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15.思惑の齟齬
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ガタガタと揺れる馬車に、バーバラは乗っている。
さすが王族用の馬車と言うべきか、揺れはさほど大きくない。
カニンガムの屋敷に来た時、ユリウスは馬に乗っていた。
だが、別で馬車も用意していたようだ。
そもそもユリウスの目的は、バーバラを王都に連れ帰ることだったのだろう。
馬に乗れない者を帯同すると決めていたから、馬車を準備したに違いない。
「納得していないのか?」
「納得していても、不愉快になることはございます」
「その意見には同意するが、きみは愉快な気分になるべきだ。たとえ不本意でも、演技に過ぎなくても、な」
「ずいぶん口調が変わられましたね」
バーバラは、向かいに座っているユリウスから、これ見よがしに顔をそむける。
1度目の流れでも、王都に馬車で向かった。
その頃には、すでに互いに恋をしていたからだろうが、ユリウスはバーバラの隣に座り、甘い言葉を囁いていたのだ。
(王都で大勢のご令嬢が、こんなふうにそっけなくされてたんだよね。私には優しかったから気づかなかったけど、ものすごく感じ悪い)
今のユリウスはバーバラに恋をしていないのだから当然かもしれない。
それにしても、儀礼的なことさえないがしろされるのは不愉快だった。
愛を囁けと言う気はないが、雑に扱われるのも見下されているようで癪に障る。
バーバラは、王族相手だと思い、一応は言葉遣いには注意しているのだ。
「愛する女性でもあるまいし、気遣う必要がどこにある。これは取引であって、それ以上のものではない。妙な勘違いを引きずられても、迷惑なだけだ」
「まさか私が殿下を慕うようになることを危惧しておられるのでしょうか?」
「有り得ない話ではない」
「絶対に有り得ませんので、ご安心くださいませ、殿下」
「なぜ有り得ないと言い切れる?」
バーバラは、そっぽを向いたまま、小さく肩をすくめた。
彼女自身もだが、ユリウスも1度目の時とは違っている。
「私が恋をしたのは、今の殿下ではございません。かつての殿下は優しく心遣いができ、私を見下すような物の言いかたはなさいませんでした」
「ならば、きみも同じだな。かつてのバービーは繊細で可憐で、守らずにはいられないような女性だった。だが、今のきみを守りたいとは微塵も思えない」
「それは、私も同感ですわ。殿下に守っていただきたいとは微塵も思えませんの」
冷淡な口調のユリウスに、平坦な声音で答えるバーバラ。
馬車の中は、すっかり険悪な雰囲気につつまれている。
「そもそも私が王都で少しはしゃいだくらいで、事態が動くと、本気でお考えなのでしょうか? 私には、とてもそうは思えませんけれど」
「小さな波紋で十分だ。猜疑心の強い者ほど、大袈裟に捉える。きみの中途半端な立場も都合がいい。なにも確定的な結果とならないがゆえに、なお疑念を煽る」
ユリウスは、ゼティマを揺さぶるために、バーバラを利用するのだ。
今はまだレドナーではあっても、彼女はカニンガム公爵家次男の婚約者。
ゆくゆくはカニンガムを名乗ることになる。
そのバーバラをユリウスが連れていれば、周囲がどう考えるかは明白だ。
カニンガムがユリウスについたのではないか。
とはいえ、婚約はいつでも解消し得るものでもある。
カニンガムが中立を破ったと断定はできない。
かと言って、無視することも難しい。
(お義父さまもお義兄さまも、訊かれれば中立だと答える。でも、それを信じるか信じないかは相手次第……ゼティマは完全には信じなさそうね)
その疑念と猜疑心が、ゼティマを揺さぶりつつも、踏みとどまらせるはずだ。
カニンガムがユリウスにつけば、第1王子に勝てる見込みはなくなる。
当然、負け戦などするはずもなく、ゼティマもユリウスに乗り換えるだろう。
しかし、それではユリウスが即位しても、カニンガムの勢力に抑えつけられて、たいした利益は得られない。
