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14.各々の分岐
しおりを挟む「では、私は、きみに感謝するべきだな」
ユリウスの声に、ハッとなった。
それとともに、不可解な気分になる。
時間が巻き戻されたことが、ユリウスの利益になったとは考えにくかったのだ。
夢の内容を思い返しても、今は悪い状況のように思える。
(ノヴァドのことでカニンガム公爵家は中立を破り、第1王子支持に回ったけど、結果は第2王子のユリウスの勝利……)
夢はバーバラの視点で動いていた。
そのせいで、具体的に、どうやって政争に決着がついたのかまではわからない。
夢の中のユリウスは、なにが起きているのかを話さなかったからだ。
バーバラは、ユリウスが皇太子になったことだけを聞かされている。
「カニンガム公爵家が中立であるのは、ユリウス王子殿下にとって不利益では?」
「いいや、不利益ではないよ。公爵には、むしろ中立でいてもらわなければ困る」
「ですが、夢では……」
ノヴァドを意識して、バーバラは口を閉じた。
ノヴァドがバーバラを攫おうとして捕まり、それが原因でカニンガム公爵は第1王子につくことになったのだ。
実質、ノヴァドがカニンガム公爵家を衰退させたも同然と言える。
(ノヴァドの後悔は、それ……? 自分のせいで、公爵家が力をなくしてしまった過去をやり直したかったのね)
バーバラの夢は、ユリウスとの婚姻で終わり。
続きがないため、その後、義父と義兄、それにノヴァドがどうなったのかまでは、わからない。
政争の勝敗は家門に大きな影響を及ぼす。
三大公爵家は建国時に多大な功績のあった家門であるため、簡単に処刑などはできない。
だが、即位した新国王が、反対勢力に与した家門を叛逆者だと感じ、警戒するのは当然だ。
その結果、領地が召し上げられたり、血縁の遠い者が当主に据えられたりする。
今のルウェリン公爵家に力がないのは、かつて政争に敗北したからだった。
「公爵が兄上を支持したのにもかかわらず、私が皇太子となった。それについて、きみはどう思う、ノヴァド?」
「ゼティマが、殿下を支持した、ことによるもの、です」
「どういうこと? ゼティマ公爵家は第1王子派でしょ?」
ノヴァがうつむいたまま、ちらっと視線だけを投げてきた。
丸めた背中をさらに丸めて、両肘を足に乗せている。
「ゼティマは、カニンガムを排除できるなら、なんでも、するよ」
「カニンガムの勢力はゼティマの脅威だからね。私の支持はルウェリンと民衆だ。ゼティマにとっては、カニンガムより御しやすい」
「だから、カニンガムが第1王子を支持した途端、裏切ったのですか?」
「いとも簡単に兄上を切り捨てて、私の支持に回ったよ」
ユリウスが呆れたというように両手を広げてみせた。
どうやらゼティマの支持を歓迎していなかったらしい。
だが、時間が巻き戻ったおかげで、現在、ゼティマは第1王子派だ。
とはいえ、カニンガムが中立である限り、2つの勢力の拮抗状態は続く。
いずれ均衡が崩れ、大事になるかもしれない。
(夢だと、私が17歳になる前に、殿下は皇太子になってた)
分岐はあるにしても、大まかな流れは過去と同じだ。
ただ、どういう選択をするかによって、その分岐での結果は変わる。
バーバラがユリウスに恋をしなかったように。
「殿下は皇太子の地位を望まれないのですか?」
「ゼティマの支持がなくては、私が皇太子になれないと思っているのかな?」
「いえ……政争で、人的被害が出るのを避けるには、どちらかが退く必要がございますので……恐れながら、殿下は民を犠牲にはなさらないと判断いたしました」
「その判断は、とても正しいよ。だからこそ、私はなんとしても王位につく必要がある。兄上が即位すれば、ゼティマは私を支持した民に圧政を敷くだろうからね」
要は、ゼティマ公爵家が政治に強い力を持つことを、ユリウスは望んでいない、ということなのだ。
たとえゼティマの支持を受け皇太子になれても、のちのちその勢力が邪魔になる。
おまけにカニンガムが衰退したとなれば、三大公爵家としながらもゼティマ一強となってしまう。
「とはいえ、だ。膠着状態は、いつまでもは続かない。きみが言ったように、均衡が崩れれば人的被害も出る。民が暴動を起こせば鎮圧せざるを得ないし、そうした状況は、きみたちも望んでいないと思っているよ」
ユリウスの言葉にも、ノヴァは動かない。
なんだか急に不安が大きくなった。
「彼女を、連れて、行くのです、か?」
「ノヴァ! 私はどこにも行かないわ! どうして私が……っ」
「落ち着いてくれ、バーバラ嬢。私は、きみたちに、婚約を解消しろと言っているわけではない。ほんの少し力を貸してほしいだけだ」
「カニンガムは中立にございます!」
「そうだね。カニンガムは中立だよ。だが、きみはカニンガムではない」
びくっと体が震える。
バーバラはカニンガムで育ち、家族のように扱ってもらってきた。
だとしても、正式には「レドナー」なのだ。
カニンガムではない。
ユリウスの青い瞳が、バーバラを見据えている。
1度目とは異なり、優しい輝きはない。
その青は、氷に映った空の色よりも冷たく見えた。
「私も言いたくて言うのではないのだけれど、いささかきみが失礼なので言わせてもらうよ? いいかい、バーバラ嬢」
ユリウスがバーバラをまっすぐに見て言う。
バーバラは、この瞳を知っていた。
夢の中、いや、1度目に通った道で見たことがある。
「きみが私に恋をしていないように、私もきみに恋などしていない」
それは、バーバラには見せたことのなかった、ユリウスが興味のない女性に向ける冷淡さだった。
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