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令嬢劣等生 4

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 はあ…という大きな溜め息に、セラフィーナは首をすくめたくなった。
 怒る気力も、今は、ない。
 自分でも、自分に呆れているからだ。
 
 なにしろ、歩きかたすら「失格」とされている。
 
 ナルは、書類に何かを書き込んでは、溜め息。
 都度、その回数が増えていた。
 セラフィーナだって、わざと出来ないフリをしているのではない。
 そうだったら良かったのに、と思わずにはいられないくらいだ。
 
 できないから、できない。
 
 素で、できないのだから、出来るフリもできなかった。
 こんなにも「できない」と、初めて思い知らされている。
 できなくてもいい、と思っていた頃には、教育係の言葉になんて、耳を傾けずにいられた。
 いちいち難癖をつけ、いかにして追い返すかだけ考えていればよかったからだ。
 
「ロズウェルドの歴史についてすら学んでいないとは思いませんでしたよ」
「……だって……そんなこと知らなくたって……」
「生きていける? ですが、今後は違います。知っておかなければ正妻に選ばれる可能性などありませんし……」
「選ばれなければ家を出されて、生きていけない」
「自覚がおありなのは、救いでしょうね」
 
 グサグサと、ナルは平気でセラフィーナの心をえぐってくる。
 言い返したいのはやまやまだが、やはり言い返せなかった。
 自分の考えが甘かったのは、認めざるを得ない。
 父が、家を出すとまで言うなんて想像もしていなかったし、貴族の体裁主義が、そこまでのものだとも思わずにいた。
 
「ともかく、すべてにおいてあなたが残念な女性であることは間違いありません」
 
 残念。
 
 その言葉が、耳の中で繰り返される。
 なにも、そんな言いかたをしなくてもいいのにと、目がちょっぴり潤んだ。
 が、しかし。
 
「おや? 目の中のチョコレートが溶けそうになっていますよ? 泣きますか?」
 
 ナルに、じっと見られていることに気づく。
 その口元が緩んでいることにも、気づいた。
 瞬間、セラフィーナ持ち前の負けず嫌い発動。
 試験に落ち込んでいた気分も吹き飛ぶ。
 
「泣かないわよ! こんなことで泣くわけないでしょ?!」
「それは残念」
「まともに学んで来なかった割りには、出来ているほうじゃない!」
 
 セラフィーナの瞳に、怒りという名の輝きが戻ってきた。
 もう潤んではいない。
 
「これから、身につけていけばいいだけよ!」
「すぐに半ベソをかきそうですがね」
「かかないわ! だって、私には、伸びしろがあるんだから!」
 
 ふっと、ナルが横を向いた。
 セラフィーナから視線を外したようだ。
 よく見れば、肩が震えている。
 笑いをこらえているらしかった。
 
「な、なによ、なに笑ってんの?!」
「いえ……自分で伸びしろがあるなどと……」
 
 くくっという含み笑う声も聞こえる。
 セラフィーナは、目をスッと細め、ナルを睨んだ。
 
「殴ってもいい?」
 
 ナルが笑いをおさめ、セラフィーナのほうへ顔を戻す。
 軽く肩をすくめ、わざとらしく言った。
 
「ご冗談を」
 
 セラフィーナからすると、冗談ではなかったのだが、それはともかく。
 ここで食い下がるほどの内容でもない。
 むしろ、さっさと話題を変えてしまいたかった。
 ほんの少し、ごくごくわずかだけれど、思ってしまったからだ。
 
 笑うと、素敵、かもしれない。
 
 けれど、すでにナルは、いつもの表情に戻っている。
 皮肉っぽさと、意地悪さが、入り混じったような顔。
 セラフィーナの思う「いけ好かない」ナルだった。
 
「ひとまず、午前は、ここまでとしましょう」
 
 言われて、ホッとする。
 歴史や文化等についての質問攻めに、歩きかたに挨拶の仕方と、いくつもの試験で、心身ともにクタクタになっていた。
 休憩が取れるのはありがたい。
 試験の間中、お茶の一杯も飲んでいなかったので。
 
「それはそうと、あなたは“民言葉の字引き”を持っていますか?」
 
 セラフィーナは、記憶を探ったあと、うなずく。
 あまり使ったことはないが、どこかにあったはずだ。
 執事のトバイアスに聞けば用意してもらえるだろう。
 
「今後は、そちらも使いますので、用意しておいてください」
「民言葉の字引きを使うの?」
 
 民言葉というのは、言葉通り、民の使う言葉だ。
 貴族言葉に対し、俗な言葉とされている。
 巷では流行っているらしいが、セラフィーナは、ほとんど使ったことがない。
 体裁を気にする父が嫌がるからだった。
 
 そんな言葉のための字引きが、貴族教育に必要だろうか。
 セラフィーナの不審に気づいたのかもしれない。
 ナルが呆れ顔をする。
 見慣れてきた。
 
「確かに、民言葉は俗なものです。しかしながら、社交では必要となるのですよ」
「どうして? 夜会には貴族しか来ないのに」
「新語を使いたがるスノッブな者も、貴族には多いからです」
 
 言いながら、ナルが、にっこりする。
 これは、わざとらし過ぎて、嫌味にしかならない。
 たった1日のつきあいでも、わかった。
 次にナルは嫌味を言うに違いないのだ。
 
「スノッブの意味も、教えてさしあげましょうか?」
「必要ないわ」
 
 ツンッとして言い、セラフィーナは、そっぽを向いた。
 民言葉は知らずとも、貴族的な用語は、それなりに知っているのだ。
 たとえ試験に軒並み落第したとしても、令嬢として生きてきたのだから。
 
「それでは、2冊、ご用意いただけますね?」
「2冊……」
「あなたがご存知ないのなら、執事のトバイアスに聞けば、わかってもらえます」
 
 ぐっと、言葉に詰まる。
 なにもかもが、見透かされているのが悔しかった。
 ナルに反撃するためだけにでも、もう少し貴族教育を受けておけば良かったと、セラフィーナは、今さらに後悔している。
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