そして、ユリウスが「王都見物がしたい」というバーバラの要望を叶えただけであれば、最終的にカニンガムは中立を維持し続けるかもしれないのだ。
その可能性がある中、簡単に第1王子を切り捨てることもできない。
第1王子の即位により得られる利益は大きく、手放しがたいものがある。
「バーバラ嬢。私が夢を見ながら、夜毎、なにを考えていたと思う?」
「今の殿下のお心を、私ごときがおしはかれるはずもございません」
「まさにな。きみごときを愛したがために、私は不本意にもゼティマをかかえこむはめになった。唯一の対抗勢力であるカニンガムを衰退させ、即位後、ゼティマに力を持たせることになるとわかっていながら、だ」
バーバラの見ていた夢の中では、皇太子になったユリウスは誇らしげだった。
だが、それを見ていた今のユリウスは、苦々しく感じていたようだ。
圧政を敷くであろうゼティマを排除するのも、元々の目的だったのかもしれない。
なのに、バーバラとの恋のせいで、目的は半分しか達成できなかった。
即位はできても意味がない。
夢を見ながら、ユリウスはそう感じていたのだろう。
今のユリウスにとって、バーバラは目的を妨げた邪魔者でしかない。
バーバラがユリウスに関わりたくなかったように、本当はユリウスもバーバラに関わりたくないのだ。
それでも、事態を動かすため、バーバラを利用することにした。
言葉通り「最も都合の良い駒」として使おうとしている。
とはいえ、バーバラにも思惑はあった。
でなければ、取引に応じてはいない。
(第1王子が勝てばゼティマが力を持つ。そうなればカニンガム公爵家にも影響が出るはず……それは避けなきゃ……)
ゼティマの排除という、その1点においてユリウスとは利害が一致している。
昨夜は、カニンガムの3人とも、よくよく話し合った。
時間の巻き戻りを知らない義父と義兄はあまり良い顔をしなかったが、ノヴァはバーバラの意思を尊重すると言ってくれたのだ。
(2人を犠牲にしたこと、ノヴァは悔やんでる。だから、今度は……)
ノヴァが悔やまずにすむ道を選びたい。
そのために、自分のできることはしておきたかった。
どんなに不愉快な思いをしようとも。
さすが王族用の馬車と言うべきか、揺れはさほど大きくない。
カニンガムの屋敷に来た時、ユリウスは馬に乗っていた。
だが、別で馬車も用意していたようだ。
そもそもユリウスの目的は、バーバラを王都に連れ帰ることだったのだろう。
馬に乗れない者を帯同すると決めていたから、馬車を準備したに違いない。
「納得していないのか?」
「納得していても、不愉快になることはございます」
「その意見には同意するが、きみは愉快な気分になるべきだ。たとえ不本意でも、演技に過ぎなくても、な」
「ずいぶん口調が変わられましたね」
バーバラは、向かいに座っているユリウスから、これ見よがしに顔をそむける。
1度目の流れでも、王都に馬車で向かった。
その頃には、すでに互いに恋をしていたからだろうが、ユリウスはバーバラの隣に座り、甘い言葉を囁いていたのだ。
(王都で大勢のご令嬢が、こんなふうにそっけなくされてたんだよね。私には優しかったから気づかなかったけど、ものすごく感じ悪い)
今のユリウスはバーバラに恋をしていないのだから当然かもしれない。
それにしても、儀礼的なことさえないがしろされるのは不愉快だった。
愛を囁けと言う気はないが、雑に扱われるのも見下されているようで癪に障る。
バーバラは、王族相手だと思い、一応は言葉遣いには注意しているのだ。
「愛する女性でもあるまいし、気遣う必要がどこにある。これは取引であって、それ以上のものではない。妙な勘違いを引きずられても、迷惑なだけだ」
「まさか私が殿下を慕うようになることを危惧しておられるのでしょうか?」
「有り得ない話ではない」
「絶対に有り得ませんので、ご安心くださいませ、殿下」
「なぜ有り得ないと言い切れる?」
バーバラは、そっぽを向いたまま、小さく肩をすくめた。
彼女自身もだが、ユリウスも1度目の時とは違っている。
