ウソつき殿下と、ふつつか令嬢

たつみ

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意地の悪さにほどがない 3

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「信じられないッ! もう本当に嫌ッ!!」
「ラフィ……落ち……つけないわよね」
「だって、デビー! あいつ、乗馬鞭なんて使うのよっ?! 乗馬鞭ッ!!」
「じょ……乗馬鞭……? ぶたれたりしたの……?」
 
 セラフィーナは、またもベッドの上でバタバタしている。
 が、デボラの言葉には首を横に振った。
 事実、ぶたれてはいないのだ。
 ぶたれては。
 
「ぶたれたり、叩かれたりはしていないわ。でも、ぶたれるより酷い気分ッ!」
 
 セラフィーナの自尊心は、ズタボロになっている。
 少しでも顎が下がると、ナルに容赦なく「くいっ」とされたからだ。
 姿勢についても、クドクドと言われている。
 しかも、意地悪く、いちいちの嫌味付きで指摘された。
 
「姿勢が、それほど大事だとは思わなかったわ。気にしたこともないし……」
「そうよねっ? 私だって、あれほど厳しいとは思わなかったもの!」
 
 ただ背筋を伸ばして顎を少し上げるだけなのに、とても難しい。
 一瞬ならともかく、維持することができないのだ。
 話そうとすると体が前傾し、顎が下がる。
 どうしても意識が会話のほうに向いてしまい、姿勢を保てなくなってしまう。
 
「おかけで、終わった時には体はガチガチよっ!」
「その割りには、元気そうだけど? 体は痛くない?」
「えーと……それは……大丈夫……」
 
 セラフィーナは、ちょっぴり歯切れが悪くなった。
 デボラが不思議そうに、首をかしげている。
 
 確かに、姿勢を保つ「訓練」終了直後は全身が痛くてたまらなかった。
 動かすたびに、呻きそうになったほどだ。
 さりとて、今は、まったく痛くない。
 
「ナルが……治癒の魔術で治してくれたから、むしろ、軽いって感じ……」
「ちゃんと治してくれるなんて、彼、いいとこあるじゃない」
 
 結果を聞けば「いい人」のように思えるに違いない。
 厳しくも「優しい」教育係といったふうに聞こえるはずだ。
 が、それも違う。
 
 セラフィーナは、ふんっと不機嫌に鼻を鳴らす。
 令嬢としてあるまじき仕草もしれないが、それはともかく。
 
「……私も、ナルが治癒してくれた時には、一瞬……そう、一瞬だけ、そう思ったわよ? でもね、違ったのよ!」
「違った?」
「あいつ~ッ!! 治癒のあと、なんて言ったと思うッ?」
 
 思い出すだに腹が立った。
 一瞬でも感謝して損をした。
 
「なんて言ったの?」
「明日に差し障るからしかたないって言ったのよっ! この程度で体が動かせなくなるとは思わなかった、とも言われたわっ!」
 
 ナルの言うことは、なにもかもが癪に障る。
 言葉遣いは丁寧であっても、常に上から目線で話すからだ。
 教育が始まったせいか、命令口調も増えている。
 端的に言えば「慇懃無礼」だった。
 当然、わざとに決まっているし。
 
「……ラフィには、本当に厳しいのね……」
 
 デボラが、困ったように、ぽつりともらす。
 その、ひと言でセラフィーナは理解した。
 
「あいつ……私にだけなのね、そうなのね、デビー」
「少なくとも、ほかのみんなからも、悪い話は聞かないわ」
「みんなからも……ってことは、デビーも嫌味を言われたことがないの?」
「ないわ。だから、想像つかない」
 
 ぐぬぬ…と、セラフィーナは口を「への字」にする。
 初日から、わかってはいたことだ。
 
 ナルは外面がいい。
 本性を見せるのは、セラフィーナの前でだけ。
 
 客室では、2人きりで勉強をしている。
 お茶なども、ナルが頼まない限り、運ばれては来ない。
 集中力が下がる、と言われ、様子を見に行けないのだと、デボラから聞かされていた。
 ほかの勤め人たちも、セラフィーナのためにナルが休憩時間を見計らっていると信じているようだ。
 絶対にそんなことはないと、セラフィーナは思うけれど、それはともかく。
 
「3ヶ月の辛抱よ……私が意思を貫き通せば……」
「意思?」
 
 聞き返されて、ハッとなる。
 デボラに隠し事をする気はないが、ここで話すことはできない。
 
 ナルを「ひざまずかせる」日までは、我慢が必要だった。
 彼とした「恋する相手ができなければ」という賭けのことは、その日まで内緒。
 もしかしたら恋をするかも、なんて可能性はないけれども、念のためだ。
 
「ナルに屈しないっていう意思よ」
 
 デボラの納得顔に、ホッとした時だった。
 扉の叩かれる音がする。
 
「少し、よろしいですか?」
 
 声に、ぎょっとした。
 声音も口調も話しかたも、ナルで間違いない。
 それほど遅い時間ではないものの、女性の部屋に来るなんて不躾過ぎる。
 デボラも同様に思っているらしく、眉をひそめていた。
 
「どういうご用件でしょうか?」
「デボラもいらしたのですね。安心いたしました」
 
 ナルの口調に、ぐえっと言いそうになる。
 驚き過ぎて、耳から魂が抜けそうだった。
 
(なに、この違い……気持ち悪いくらい優しいじゃない……)
 
 茫然としているセラフィーナに、デボラが小声で、どうするかを聞いてくる。
 あまりの温度差が衝撃的に過ぎて、うなずくしかできなかった。
 デボラが立ち上がり、扉を開く。
 
「夜にお訪ねするのは不躾だと存じております。ですが、明日のために2,3確認をさせていただきたかったものですから」
 
(うーわ! なにあれ! なに、あの笑顔……作り笑いに見えないのが怖いわ)
 
 セラフィーナに見せているわざとらしい笑顔とは違う。
 されど、本物の笑顔とも違うと、わかっていた。
 ナルの本性は知っている。
 これが「表情を作る」ということなら、ナルは完璧だ。
 
「デボラにもいていただければありがたいですね。あらぬ噂を立てられるのは、私としても本意ではありません。もちろん、扉も開けたままでかまいませんよ」
 
 やわらかい。
 ものすごく物腰がやわらかい。
 それが、薄気味悪くて怖い。
 
 ちらっと視線を向けてきたデボラに、セラフィーナはうなずいてみせる。
 断れば、明日の「訓練」が、より厳しくなると、彼女だけは察していたからだ。
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