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6.午餐の話題
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公爵家本邸の広い食堂に5人。
楕円形の大きなテーブルには、すでに3人が座っている。
ドアから最も遠い席にカニンガム公爵。
その右隣にユリウス、その次にハーヴィド。
カニンガム公爵の左側が空いていた。
公爵に軽く会釈してから、席に向かう。
バーバラが公爵の左隣、その隣がノヴァドの席だ。
正面に立つと、ユリウスがやわらかな笑みを浮かべる。
令嬢受けするという印象が間違っていなかったのを実感した。
「きみが公爵のご子息ノヴァド、こちらは婚約者のバーバラ嬢だね」
「……ノヴァド・カニンガムに、ござい、ます」
「バーバラ・レドナーにございます。高貴なお方にお会いでき、光栄に存じます、ユリウス王子殿下」
ノヴァドのぼそぼそとした挨拶を、すぐさまフォローする。
挨拶をした2人にユリウスがうなずくのを待って、イスに腰をおろした。
バーバラのイスを引いてくれたノヴァも隣に座る。
ユリウスの後ろ、少し離れた場所に護衛騎士が3人立っていた。
直属の騎士なのだろう。
邸周囲の警護に回っているのか、ほかの騎士たちの姿は見えない。
十数人もゾロゾロ入って来られても迷惑だが、王族警護であれば、めずらしい光景でもないはずだ。
(ユリウス王子が気を遣ったのかもね。そういうところ、そつがなさそう)
現実のバーバラとしては不本意だったにせよ、気位の高い貴族より感じが良く、夢の中の彼女にも優しかった。
だからと言って、今現在、恋に落ちるかは別問題。
バーバラにはユリウスに慰められなければならない「前提」がない。
「ところで、バーバラ嬢。よく私がわかったね」
まっすぐに視線を交わし、ユリウスが訊いてくる。
しまった、と思ったが、出てしまった言葉は取り返しがつかない。
バーバラはユリウスと会ったことはなく、ユリウスも名乗らなかった。
当然だが、ユリウスに声をかけられたノヴァとバーバラが返事をするまで、カニンガム公爵とハーヴィドは口を挟めない。
つまり、誰もユリウスを紹介していないのだ。
どうやって誤魔化すか。
動揺を抑えながら頭を巡らせているバーバラの手を、テーブルの下でノヴァが、そっと握ってきた。
そのぬくもりに安心する。
ちらっと横目でノヴァを見た。
正装はしていても、髪はぼさぼさ。
背中を丸め、うつむいている。
「ぼ、僕の部屋からは、そ、外が見えます……僕は、で、殿下を、ぞ、存知ておりました、から……か、彼女に……話して、いたのです」
たどたどしく、ぼそぼそとした口調も、いつもの通りだ。
3人の護衛騎士が、一斉に顔をしかめている。
ノヴァの姿や態度を不快に感じているのは明らかだった。
ほとんどの者が、ノヴァに対しては似たような表情を浮かべる。
ノヴァが、カニンガム公爵家の次男だから黙っているだけなのだ。
バーバラは、そっとノヴァの手を握り返した。
ノヴァをフォローするつもりが、逆にフォローされている。
自分を守ろうとしてくれる姿に、胸がほわっとなった。
ノヴァはなにもできないわけではないし、なにもしないわけでもない。
苦手なことでも、それを乗り越え、寄り添ってくれるのだ。
「さて、いつの話だろう。覚えていなくて申し訳ないね」
「ユリウス王子殿下が16歳の際に開かれた祝宴にございます」
さりげなくカニンガム公爵が間に割って入る。
挨拶後は会話の制約が緩くなるのだ。
ハーヴィドも公爵の言葉を補足するように言った。
「バーバラはまだ幼く、我々3人で参りました。ですが、あの日は盛況でしたから、覚えておられなくても無理はございません」
「そういえば……ずっと頭を下げていた彼が、きみだったのか。その特徴的な髪の色を忘れていたなんて、我ながら驚きだ」
ユリウスの言葉に、小さな棘を感じる。
どうということもない会話のはずだが、含みがあるような気がした。
とはいえ、ユリウスの表情に変化はないので、気のせいかもしれない。
夢のことがあり、ユリウスを警戒している自覚はあるのだ。
(殿下は悪くないのに……たぶん私が穿った見方をしてるんだわ)
バーバラの心境はともかく、状況は夢と重なっている。
社交界デビューの日と同じで、公爵邸をユリウスが来訪したのは現実となった。
ただし、昼食は予定外。
だとすれば、ここから先は夢とは違う流れになりそうだ。
結局のところ、姉2人の言葉にも、バーバラは傷つきはしなかったのだから。
カニンガム公爵とハーヴィドが話に入ってきたことで、場が落ち着いてくる。
運ばれてくる食事に手をつけながら、当たり障りのない会話を続け、時間が過ぎていった。
主導権はユリウスにあり、公爵とハーヴィドが答え、バーバラとノヴァは相槌を打つといった調子だ。
何事もなく、食後のお茶が運ばれてくる。
ようやく肩の荷が軽くなり、ティーカップを手にした時だ。
「カニンガム公爵は、古い慣習については、どう考える?」
唐突とも言えるユリウスの言葉に、サッと緊張が走る。
この展開を、バーバラは知らない。
だが、ユリウスがなにを言いたいのかは、わかっている。
