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口下手公爵の幸せなひととき 3
しおりを挟む「ジョザイアおじさんさぁ」
リンクスの、しらっとしたまなざしに、嫌な予感がする。
非常に、意地の悪い顔つきをしていた。
誰かさんに似て。
本当に、久しぶりに屋敷に来ていた。
ずっとシェルニティの具合が良くなかったという理由はある。
が、それ以上に、ようやく回復してきたところに、屋敷に行くことで、ぶり返すのが心配だったのだ。
シェルニティは、現執事のセオドロスと一緒に改めて屋敷内を見て回っている。
ついて行こうとしたのだが、過保護だと言われ、追いはらわれた。
なにかセオドロスと2人で話したいことがあるのかもしれない。
そんな気もして、彼は、素直に庭の散策に出かけている。
ガゼボには、すでに大人と呼ばれる歳になった、だが「子供」が2人。
ヴィクトロスの気配は感じているものの、姿は見えなかった。
子供扱いされていると感じるからか、ナルが不機嫌になってしまうので、隠れているのだろう。
「シェルニティと、シた?」
ひくっと眉が引き攣りかけるのを、堪える。
ここで、少しの動揺でも見せれば、たちまち「餌食」になると知っていた。
彼らは、大人と呼ばれる歳になっても、好奇心に飢えている。
1度、食いつかれれば、その好奇心が満たされるまで離そうとはしないのだ。
「私たちの私的な行動について、話す必要はないのじゃないかな?」
「あーあ、やっぱりな」
「だと、思いましたよ」
2人が、呆れ顔を突き合わせている。
そして、2人して、大袈裟に肩をすくめた。
「婚姻するという話を聞いてから、半年以上が経っていますが、進展していないのではないですか?」
「してたら、シてるだろ。シてねーってことは、してねーんだよ」
彼も、気にはしている。
リンクスの言う「シている」かどうかはともかく、婚姻については考えていた。
シェルニティは、大きなショックを受け、半年近くも寝込んでいたのだ。
だいぶ明るさも取り戻し、この屋敷にも来ると言ってくれたけれども。
(シェリーは、まだ本調子とは言えない。だいたい、今の状況で、婚姻の話など、無神経に過ぎる)
彼自身、キサティーロのいない日々に、まだ馴染めていない。
シェルニティが、心に受けた傷のこともある。
そのため、どうしても言い出せないのだ。
8ヶ月ほど前には簡単に言えていた言葉が、喉の奥につっかえていた。
『ところで、式のことなのだがね』
とても、そんな調子で、口にすることはできない。
シェルニティが、どう反応するかもわからないし。
「あまり寝ていないという話も聞きましたよ」
「あまり、じゃなくて、ちっともだよ、ナル」
アリスだけではなく、リンクスも、時々は、森の家を訪れていた。
窓から小さ目の烏が覗いているのに、何度か気づいたことがある。
どうも、リンクスは、アリスの背中を追っている気がしてならない。
良くないところばかり似てきても、困る。
「元々、私は、それほど睡眠を必要としない体質だ。心配には及ばないよ」
言いたい言葉を我慢して、努めて穏やかに、遠回しに諭した。
彼らとて、もう大人なのだ、一応。
言われる前に行動を正すと、信じたい。
「よっきゅー不満なんじゃねーの?」
「放蕩もやめているしね。あり得る話だよ」
「タマっちゃってんだな。だから、寝れねーんだ」
ぴき。
彼のこめかみが、引き攣った。
彼らは、貴族を好まない。
リンクスは彼と同じく貴族らしくない貴族だし、ナルは王族だからこそ貴族の「好ましからざる」部分を嫌っていた。
そんな2人が民服を着ては、街に繰り出していると知っている。
そこでの「大人の会話」も、ちょくちょく耳にしているのだろう。
表現が豊かな民言葉を否定はしない。
しないけれども。
「体と心の求めに、行動が伴わないのは、つらいらしいからね」
「なんだそれ? シたくても、元気になんねーってコト?」
「そうしたいって思うのに、できる状態にならないって話を聞いたことがある」
「うわー、ヒサン! へなへなの、へにょへにょなんだな」
ぴきぴきぴき。
彼らは大人になったのだから、と言い聞かせたが無駄だった。
禄でもないことばかり覚えてきているだけの者を「大人」とは言わない。
そして、大人をからかうと痛い目に合うと思い知らせておくべきなのだ。
ぱちん。
「うわっ!!」
「あわっ!!」
遠くから、バターンという音が聞こえてくる。
昼食前ではあるが、2人を納屋に閉じ込めた。
もちろん、昼食だって抜きだ。
(しばらく、そこで反省していたまえ)
集言葉を使い、納屋にいる2人に呼び掛ける。
集言葉は即言葉とは違い、複数で同時に会話のできる魔術だ。
(ジョザイアおじさん、大人げねーぞ!)
(そうですよ! 些細な冗談ではないですか!)
(冗談も過ぎれば、相手を不愉快にするとの教訓になるだろう)
彼ら2人の力では、どうやったって納屋からは出られない。
そして、納屋に置いてあるものにもさわれない。
つまり、なにもすることがないため、非常に退屈な時間を過ごすことになる。
納屋に閉じ込めるのは「お仕置き」だが、彼らが無駄に怪我をしないようにとの配慮ではあるのだけれど、それはともかく。
(ジョザイアおじさんの、ヘタレ!!)
(そうですよ、ジョザイアおじさんは、臆病です!!)
(きみたちは、また……なにを言っているのかね?)
(シェルニティに拒否されんのが怖くて、ビビってんだろ!)
(彼女、独り言をつぶやいていたそうですよ。式の話をしないから、もう婚姻の話はなくなったのかもしれないって)
頭から、彼らに対する「説教」が消し飛ぶ。
黙っている間にも、ナルとリンクスは容赦なく、彼を責めたててきた。
(ベッドにも来てくれないって、シェルニティ、言ってたぞ!)
(シェルニティから誘うなんてできるわけがないでしょう? 見損ないましたよ、女性に誘わせるような野暮ったい人とは思いませんでした!!)
(ジョザイアおじさん、チョー恰好ワリーよ!)
まさか、と思う。
これは、口から出まかせに決まっている。
シェルニティが、そんなことを言うはずがない。
が、しかし、彼が、あれ以来、彼女のベッドで眠っていないのも確かだ。
(ジョザイアおじさんが婚姻する気ねーなら、マジ、オレが求婚するからな!)
言葉に、ハッとなる。
このままでは勝手な解釈をされ、ないことないことをシェルニティに吹き込まれかねない。
(シェリーとは婚姻する。きみの出る幕はないよ、リンクス)
それだけ言って、集言葉を切った。
彼らの言葉を、それ以上、聞く気はなかったからだ。
そうでなくとも、混乱しているのに。
(……混乱? 私は、混乱しているのか……?)
たかが子供2人の言葉に振り回されている。
情けなくて、恥ずかしくなった。
「あら? ナルとリンクスが来ていたのではないの?」
「し、シェリー……?」
驚いて、パッと振り返る。
彼としたことが、シェルニティが近づいていることにも気づかずにいた。
シェルニティは、きょとんとした顔で、首をかしげている。
(あるはずがない……彼女は、とても傷ついていて……そして……そして……)
とても美しかった。
光を受けて、金色のように見える瞳。
その瞳には、はっきりとした意思、そして、彼への愛がある。
以前よりも、ずっとずっと、シェルニティは、美しく輝いていた。
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