44 / 64
真実と事実 4
しおりを挟む「え…………」
ドリエルダは、間の抜けた声を出す。
言われたことが予想外過ぎて、思考が停止していた。
次の言葉も出て来ない。
タガートと一緒に馬車でハーフォーク伯爵家に来ている。
対応しているのは執事だが、隣にメイド長もいた。
嫌な顔をして、ドリエルダを見ている。
「では、ジゼルは屋敷にいないのか」
「は、はい、さようにございます、タガート様」
執事は、朝から訪ねてきたタガートに戸惑っていた。
そのせいか、ジゼルとの面会を申し入れた時には、あれこれ言い訳じみたことを口にしている。
要領を得ない話しぶりに、苛々していたのは、ドリエルダだけではなかった。
タガートも口調を厳しくして、執事を問い質している。
『ジゼル様は、伯爵夫人のご実家に向かわれました』
そう執事は答えたのだ。
つまり、さっきタガートが言ったように、ジゼルは屋敷にいない。
「昨日、ずいぶんと落ち込まれた様子でお帰りになってすぐのことにございます」
執事ではなく、隣からメイド長が口を挟んでいた。
ドリエルダを憎々しげににらみつけてくる。
メイド長はジゼルの乳母でもあった人物だ。
ドリエルダを気に食わないと思っている。
メイド長は、彼女がハーフォークにいた頃から、つらくあたっていた。
「長く心を寄せていた男性を、どこかのご令嬢に奪われて、大変、傷ついておいででした。そのご令嬢がまともなかたであれば、ジゼル様も納……」
「よせ、それ以上、言うことは、私が許さない」
メイド長が、ふいっと横を向き、口を閉じる。
いかにも不満といった態度だった。
ベルゼンドはハーフォークの上位貴族だが、ハーフォークは、それなりに力を持っている。
それをメイド長も知っているのだ。
仮にメイド長を罰するとしても、タガートは、ハーフォーク伯爵に依頼をしなければならない。
伯爵は、きっと、のらりくらりと逃げ、適当な罰しか与えないだろう。
その上で、周囲に「不当な扱いを受けた」とタガートを非難して回る。
伯爵が、やりそうなことだ。
ジゼルに警告するよりも、犯人となるはずの者たちを止めるほうを選びたかったのには、それもある。
ハーフォーク伯爵家の者たちは、みんな、ドリエルダを嫌っていた。
ジゼルからタガートを奪ったとも思われている。
彼女がジゼルを助けようとしているだなんて信じるはずがない。
むしろ、ドリエルダへの憎悪がタガートに飛び火する可能性が高かった。
「いつ頃、向こうに着く予定だ?」
「馬車で2日ほどはかかりますので……明日か、明後日あたりかと」
「護衛はつけて出たのか?」
「もちろんにございます、はい。当家で雇い入れております魔術師が1人。それに騎士を4人、護衛につけました」
タガートは、なにか考えているらしく、眉をひそめている。
ドリエルダも落ち着かない気分になっていた。
(魔術師が一緒なら、ジゼルが道中で攫われる心配はないわよね……)
ドリエルダが見た「犯人」は、ベルゼンドの領民だ。
魔力を持たない彼らでは、魔術師からジゼルを奪うのは不可能だった。
いったいどういうことなのか、ドリエルダもわからずにいる。
「ジゼルは、いつ帰る予定だ?」
「しばらくはお帰りになられないかと」
「しばらく? そのような曖昧な……っ……」
「しかたありませんでしょう」
メイド長が、またも口を挟んできた。
執事の弱腰に、メイド長も苛ついているらしい。
タガートと真っ向からやり合うつもりだ。
「今さらになって、お気遣いくださることに意味がありますか? タガート様が、もっと早くジゼル様のお気持ちを汲んでくださっていれば、お1人で屋敷を離れることはなかったでしょう」
「そもそも、私は婚約をしていた身だ。ジゼルに期待させるようなことは何もしていない」
「ですが、タガート様は、すでに婚約を解消されておられます」
「だからといって、ジゼルに求婚した覚えはないがな」
タガートもメイド長の不躾な言い様に腹を立てている。
だが、今は罵り合っている場合ではないのだ。
ジゼルの命が懸かっている。
ドリエルダは理性を発揮させ、冷静な口調で訊いた。
「おおよそでもかまわないわ。あなたはジゼルのことを良くご存知でしょう? それなら予測がつくのではないの? 彼女が、どの程度、向こうにいるか」
メイド長は、はなはだ不本意という顔をしつつも、答えを返す。
ジゼルを良く知っていると言われたため、知らないとは言えなかったのだろう。
「……1ヶ月は、お帰りになられないかと」
「なぜそう思う?」
タガートの詰問口調に、メイド長が目つきを険しくした。
だが、言い返すことはせず、タガートの問いにも答える。
「いつもあちらに行かれますと、そのくらい滞在されておられます。今回は……もっと長くなるかもしれませんけれど」
メイド長は嫌味たらしく言いつつ、ちらっとドリエルダに視線を投げてきた。
ハーフォークはなにも変わっていないと、うんざりする。