ユリウスは第2王子だが、王位継承権を捨ててはいないのだ。
楕円形の大きなテーブルには、すでに3人が座っている。
ドアから最も遠い席にカニンガム公爵。
その右隣にユリウス、その次にハーヴィド。
カニンガム公爵の左側が空いていた。
公爵に軽く会釈してから、席に向かう。
バーバラが公爵の左隣、その隣がノヴァドの席だ。
正面に立つと、ユリウスがやわらかな笑みを浮かべる。
令嬢受けするという印象が間違っていなかったのを実感した。
「きみが公爵のご子息ノヴァド、こちらは婚約者のバーバラ嬢だね」
「……ノヴァド・カニンガムに、ござい、ます」
「バーバラ・レドナーにございます。高貴なお方にお会いでき、光栄に存じます、ユリウス王子殿下」
ノヴァドのぼそぼそとした挨拶を、すぐさまフォローする。
挨拶をした2人にユリウスがうなずくのを待って、イスに腰をおろした。
バーバラのイスを引いてくれたノヴァも隣に座る。
ユリウスの後ろ、少し離れた場所に護衛騎士が3人立っていた。
直属の騎士なのだろう。
邸周囲の警護に回っているのか、ほかの騎士たちの姿は見えない。
十数人もゾロゾロ入って来られても迷惑だが、王族警護であれば、めずらしい光景でもないはずだ。
(ユリウス王子が気を遣ったのかもね。そういうところ、そつがなさそう)
現実のバーバラとしては不本意だったにせよ、気位の高い貴族より感じが良く、夢の中の彼女にも優しかった。
だからと言って、今現在、恋に落ちるかは別問題。
バーバラにはユリウスに慰められなければならない「前提」がない。
「ところで、バーバラ嬢。よく私がわかったね」
まっすぐに視線を交わし、ユリウスが訊いてくる。
しまった、と思ったが、出てしまった言葉は取り返しがつかない。
バーバラはユリウスと会ったことはなく、ユリウスも名乗らなかった。
当然だが、ユリウスに声をかけられたノヴァとバーバラが返事をするまで、カニンガム公爵とハーヴィドは口を挟めない。
つまり、誰もユリウスを紹介していないのだ。
どうやって誤魔化すか。
動揺を抑えながら頭を巡らせているバーバラの手を、テーブルの下でノヴァが、そっと握ってきた。
そのぬくもりに安心する。
ちらっと横目でノヴァを見た。
正装はしていても、髪はぼさぼさ。
背中を丸め、うつむいている。
「ぼ、僕の部屋からは、そ、外が見えます……僕は、で、殿下を、ぞ、存知ておりました、から……か、彼女に……話して、いたのです」
たどたどしく、ぼそぼそとした口調も、いつもの通りだ。
3人の護衛騎士が、一斉に顔をしかめている。
ノヴァの姿や態度を不快に感じているのは明らかだった。
ほとんどの者が、ノヴァに対しては似たような表情を浮かべる。
ノヴァが、カニンガム公爵家の次男だから黙っているだけなのだ。
バーバラは、そっとノヴァの手を握り返した。
ノヴァをフォローするつもりが、逆にフォローされている。
自分を守ろうとしてくれる姿に、胸がほわっとなった。
ノヴァはなにもできないわけではないし、なにもしないわけでもない。
苦手なことでも、それを乗り越え、寄り添ってくれるのだ。
「さて、いつの話だろう。覚えていなくて申し訳ないね」
「ユリウス王子殿下が16歳の際に開かれた祝宴にございます」
さりげなくカニンガム公爵が間に割って入る。
挨拶後は会話の制約が緩くなるのだ。
ハーヴィドも公爵の言葉を補足するように言った。
「バーバラはまだ幼く、我々3人で参りました。ですが、あの日は盛況でしたから、覚えておられなくても無理はございません」
「そういえば……ずっと頭を下げていた彼が、きみだったのか。その特徴的な髪の色を忘れていたなんて、我ながら驚きだ」
ユリウスの言葉に、小さな棘を感じる。
どうということもない会話のはずだが、含みがあるような気がした。
とはいえ、ユリウスの表情に変化はないので、気のせいかもしれない。
夢のことがあり、ユリウスを警戒している自覚はあるのだ。
(殿下は悪くないのに……たぶん私が穿った見方をしてるんだわ)
バーバラの心境はともかく、状況は夢と重なっている。
社交界デビューの日と同じで、公爵邸をユリウスが来訪したのは現実となった。
ただし、昼食は予定外。
だとすれば、ここから先は夢とは違う流れになりそうだ。
結局のところ、姉2人の言葉にも、バーバラは傷つきはしなかったのだから。
カニンガム公爵とハーヴィドが話に入ってきたことで、場が落ち着いてくる。
運ばれてくる食事に手をつけながら、当たり障りのない会話を続け、時間が過ぎていった。
主導権はユリウスにあり、公爵とハーヴィドが答え、バーバラとノヴァは相槌を打つといった調子だ。
何事もなく、食後のお茶が運ばれてくる。
ようやく肩の荷が軽くなり、ティーカップを手にした時だ。
「カニンガム公爵は、古い慣習については、どう考える?」
唐突とも言えるユリウスの言葉に、サッと緊張が走る。
この展開を、バーバラは知らない。
だが、ユリウスがなにを言いたいのかは、わかっている。
ユリウスは第2王子だが、王位継承権を捨ててはいないのだ。
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