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見えてきたものとは 1

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 シェルニティは、目を開いた。
 いつまでも、気を失っている振りをし続けてもいられない。
 逆に、装っていることが露見してしまうほうが危ういと判断してのことだ。
 
「よう、目が覚めたかい、ご令嬢」
 
 言葉は軽いが、口調は、ひどく冷淡だった。
 王太子と一緒に、屋敷に来た時とは違い、シェルニティを突き放しているのが、明らかにわかる。
 隣にいる男性も、冷たくシェルニティを見下ろしていた。
 金色の髪に、緑色の瞳の男性を、シェルニティは知らない。
 
 シェルニティの視線に気づいたのだろう。
 カイルが、その男性のほうに顔を向けた。
 
「自己紹介でもしたらどうだ? 誰だ、こいつ?って顔して見られてるぜ?」
 
 男性は、とても不快そうに顔をしかめる。
 が、すぐに、嫌な笑みを浮かべた。
 シェルニティを嘲笑する笑みだ。
 
 さりとて、これにもシェルニティは慣れている。
 シェルニティをまともに見なかった人々は、影で、よくこういう顔をしていた。
 たとえば、ブレインバーグやレックスモアの屋敷のメイドや執事とか。
 だから、なんとも思わずにいる。
 
 そもそも、知らない相手だ。
 嘲笑されでも、シェルニティは傷ついたりはしない。
 これが、リンクスやナルであれば、大いにショックを受けただろうけれども。
 
「私はウォルト。認知されていないので、ブレインバーグを名乗ることのできない卑しい身の者です」
「あなたは、お父さまの息子……私のお兄さまなのですか?」
 
 瞬間、カイルが、ぷはっと吹き出した。
 ついで、声をあげて笑い出す。
 ウォルトと名乗った男性も、一緒になって笑っていた。
 
(まただわ。私は、なにも面白いことは言っていないのに、なぜ笑うのかしら)
 
 さりとて、彼やキサティーロに笑われるのとは、感覚が違う。
 彼とキサティーロの場合は、微笑ましいといった、優しい笑いなのだ。
 カイルとウォルトの笑いには、馬鹿にしたような雰囲気が感じられた。
 なにに対して馬鹿にされているのか、それが気になる。
 さすがに、笑われているだけでは、理由の推測ができない。
 
「お兄さまは、やめてくれないか。お前とは、血が繋がっていないよ」
「では、お父さまの息子ではないのですね」
「そういうことだな。こいつは、俺の従兄弟なんだ」
 
 シェルニティは、無意識に、うなずく。
 2人の会話から、身内だと気づいていたからだ。
 シェルニティの態度をどう思ったのか、カイルが、ぴくっと眉を吊り上げる。
 
「公爵から聞いてたのか?」
「いいえ。聞けるはずがないでしょう? 彼が、どこにいるかもわからないのに」
「それなら、なんで驚かない?」
「だって、あなたがたの瞳は同じ色をしていますもの」
 
 会話から気づいたとは言えなかったが、2人の瞳が似ているのも事実だ。
 深い緑は、身内と言われれば、納得できるほどだった。
 
「あんたの父親が愛妾にしてた女も、目は緑だったぜ?」
「そうなのですか。それは知りませんでした。私は、本邸から出たことがなかったので、その女性とは面識がありません」
「そういや、そうだったな」
 
 それで、カイルは納得したらしい。
 シェルニティは、別のことを考えている。
 ひとつ、わかったことがあった。
 
(彼は、ブレインバーグの別邸にいるのだわ。愛妾の女性を、お父さまは、そこに囲っていると聞いたことがあるもの)
 
 カイルは「公爵に聞いたのか」と言ったのだ。
 つまり、ウォルトが父の息子ではないことを、彼は知っている。
 彼には血脈が見えると、シェルニティは聞かされていた。
 きっと、2人が従兄弟であることも、カイルに告げたに違いない。
 
