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目的と原因 1

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 いつの間には、カイルとウォルトは、室内から外に出ている。
 開いた扉の向こうに、2人で立って、彼のほうを見ていた。
 面白そうに口元を緩め、笑っている。
 
「案外、あっさり捕まえられましたね」
「あのな。ここまでするのに、俺は、すごく頑張ったんだよ。公爵が網にかかったのは、確かに、あっさりだったけどな」
 
 彼は、2人の会話を聞き流していた。
 確認すべきことが、たくさんあったからだ。
 
(どうやら、私は、この部屋から出られないらしい。外との連絡も取れない、か)
 
 転移もできず、即言葉そくことばにも反応がない。
 キサティーロとの連絡も遮断されている。
 魔術が使えないわけではないのだが、なにしろ窮屈だった。
 体が重く、思うように動けない。
 
 彼には、魔術発動の際の動作は不要だ。
 意識するだけで発動はできる。
 さりとて、その「意識」にも問題があった。
 集中力を欠いている。
 
 彼にとっては、初めての経験だ。
 
 状況を把握しようとしても、思考が、するすると抜け落ちていく。
 どうしても、ひとつのことに集中できずにいた。
 
(私の自惚うぬぼれが原因だと、認めざるを得ないな)
 
 自分に歯向かってくる者などいはしない。
 たとえいたとしても、簡単にねじ伏せられる。
 そう思っていた。
 油断していたというような、一時的なものではない。
 
 ロズウェルドに、ローエルハイドがあらわれて以降「人ならざる者」に敵対しようとした者などいなかった。
 
 もとより、誰もが敵わないと知っている。
 だが、カイルは勝ち目のない戦いを放棄し、目的の達成を、第一義としたのだ。
 彼に勝つ必要はなく、打ち倒す必要もないと。
 
 人ならざる者の自惚れであったと、彼は反省する。
 まさか自分を「囮」にするという奇抜な策を講じてくるとは予測していなかったからだ。
 
「写真は、もういいのでしょう? 看髄かんずい模画かたがを解いてもかまいませんか?」
「かまわないぜ。1度に2種類は、さすがにキツいもんな」
「そうなんですよ。体のあちこちが痛くてたまりません」
 
 言いながら、ウォルトが、なにかを口にしている。
 視界もはっきりしておらず、よく見えない。
 たぶん、飲んでいた薬の効果を消すためのものだろう。
 
(彼が撮っていたのは、私だな。イノックエルを撮りたがるとは思えない)
 
 模画は、見ている光景を写真に撮る魔術だ。
 その模画と、かけられた者の周りの景色を見ることができる看髄とを連動させれば、その者が見ている景色を写真に撮れる。
 ウォルトは、自分に看髄と模画をかけていた。
 それにより、己が見ている景色を、写真に撮ったのだ。
 
 魔術を使えば、彼に露見する。
 だから、薬で代替していた。
 効果自体は低くても、魔術師を欺くには最適な手だと言える。
 彼もそうだが、魔術師は、魔力を基準に相手を測るからだ。
 
「なあ、公爵。あんたは、なんでもきちんと心得ているんだろ? だったら、俺がこれからどこに行くか、それもわかってるか?」
「さぁね。魔術と同じく、私も万能ではない。きみの気まぐれまで心得ておく気はないよ。だいたい、自分が、このような様ではね」
 
 肩をすくめてみせたかったが、体がままならない。
 代わりに、溜め息をついてみせた。
 
「あんたが、いつ気づいて、ここに来るかと思って、楽しみに待ってたんだぜ? トリーから連絡があった時には、歓声をあげたくらいにさ」
「そうかい。面倒な手を打たなくても、呼んでくれさえすれば、正装をして、いそいそと駆けつけただろうに」
 
 トリーというのは、ディアトリー・ラドホープに違いない。
 やはり、ディアトリーもカイルと関係があったのだ。
 
「俺はね、長く貴族ってもんを嫌ってきたんだ。奴らを駆逐する手段がないかって、そりゃあもう必死だった。少しばかり光明が差してきたところで、あんたが、その邪魔をしたんだよ」
「前もって言ってくれないからさ。知っていれば、邪魔なんてしなかったよ」
「どうだかな。それでも、あんたは邪魔をしただろうし、今も邪魔になってる」
 
 カイルが、目つきを鋭くする。
 残忍な印象を持つ、その姿が、本性に違いない。
 目的を果たすためなら、手段を選ばない者の目だ。
 
「あの女の呪いを解いたことを後悔するんだな」
 
 その言葉で、明確になった。
 カイルの目的は、貴族を潰すことだが、そう思うには原因がある。
 
 イノックエル・ブレインバーグ。
 
 カイルが憎み、ウォルトも憎んでいる共通の相手。
 シェルニティは、その娘だ。
 だから、カイルはシェルニティを狙っている。
 彼は、シェルニティを釣り上げるための餌に過ぎない。
 
「あんたは、あの女の呪いを解いた。しかも、婚姻までしようとしてる」
「イノックエルの地位向上のためではなかったのだがね」
「結果としては、そうなってるんだよ」
「それなら、イノックエルを殺せばすむ話じゃないか」
「あんたには、わかってるはずだぜ?」
 
 命を刈り取ることは、罰に成り得ないことがある。
 そこに苦痛があるかどうか。
 罰のようとは、そういうものだと、彼は思っていた。
 カイルも、彼と同じ考えを持っている。
 
「殺すだけでは不足かい?」
「大いに不足だね」
 
 カイルの瞳には、強烈な憎悪が浮かんでいた。
 それほど、イノックエルを、そして貴族を憎んでいる。
 
「カイル、そろそろ行きませんか?」
「ああ、そうだな」
 
 カイルがウォルトにうなずいてから、再び、彼に視線を投げてきた。
 そして、嗤う。
 
「安心してくれ。あの女は殺さない」
 
 残忍さを含んだ声で、カイルは言葉を付け足した。
 
「生きているのが、嫌になっちまうかもしれないけどな」
 
 2人の姿が、視界から消える。
 同時に、音を立てて扉が閉まった。
 そのせいなのか、より圧迫感が強まる。
 
 彼は、定まらない思考で考えていた。
 この部屋は、いったいどうなっているのか。
 自分に、なにが起きているのか。
 それがわからなければ、シェルニティを助けに行くことはできないのだ。
 
 『あなたは大きな魔術が使えるし、とても強いけれど、なんでもできるというわけではないのだもの……あなたを失ったらと思うと……とても怖いわ』
 
 シェルニティの声が聞こえる。
 確かに、自分は、なんでもできるわけではない。
 この部屋から出ることすらできずにいるのだから。
 
 思った時、彼の頭にある膨大な情報が、一気に集約されていく。
 そこに、求める結果があった。
 あまり良い結果ではなかったけれど、それはともかく。
 
「彼らは、シェリーを見縊みくびり過ぎているな」
 
 シェルニティは、彼の予測すら、右斜め上に越えてくる女性なのだ。
 彼のことを叱り飛ばす女性でもある。
 
「シェリー、きみは私を信じてくれているね。私も、きみを信じているよ」
 
 彼は、思うようにならない体を、なんとか動かし、扉の前に立った。
 目を伏せ、ただシェルニティのことだけを想う。
 
「私の愛しいシェリー。どうか、私を呼んでおくれ」
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