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真実と事実 2
しおりを挟む「これは、どういうことっ? あなたたち、私が誰だか、わかっているの?!」
1人の女性を、2人の男性が捕まえている。
近くに、もう1人、見張り役と思しき男性が立っていた。
3人とも民服を着ている。
女性は貴族らしいドレス姿だ。
手を体の後ろで縛られていた。
両脇を掴まれ、引っ立てられるようにして歩かされている。
周囲は暗く、よく見えない。
だが、街でないのは確かだ。
砂や石、枯草の残った地面が見える。
その先に、ぽつんと家があった。
手入れはされていないらしく、屋根には、所々、穴が空いている。
扉も質素な木でできていて、しかも歪んでいた。
その扉を男性の1人が開き、女性を押し込む。
もう1人も中に入り、扉を閉めた。
縛られている女性は床に倒れている。
先に入っていた男性が蝋燭に火をつけた。
そこで、ようやく、ぼんやりとだが、室内が見えるようになる。
家というより小屋だ。
室内は狭く、脚の折れたイスと、雨水に腐り落ちたらしきテーブルしかない。
床板も反り返っていて、あちこち剥がれかけている。
「なあ……どうすんだよ。本気でやるのか?」
「しかたないだろ。ここまでやっちまったんだ。もうやるしかねぇんだよ」
「けど、ばれたら、本当にただじゃすまないぞ?」
「そんなことは、俺だってわかってる」
男性2人が言い合いをしていた。
意見が一致しているわけではなさそうだ。
だが、2人ともやりたくてやっているのではない、というのはわかる。
「やらなきゃ……どうなるか……」
「そうだな……しかたないんだ……」
「大丈夫だ。奴が金さえ払えば、それで終わる」
「ああ……娘のためなら、奴も金を払うだろう」
どうやら金目当てで女性を攫ったらしい。
生活に困っているのだろうか。
身なりは、さほどみすぼらしくはなさそうだ。
とはいえ、暮らしぶりまではわからない。
「お父さまは、お金を払ってくださるわ……だから、殺さないで……」
女性の声が聞こえる。
その言葉に、男性2人は、狼狽えていた。
また、ひそひそと話し合っている。
人殺しは重罪だ。
さすがに、そこまでする気はないのだろう。
なのに、2人は言い争っている。
1人は嫌がっていて、もう1人も嫌がってはいるが、決意は固そうだった。
「きっと払ってくださるから……」
女性が、体をわずかに起こす。
蝋燭の明かりに、その顔が見えた。
瞬間、ハッとする。
「もう黙ってろ!」
「よせよ、乱暴に扱うな」
苛立たしげに怒鳴る男性と、止めている男性。
その2人の顔も蝋燭に照らされた。
見覚えのある顔だ。
(どうして……? なにが起きてるの……?)
その時だった。
扉が開き、3人目が入ってくる。
手に斧を持っていた。
ぞくりという寒気に襲われる。
「やめて……っ……」
女性の悲鳴と男性たちの怒鳴り声。
大きな物音も聞こえた。
反射的に、彼女自身も叫ぶ。
(ジゼルッ?!)
