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18.夜会の落ち
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ユリウスの「パートナー」という言いかたには引っ掛かるものがある。
だが、助かったと、安堵する気持ちのほうが強かった。
「ご挨拶が遅れまして、大変、申し訳ございません。ユリウス王子殿下はダンスをお楽しみでしたので、お1人でおられたレドナー伯爵令嬢に声をかけさせていただいた次第にございます」
「そうではなくてね、ラセルオン。私が言いたいのは、そもそもきみは夜会に遅刻しているということだよ。遠路はるばるやって来たのだとしても、招待状は3ヶ月も前に届いていただろう? ひょっとして途中で馬車の車軸でも壊れたのかい?」
ラセルオンをからかうような口調で言いながら、ユリウスがバーバラの隣に立つ。
腕を差し出され、しかたなく手を乗せた。
助かったとは思うものの、少しやり過ぎだとも感じる。
周囲の好奇心に満ちた視線がわずらわしい。
(さっきのパートナーって言いかたもどうかと思うし、すぐに腕を組ませるっていうのも……まるで私を自分のものみたいに扱って……嫌な感じだわ)
どっちつかずな立場を印象づける必要があるのは、理解していた。
バーバラには、どうとでもとれるよう立ち回ることが求められている。
カニンガム公爵家の代理的な立場なのか。
バーバラの個人的な意思によるものなのか。
そして、ユリウスと親密な関係なのか。
解釈は、それぞれに異なるだろう。
自らの都合の良いほうに考えたがる者は多いが、逆に慎重さから最悪を想定する者も少なからずいる。
さらには、男女を問わず政治に頓着しない者は、醜聞に惹かれがちだ。
「少し厳し過ぎたかな。だが、順位付けを無視していては、王族などやっていられないからね。たまには引き締めておかなければと、肩肘を張ってしまったのだよ。まぁ、私のことは気にせず、踊ってきてはどうだい、ラセルオン」
穏やかな声音が会場に広がる。
集まっているのは、ほとんどが第2王子派だ。
バーバラよりも、よほど「場違い」だという視線がラセルオンに注がれていた。
(私を出汁にして、ラセルオンに警告したんだわ)
バーバラも、この手のやり方を知らないわけではない。
自分の主義主張を明示せず、真意が伝わるようほのめかす。
真正面から相手の面目を潰さないためではあるが、結果は同じだ。
ラセルオンは、内心、怒り狂っているだろう。
ユリウスが「お前がいるべき場所ではない。さっさと帰れ」と言っていると気づいていない者はいない。
もちろんラセルオンも気づいている。
(でも、こんなにあからさまに敵視して大丈夫なの?)
頭をかすめた不安を肯定するように、ラセルオンがバーバラに視線を向けた。
わざとらしく腰をかがめ、苦笑を浮かべながら、手を差し出してくる。
「バーバラ嬢の退屈しのぎに、私と踊っていただけますか?」
「もちろんです。お気遣いを無駄にはできませんものね」
ユリウスからサッと離れて、ラセルオンの手を取った。
背中に刺すような視線を感じたが、無視する。
より一層、好奇の的になっているのもわかっていた。
「ユリウス王子殿下を嫌いにならないでくださいませ。ご本人も仰っておられたように、きっと肩肘を張っておられただけですわ」
「殿下を、よくご存知なのですね」
「いえ、たいていの男性って、そういうものでしょう?」
ラセルオンは、ユリウスに一矢報いるつもりだったに違いない。
けれど、バーバラがあっさりとダンスを承諾したため台無しになった。
そのことにも苛ついているらしく、冷静さを欠いている。
周囲の目も気になっているのか、口数が減っていた。
さも楽しげに踊っているという態度をとるのに必死なのだ。
「今夜のことは、いい土産話になりそうです」
ただの牽制に過ぎない言葉だったが、効果はあったらしい。
カニンガムに、どんな報告をされるかわからないとの懸念が生じたのだろう。
さっき見せた図々しいまでの馴れ馴れしさが消えていた。
「王都見物が楽しいものになると良いですね」
「ありがとうございます。せっかく王都に行くのですから、ラセルオン様とも、またどこかでお会いできるのを楽しみにしております」
結局、お定まりの会話で締めくくったところで、曲が終わる。
ラセルオンは軽く会釈をし、バーバラから離れた。
そして、ユリウスに挨拶をしたのち、会場から姿を消す。
(なにもわからないまま退場なんて、すごく悔しがってるわね)
狙いをハーバラに定め、わざわざ遅刻してきての質問攻め。
おそらく王都に来たこともない若い令嬢なら簡単に情報が引き出せると考えていたのだ。
にもかかわらず、バーバラがラセルオンと踊ったことで、状況がますます曖昧になっている。
バーバラは「なにも知らない」無邪気な令嬢なのか。
ユリウスは親密さを強調していたが、実際はどうなのか。
カニンガムは中立なのか、どちらかの勢力につく気があるのか。
会場にいる者たちも混乱しているはずだ。
もっとも、それを狙ってラセルオンの誘いを受けている。
そのためバーバラに動揺はなく、笑顔でユリウスの元に戻った。
