2度目も、きみと恋をする

たつみ

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23.病床の親和

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 バーバラをユリウスの寝室に通したあと、室内にいた者全員が退室した。
 侍従も含め、侍医までもが黙って部屋を出たのだ。
 バーバラが来る前に、そう言いつけられていたのだろう。
 
 婚約者のいる未婚の令嬢という立場を考えれば、バーバラにとって、あまり良い状況とは言えない。
 しかし、相手が王族だからではなく、ユリウスを見舞うことなく退室することはできなかった。
 狙われたのは自分だと、バーバラは確信している。
 
「そんなところに突っ立っていないで、こちらに……」
 
 毒で喉をやられたのか、声がしわがれていた。
 嫌味のないやわらかく甘みを帯びた声が台無しだ。
 ユリウスの横になっているベッドに近づく。
 顔色も悪く、唇にも生気がない。
 
「お目覚めになられて……本当に……」
 
 ぱたぱたっと、勝手に涙がこぼれた。
 競馬場でユリウスが倒れた時は、本当に怖かったのだ。
 声をかけても返事をしないユリウスの体にしがみついていることに、駆け寄ってきた騎士に押しのけられるまで気づかなかった。
 
 馬車の中では険悪で、会話には苛々させられて、あげくの果てには怒鳴られたのに、ユリウスの無事に心からの安堵を感じる。
 
「……も、申し訳、ありません……私のせいで……っ……」
 
 涙とともに、喉がしゃくりあげて、言葉が上手く出て来ない。
 ユリウスの言う通りだったのだ。
 よくわかってもいないのに、出しゃばった真似をして自らを危険にさらした。
 が、結局、ユリウスが、そのツケをはらうはめになっている。
 
「きみが謝ることは、ない……私が事を、急き過ぎただけだ……あのような形で、きみを巻き込むとは……想定外だった……」
 
 ベッドの横にしゃがみこみ、バーバラはうなだれた。
 政争中における失敗が、どれほど恐ろしいものかを初めて知ったのだ。
 たったひとつの些細なしくじり、ではすまされない。
 
「そう、しょげるな……」
 
 ぽんぽん。
 
 ユリウスが手を伸ばし、バーバラの頭を軽く叩く。
 けれど、その手に力はなく、撫でられているような感覚がした。
 そのせいで、さらに涙があふれる。
 
「……お、お気づきのご様子ですが、狙われたのは、私で……おそらく犯人はゼティ、ゼティマの関係者だと……」
 
 言葉を詰らせつつ、自分の推測をユリウスに語った。
 声や手に力はないが、青い瞳にだけは力が宿っている。
 
「王都に着いて以降……私は巻き返すための根回しを、していた。ゼティマに潜らせている配下に……ラセルオンが、カニンガムと手を組む可能性を示唆させ……」
 
 何度も咳き込み、しわがれた声で語りながら、ユリウスが体を起こした。
 バーバラを映す青い瞳に険しさはない。
 彼女の心にある罪悪感と同じものをいだいているようだ。
 
「……ラセルオンを追い詰め過ぎた、ようだ……奴は、ゼティマからも、爪弾きにされている。自らの汚名を、払拭しようと、自棄やけになったの、だろう」
「それで、私に毒を盛ったと?」
「ラセルオンは公爵家の三男……ルウェリンの夜会に、駆り出される程度の立場、だからな。確たる情報が得られなかったという報告も、疑念を助長した、可能性はある……ゼティマは、結束が固い。故意でも偶然でも……裏切りは、許されない」
 
 ラセルオンは、バーバラが酒を飲まないと知っていた。
 家門での立場をなくして追い詰められ、自らの潔白を証明するためにバーバラを殺そうとしたことは有り得る。
 けれど、仮にバーバラが死んでいたら、それこそ、カニンガムを敵に回していたはずだ。
 
(私がラセルオンに殺されてたら、お義父さまたちが第1王子につくはずないわ)
 
 カニンガムと組む気などさらさらないゼティマにとって望むところではある。
 とはいえ、カニンガムにユリウスを支持されても困るのだ。
 ということは、やはり罪をユリウスになすりつけるつもりだったのではないか。
 あたかも過去の政争をやり直すがごとく。
 
 バーバラをユリウスが殺したとなれば、カニンガムは第1王子につくに違いない。
 そして、カニンガムを衰退させることも視野にいれ、ゼティマは、あっさりと第1王子を裏切るのだ。
 すべては中立を破ったカニンガムの陰謀だったなどと言われれば、カニンガムはゼティマだけではなく民衆からも敵視されることになる。
 
(カニンガムが第1王子派になってしまったら、嘘でも陰謀説が真実味を帯びてくる……ラセルオンかどうかはともかく、やっぱり犯人はゼティマ側の人。計算外だったのは、私じゃなくて殿下が毒を飲んでしまったこと)
 
 バーバラは、肩で息をしているユリウスを見つめる。
 様々な状況を考えれば、幸いだったと言えるのかもしれない。
 だが、ユリウスの状態を見ていると「幸い」とは思えなかった。
 
 体を起こしているのも辛いのだろう、額に汗が浮いている。
 懐からハンカチを取り出し、その汗をぬぐった。
 ユリウスが青白い顔に、苦笑いを浮かべる。
 
「気が、弱っているところに、ツケこまれそうだが……それも、悪くはないな」
「……そのようなことは考えておりません」
「さっきは……泣きじゃくって、いたではないか」
「殿下が、ご無事で安心しただけにございます」
 
 ユリウスの手が、バーバラの頬にふれてきた。
 その冷たさに、振りはらう気持ちになれずにいる。
 
「きみの危険を……排除するまで逗留して、ほしい……そう長くはならない……」
 
 わずかな会話しかしていないが、疲れきってしまったらしい。
 ぽとりとユリウスの手がベッドの上に落ちる。
 バーバラは黙って、ユリウスの体を寝かせた。
 目を閉じているユリウスは眠っているようだったけれども。
 
「さっきの泣き顔は、なかなかに可憐だったよ……バービー……」
 
 小さなつぶやきは、退室してからもバーバラの耳から離れなかった。
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