がばっと、無意識に体を起こした。
肩が大きく揺れている。
呼吸が乱れていた。
「ゆ、夢……」
どくどくと脈打つ心臓を両手で押さえる。
1ヶ月半ぶりに見た夢だった。
「き、昨日……ジゼルに会ったから……それで……こんな夢を見ただけよ……」
けして「いつもの」夢とは違う。
そう思いたい。
いつも見てきた夢より鮮明ではなかったし、見えた光景も少なかったのだ。
「せ、性格、悪いな、私……いくら、ジゼルが嫌いだからって……」
現実になる夢とは違う、単なる普通の夢だと思おうとする。
だが、声が震えていた。
ドリエルダは「現実にならない」夢は、見ないのだ。
それを彼女自身も知っている。
「……まだ彼に話せてないのに……いきなりこんな話したって……」
昨日は、ブラッドの話をしたところで終わっていた。
タガートが、時間があるうちに街に行ってみようと言い出したからだ。
会えるかどうかわからなかったが、ドリエルダも承知している。
早目に礼を言いたかったし、誰に見られているかもわからないので、タガートが一緒のほうがいいと思った。
そして、ちょうどブラッドも街に出てきており、運良く出会えている。
久しぶりのブラッドは相変わらずだった。
というより、いつも以上に、無表情で、そっけなかった気がする。
本当は、お礼を兼ねて食事でも一緒にするつもりだったのだが、ブラッドは、さっさと帰ってしまった。
そのあと、タガートと街で食事をしてから屋敷に帰ってきている。
忘れていたのではないが、夢の話は、つい後回しにしてしまった。
信じてもらえないか、信じてもらえても薄気味悪がられる。
実母には、それが原因で遠ざけられた。
タガートを信じていても、あまり話したい内容ではなかったのだ。
だから「次に会った時」に話すことにした。
その結果が、これだ。
タガートに打ち明ける前に、次の夢を見ている。
しかも、危険な目に合うのは、見知らぬ誰か、ではない。
「とにかく、彼に話さなくちゃ……っ……」
今のタガートなら、きっと信じてくれるはずだ。
実際には、いつ起きるか不明だが、なにか手が打てるかもしれない。
ともかく、10日から20日後までの間に起きることだけは確かだと言える。
まだ手を打つだけの時間はあるのだ。
すでに夜は明けていた。
ドリエルダはベッドから飛び出し、すぐに着替える。
朝食も取らず、馬を用意してもらった。
執事に、タガートに会いに行くことを伝え、屋敷を出る。
ジゼルのことは嫌っているが、見過ごしにはできない。
最後に見えた、あの「斧」は、どう使われたのか。
考えるだけでも恐ろしくなる。
室内にいた男性2人は、ジゼルを殺すのを躊躇っているようだった。
けれど、外にいた3人目は違う。
仮にハーフォーク伯爵が彼らの言っていた「金」を支払ったとしても、ジゼルは彼らの顔を見ているのだ。
口封じをされる恐れは十分にある。
自分がなにもしなければ、ジゼルは殺される可能性が高い。
ドリエルダは、急ぎ、馬を走らせた。
夢の出来事を回避することしか考えられずにいる。
「今までだって、なんとかやってきたわ。それにタガートと私は婚約を解消したけど、うまくいってる。きっと、今度も……回避できるわよ」
ドリエルダは、夢の出来事を回避したあとの結果を知らない。
良いほうに転がるのが、十人に1人程度しかいないとは知らずにいる。
自分が動くことで、悪い結果を変えられると信じていた。
ベルゼンドの屋敷に着くや、馬から飛び降りる。
朝もまだ早いうちだ。
タガートも出かけてはいないだろう。
扉を叩き、出てきたムーアに、タガートと会いたい旨を伝える。
約束はしていなかったが、追い返されはしないはずだ。
玄関ホールで待っている彼女の前に、タガートが姿を現す。
思っていたよりも、ずっと早く来てくれたことが嬉しかった。
ドリエルダは、すぐさま彼に駆け寄る。
「やあ、おはよう、DD。来てくれて……」
「ゲイリー、話があるの! 今すぐ2人で話せる?」
ドリエルダが血相を変えていると、タガートにもわかったらしい。
真面目な顔つきになり、うなずいてくれた。
タガートに手を引かれ、彼の私室に向かう。
その間、ドリエルダは黙っていた。
細かく話せるよう、できるだけ夢の内容を思い出している。
だが、ジゼルに対する悪感情が邪魔をしていたのか、曖昧な部分が多かった。
(ああ、本当に私ったら……人の命が懸かっているのに……自分が、こんなに性悪だったなんて思わなかった……)
自分を責めながら、タガートとともに、私室に入る。
ドリエルダは、ソファにも座らず、即座に夢の話を始めた。
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