いつまで経っても、ドリエルダは差別の対象なのだ。
きっとメイド長は「お前のせいだ」と言いたいに違いない。
「わかった。もういい」
タガートが、ドリエルダのほうに顔を向ける。
どんな顔をしていいのか、わからなかった。
「とりあえず帰ろう」
「そうね……」
ここにいてもジゼルには会えない。
メイド長はともかく、執事が嘘を言っているとは思えなかったのだ。
魔術師と騎士の護衛つきで、昨日の夕方、ジゼルは屋敷を出た。
これは間違いないと言える。
そして向こうにつくのは、明日か明後日。
帰ってくるのは、おそらく、1ヶ月後。
(だとすると……攫われる時期が合わない……)
行きで襲われるとなると最短の10日後にもあてはまらないし、帰りとなると20日を過ぎてしまう。
どちらにしても、夢が現実になる「隙」がない。
タガートとともに馬車に乗り込みながら考えこむ。
あれは、ただの普通の夢だったのだろうか。
とはいえ、今まで1度だって現実にならない夢など見たことがない。
見過ごしにして罪悪感をいだき続けてきたのは、そのせいだ。
ドリエルダの見た夢は、必ず現実になる。
「ゲイリー……どういうことだか、私……」
ジゼルが攫われる可能性は、限りなく低くなっていた。
結果がこれでは、夢の話を疑われてもしかたがない。
しかもドリエルダは犯人を「ベルゼンドの領民」だと言っている。
タガートがどれほど領地や領民を大事にし、苦労してきたのか、知らないわけではなかったのに。
「屋敷に帰ったら、護衛につけたという魔術師に繋ぎを取ってみよう。ジゼルが途中で引き返しているかもしれない」
「そんなことができるの?」
タガートが少しだけ微笑む。
彼は、まだ自分の話を信じようとしてくれているのだと、胸が痛くなった。
だから、できるだけのことをしようとしている。
「魔術師にも格というものがあってね。これは上位貴族と下位貴族の関係に似ているのだよ。ベルゼンドが雇っている魔術師ではシャートレーの魔術師に繋ぎは取れないが、ハーフォークなら取れる。給金の差というところかな」
冗談めかして言うタガートに、申し訳なさが募ってきた。
もしこれでなにも起きなかったら、彼を無用に振り回しただけになる。
もちろんなにも起きないことを願ってもいるのだけれど。
「ごめんなさい、ゲイリー……本当に、ごめんなさい……」
「なにも起きなければ、それでいいだろう? ジゼルの無事が確認できれば安心して眠れるさ」
「でも……私は……あなたの……夢を壊してしまうところだったわ……」
領地改革をするのだと、楽しげに語っていたタガートの姿が記憶に残っている。
初めて羊の毛刈り鋏を手にした時は、誰からも相手にされていなかったらしい。
侯爵家の子息が気まぐれに遊びに来ただけ、程度の扱いだったのだそうだ。
けれど、この前、一緒に領民の家を訪ねた時は、まるで違った。
家人は、2人を暖かく迎えてくれている。
そこに至るまで、タガートはどれほど努力をしただろう。
ドリエルダは元は平民であり、ハーフォークでは差別されていた。
だから、わかるのだ。
平民が貴族を信頼するのが、いかに難しいことかを。
それをタガートは十年かけてやってのけた。
彼が「領民を疑うことはできない」と言うのは、当然だったのだ。
「DD、私もきみも、正しいと思うことをしている。それだけのことなのだよ」
ドリエルダの視線の先でタガートは微笑んでいる。
その笑みを見て、ドリエルダは泣きたくなった。
自分の正しさとはなにか。
頭に浮かんだ、自分自身のその問いに、彼女は答えられなかったのだ。
0
お気に入りに追加
633
あなたにおすすめの小説
ウソつき殿下と、ふつつか令嬢
たつみ
恋愛
伯爵家の1人娘セラフィーナは、17歳になるまで自由気ままに生きていた。
だが、突然、父から「公爵家の正妻選び」に申し込んだと告げられる。
正妻の座を射止めるために雇われた教育係は魔術師で、とんでもなく意地悪。
正妻になれなければ勘当される窮状にあるため、追い出すこともできない。
負けず嫌いな彼女は反発しつつも、なぜだか彼のことが気になり始めて。
そんな中、正妻候補の1人が、彼女を貶める計画を用意していた。
◇◇◇◇◇
設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。
R-Kingdom_10
他サイトでも掲載しています。
放蕩公爵と、いたいけ令嬢
たつみ
恋愛
公爵令嬢のシェルニティは、両親からも夫からも、ほとんど「いない者」扱い。
彼女は、右頬に大きな痣があり、外見重視の貴族には受け入れてもらえずにいた。
夫が側室を迎えた日、自分が「不要な存在」だと気づき、彼女は滝に身を投げる。
が、気づけば、見知らぬ男性に抱きかかえられ、死にきれないまま彼の家に。
その後、屋敷に戻るも、彼と会う日が続く中、突然、夫に婚姻解消を申し立てられる。
審議の場で「不義」の汚名を着せられかけた時、現れたのは、彼だった!