ユリウスも優しく微笑んで、バーバラを迎える。
が、その笑みが偽物であることを、バーバラは知っていた。
だが、助かったと、安堵する気持ちのほうが強かった。
「ご挨拶が遅れまして、大変、申し訳ございません。ユリウス王子殿下はダンスをお楽しみでしたので、お1人でおられたレドナー伯爵令嬢に声をかけさせていただいた次第にございます」
「そうではなくてね、ラセルオン。私が言いたいのは、そもそもきみは夜会に遅刻しているということだよ。遠路はるばるやって来たのだとしても、招待状は3ヶ月も前に届いていただろう? ひょっとして途中で馬車の車軸でも壊れたのかい?」
ラセルオンをからかうような口調で言いながら、ユリウスがバーバラの隣に立つ。
腕を差し出され、しかたなく手を乗せた。
助かったとは思うものの、少しやり過ぎだとも感じる。
周囲の好奇心に満ちた視線がわずらわしい。
(さっきのパートナーって言いかたもどうかと思うし、すぐに腕を組ませるっていうのも……まるで私を自分のものみたいに扱って……嫌な感じだわ)
どっちつかずな立場を印象づける必要があるのは、理解していた。
バーバラには、どうとでもとれるよう立ち回ることが求められている。
カニンガム公爵家の代理的な立場なのか。
バーバラの個人的な意思によるものなのか。
そして、ユリウスと親密な関係なのか。
解釈は、それぞれに異なるだろう。
自らの都合の良いほうに考えたがる者は多いが、逆に慎重さから最悪を想定する者も少なからずいる。
さらには、男女を問わず政治に頓着しない者は、醜聞に惹かれがちだ。
「少し厳し過ぎたかな。だが、順位付けを無視していては、王族などやっていられないからね。たまには引き締めておかなければと、肩肘を張ってしまったのだよ。まぁ、私のことは気にせず、踊ってきてはどうだい、ラセルオン」
穏やかな声音が会場に広がる。
集まっているのは、ほとんどが第2王子派だ。
バーバラよりも、よほど「場違い」だという視線がラセルオンに注がれていた。
(私を出汁にして、ラセルオンに警告したんだわ)
バーバラも、この手のやり方を知らないわけではない。
自分の主義主張を明示せず、真意が伝わるようほのめかす。
真正面から相手の面目を潰さないためではあるが、結果は同じだ。
ラセルオンは、内心、怒り狂っているだろう。
ユリウスが「お前がいるべき場所ではない。さっさと帰れ」と言っていると気づいていない者はいない。
もちろんラセルオンも気づいている。
(でも、こんなにあからさまに敵視して大丈夫なの?)
頭をかすめた不安を肯定するように、ラセルオンがバーバラに視線を向けた。
わざとらしく腰をかがめ、苦笑を浮かべながら、手を差し出してくる。
「バーバラ嬢の退屈しのぎに、私と踊っていただけますか?」
「もちろんです。お気遣いを無駄にはできませんものね」
ユリウスからサッと離れて、ラセルオンの手を取った。
背中に刺すような視線を感じたが、無視する。
より一層、好奇の的になっているのもわかっていた。
「ユリウス王子殿下を嫌いにならないでくださいませ。ご本人も仰っておられたように、きっと肩肘を張っておられただけですわ」
「殿下を、よくご存知なのですね」
「いえ、たいていの男性って、そういうものでしょう?」
ラセルオンは、ユリウスに一矢報いるつもりだったに違いない。
けれど、バーバラがあっさりとダンスを承諾したため台無しになった。
そのことにも苛ついているらしく、冷静さを欠いている。
周囲の目も気になっているのか、口数が減っていた。
さも楽しげに踊っているという態度をとるのに必死なのだ。
「今夜のことは、いい土産話になりそうです」
ただの牽制に過ぎない言葉だったが、効果はあったらしい。
カニンガムに、どんな報告をされるかわからないとの懸念が生じたのだろう。
さっき見せた図々しいまでの馴れ馴れしさが消えていた。
「王都見物が楽しいものになると良いですね」
「ありがとうございます。せっかく王都に行くのですから、ラセルオン様とも、またどこかでお会いできるのを楽しみにしております」
結局、お定まりの会話で締めくくったところで、曲が終わる。
ラセルオンは軽く会釈をし、バーバラから離れた。
そして、ユリウスに挨拶をしたのち、会場から姿を消す。
(なにもわからないまま退場なんて、すごく悔しがってるわね)
狙いをハーバラに定め、わざわざ遅刻してきての質問攻め。
おそらく王都に来たこともない若い令嬢なら簡単に情報が引き出せると考えていたのだ。
にもかかわらず、バーバラがラセルオンと踊ったことで、状況がますます曖昧になっている。
バーバラは「なにも知らない」無邪気な令嬢なのか。
ユリウスは親密さを強調していたが、実際はどうなのか。
カニンガムは中立なのか、どちらかの勢力につく気があるのか。
会場にいる者たちも混乱しているはずだ。
もっとも、それを狙ってラセルオンの誘いを受けている。
そのためバーバラに動揺はなく、笑顔でユリウスの元に戻った。
ユリウスも優しく微笑んで、バーバラを迎える。
が、その笑みが偽物であることを、バーバラは知っていた。
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