「私が恋をしたのは、今の殿下ではございません。かつての殿下は優しく心遣いができ、私を見下すような物の言いかたはなさいませんでした」
「ならば、きみも同じだな。かつてのバービーは繊細で可憐で、守らずにはいられないような女性だった。だが、今のきみを守りたいとは微塵も思えない」
「それは、私も同感ですわ。殿下に守っていただきたいとは微塵も思えませんの」
冷淡な口調のユリウスに、平坦な声音で答えるバーバラ。
馬車の中は、すっかり険悪な雰囲気につつまれている。
「そもそも私が王都で少しはしゃいだくらいで、事態が動くと、本気でお考えなのでしょうか? 私には、とてもそうは思えませんけれど」
「小さな波紋で十分だ。猜疑心の強い者ほど、大袈裟に捉える。きみの中途半端な立場も都合がいい。なにも確定的な結果とならないがゆえに、なお疑念を煽る」
ユリウスは、ゼティマを揺さぶるために、バーバラを利用するのだ。
今はまだレドナーではあっても、彼女はカニンガム公爵家次男の婚約者。
ゆくゆくはカニンガムを名乗ることになる。
そのバーバラをユリウスが連れていれば、周囲がどう考えるかは明白だ。
カニンガムがユリウスについたのではないか。
とはいえ、婚約はいつでも解消し得るものでもある。
カニンガムが中立を破ったと断定はできない。
かと言って、無視することも難しい。
(お義父さまもお義兄さまも、訊かれれば中立だと答える。でも、それを信じるか信じないかは相手次第……ゼティマは完全には信じなさそうね)
その疑念と猜疑心が、ゼティマを揺さぶりつつも、踏みとどまらせるはずだ。
カニンガムがユリウスにつけば、第1王子に勝てる見込みはなくなる。
当然、負け戦などするはずもなく、ゼティマもユリウスに乗り換えるだろう。
しかし、それではユリウスが即位しても、カニンガムの勢力に抑えつけられて、たいした利益は得られない。
そして、ユリウスが「王都見物がしたい」というバーバラの要望を叶えただけであれば、最終的にカニンガムは中立を維持し続けるかもしれないのだ。
その可能性がある中、簡単に第1王子を切り捨てることもできない。
第1王子の即位により得られる利益は大きく、手放しがたいものがある。
「バーバラ嬢。私が夢を見ながら、夜毎、なにを考えていたと思う?」
「今の殿下のお心を、私ごときがおしはかれるはずもございません」
「まさにな。きみごときを愛したがために、私は不本意にもゼティマをかかえこむはめになった。唯一の対抗勢力であるカニンガムを衰退させ、即位後、ゼティマに力を持たせることになるとわかっていながら、だ」
バーバラの見ていた夢の中では、皇太子になったユリウスは誇らしげだった。
だが、それを見ていた今のユリウスは、苦々しく感じていたようだ。
圧政を敷くであろうゼティマを排除するのも、元々の目的だったのかもしれない。
なのに、バーバラとの恋のせいで、目的は半分しか達成できなかった。
即位はできても意味がない。
夢を見ながら、ユリウスはそう感じていたのだろう。
今のユリウスにとって、バーバラは目的を妨げた邪魔者でしかない。
バーバラがユリウスに関わりたくなかったように、本当はユリウスもバーバラに関わりたくないのだ。
それでも、事態を動かすため、バーバラを利用することにした。
言葉通り「最も都合の良い駒」として使おうとしている。
とはいえ、バーバラにも思惑はあった。
でなければ、取引に応じてはいない。
(第1王子が勝てばゼティマが力を持つ。そうなればカニンガム公爵家にも影響が出るはず……それは避けなきゃ……)
ゼティマの排除という、その1点においてユリウスとは利害が一致している。
昨夜は、カニンガムの3人とも、よくよく話し合った。
時間の巻き戻りを知らない義父と義兄はあまり良い顔をしなかったが、ノヴァはバーバラの意思を尊重すると言ってくれたのだ。
(2人を犠牲にしたこと、ノヴァは悔やんでる。だから、今度は……)
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