「いけないねえ。当事者を、1人、忘れて審議を開いてしまうなんて」
◇◇◇◇◇
設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。
R-Kingdom_8
他サイトでも掲載しています。
変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ
奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。
スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな
口下手公爵と、ひたむき令嬢
たつみ
恋愛
「放蕩公爵と、いたいけ令嬢」続編となります。
この話のみでも、お読み頂けるようになっております。
公爵令嬢のシェルニティは、18年間、周囲から見向きもされずに生きてきた。
が、偶然に出会った公爵家当主と愛し愛される仲となり、平和な日を送っている。
そんな中、彼と前妻との間に起きた過去を、知ってしまうことに!
動揺しながらも、彼を思いやる気持ちから、ほしかった子供を諦める決意をする。
それを伝えたあと、彼との仲が、どこか、ぎこちなくなってしまって。
さらに、不安と戸惑いを感じている彼女に、王太子が、こう言った。
「最初に手を差し伸べたのが彼でなくても、あなたは彼を愛していましたか?」
◇◇◇◇◇
設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。
R-Kingdom_9
他サイトでも掲載しています。
伯爵様のひつじ。
たつみ
恋愛
伯爵領で牧童をしている平民のベルセフォネには憧れの人がいる。
それは「遺影の伯爵」と呼ばれている領主様だ。
2百年間、誰も会ったことがない伯爵様は、実は彼女の婚約者。
牧場支援金増額のための口実だとわかっていても、恋心は捨てられない。
そんな彼女と伯爵様との恋は、周囲の慌ただしさとは逆に、のんびりもたもた。
両想いなのに進展しない2人の話。
◇◇◇◇◇
設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会とは大きく異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。
世話焼き宰相と、わがまま令嬢
たつみ
恋愛
公爵令嬢ルーナティアーナは、幼い頃から世話をしてくれた宰相に恋をしている。
16歳の誕生日、意気揚々と求婚するも、宰相は、まったく相手にしてくれない。
いつも、どんな我儘でもきいてくれる激甘宰相が、恋に関してだけは完全拒否。
どうにか気を引こうと、宰相の制止を振り切って、舞踏会へ行くことにする。
が、会場には、彼女に悪意をいだく貴族子息がいて、襲われるはめに!
ルーナティアーナの、宰相に助けを求める声、そして恋心は、とどくのか?
◇◇◇◇◇
設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。
R-Kingdom_2
他サイトでも掲載しています。
うっかり王子と、ニセモノ令嬢
たつみ
恋愛
キーラミリヤは、6歳で日本という国から転移して十年、諜報員として育てられた。
諜報活動のため、男爵令嬢と身分を偽り、王宮で侍女をすることになる。
運よく、王太子と出会えたはいいが、次から次へと想定外のことばかり。
王太子には「女性といい雰囲気になれない」魔術が、かかっていたのだ!
彼と「いい雰囲気」になる気なんてないのに、彼女が近づくと、魔術が発動。
あげく、王太子と四六時中、一緒にいるはめに!
「情報収集する前に、私、召されそうなんですけどっ?!」
◇◇◇◇◇
設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。
R-Kingdom_11
他サイトでも掲載しています。
死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話
みっしー
恋愛
病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。
*番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる