは、ちっとも困らない。
ここに至っても、まだセラフィーナには危機感がなかった。
「これで確認はすべきことは終わりです。夜分に失礼いたしました」
ナルは早々に話を切り上げる。
ナルを室内に招き入れてからずっと立っていたデボラに微笑みかけた。
「お手数をおかけしましたね、デボラ。一緒にいていただき、感謝いたします」
デボラにだけ礼を述べて、部屋を出る。
あてがわれた自室に戻りつつ、やはり彼女の鼻っ柱をへし折ると、ナルは決めていた。
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