 だとすれば、彼は、父とウォルトを同時に見たことになる。
 
 彼は、父に会いに行くと言って出た。
 なのに、父とウォルトを同時に見たということは、別邸に行ったということだ。
 そして、そこに閉じ込められている。
 ディアトリーの言葉が、裏付けていた。
 
(彼らは、早期に事を終わらせようとしているのね)
 
 なにをする気かはともかく、すぐにも目的を達成する気でいる。
 ブレインバーグの別邸に、いつまでもは、彼を閉じ込めておけない。
 目的を達成する前に、誰かが別邸を訪ねれば、計画が破綻する。
 仮に、人ばらいをしていたとしても、長くはたない。
 父が、人ばらいに気づかないはずがないのだから。
 
「それで、ここは、どこなのでしょう?」
 
 彼の居場所はわかった。
 が、自分のいる場所がわからない。
 
 見たことのない部屋だ。
 とはいえ、シェルニティにとっては、ほとんどの場所が「見たことのない場所」ではあるのだけれど、それはともかく。
 
「王宮だよ」
「王宮……あなたの、お部屋ということですか?」
「へえ。意外と、頭が回るんだな、あんた」
「褒めていただいて、ありがとうございます。ですが、あなたは王太子殿下の側近ですから、そう思っただけですわ」
 
 謙遜でも、警戒心からでもなく、シェルニティは答えている。
 本当に、そう思っただけだったのだ。
 王宮は、誰でもが入れる場所ではない。
 しかも、重臣以上でなければ、私室は持てなかった。
 
 ここが私室でないのなら、人ばらいはできないので、ほかにも侍従や侍女がいたはずだ。
 けれど、室内には、カイルとウォルト、それにシェルニティしかいない。
 結果、王太子の側近という立場であるカイルの私室ということになる。
 
「世間知らずだと、怖いもの知らずにもなるのでしょうかね? 怯えるでもなく、泣きわめくでもなく、淡々としていますよ、彼女」
 
 ウォルトの言葉に、カイルがわざとらしく「悲しげな」顔をした。
 
「この、ご令嬢は、放ったらかしにされて育った。だから、感情の起伏ってもんが少ないんだよ。最近、ようやく、まともになってきたところなのさ」
 
 言ってから、今度は、シェルニティに視線を向ける。
 さっきより、さらに冷淡な瞳をしていた。
 冷酷とも言えるほどの色が満ちている。
 
「そのままでいりゃ、よかったのにな。なまじ呪いを解いたりするから、酷い目に合うんだよ。せっかく叔母さんが、あんたに呪いをかけてやったのに」
「このかたの、お母さまが私に呪いを?」
「そうさ。叔母さんはな、ウォルトがブレインバーグの当主になるのを望んでた。そのために命まで張ったんだぜ? なのに、あんたの父親は、いつまで経っても、認知しなかった。ウォルトを認知する気なんかなかったからだ」
 
 シェルニティは、言葉を返さずにいた。
 父のしたことに罪悪感を覚えたとかいった感情からではない。
 やはり、状況の把握に努めている。
 
(愛妾だった女性は、お父さまが、正妻と側室を娶ったので焦ったのね。偶然かはともかく、ちょうどカイルの叔母様が子を成していた。その子を引き取り、父との子だと偽ったのだわ)
 
 そして、我が子のために、カイルの叔母は側室をそそのかしてまで、呪いをかけた。
 側室を間に挟んだのは、自らの手で実行する理由がなかったせいだ。
 下手をすれば、すべてが明るみになってしまう。
 それでは、ウォルトがブレインバーグの当主になる可能性を潰すことになる。
 
 自分の出した結論に、シェルニティは、眉をひそめた。
 ちょっぴり腹が立っている。
 
(本当に、お父さまのとばっちりじゃない。呪いのことも今回のことも、お父さまの放蕩が原因だったのだわ!)
 
 問題が解決したら、彼と、父のことを話し合わなければならない。
 今後、2度と、こうしたことに巻き込まれないために。
 
「カイル!」
 
 唐突に、バタンっと扉が開く音がする。
 びっくりして振り向くと、そこには王太子が立っていた。
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