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4.彼女の婚約者
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バーバラは、少しだけ迷っている。
義父と義兄にした話を、ノヴァにはしていないからだ。
社交界デビューの夜会で自分が変わるとは思わない。
夢の通りになることなど、有り得ない。
けれど、バーバラは夢の中でノヴァとの婚約解消を口にしている。
あげく、今は顔も見たことのない第2王子と婚姻までしてしまうのだ。
好きな相手に、そんな話をしたいはずがなかった。
(起きてもいないことで、ノヴァに嫌な思いさせたくない……)
かと言って、ノヴァにだけ隠しておくのも嫌なのだ。
子供っぽい言いかたをすれば「仲間外れ」にしている気分になる。
ノヴァを信用していないような気持ちにもなるし。
バーバラは、向かいのソファに座っているノヴァを見つめた。
ソファに横向きで座り、両手で膝をかかえている。
バーバラから見えるのは、ノヴァの横顔だ。
ぼさぼさの髪が顔の半分を隠している。
物心ついた頃から知るノヴァの「いつもの」姿だった。
ノヴァは、バーバラを見ていない。
なのに、彼女を意識している。
人見知りの激しいノヴァが、バーバラには気を許しているのだ。
アッシュブルー。
ほかのことはうろ覚えだが、この色はバーバラの瞳に焼き付いている。
色を識別できるようになったあと、ほかの色とは異なり、とても鮮明に見えた。
その印象が今も心に残っている。
「あのね、ノヴァ。嫌な気持ちにさせるかもしないけど、話したいことがあるの」
ノヴァの指先が、ぴくっと動く。
それから、小さくうなずいた。
バーバラにとっては、些細な仕草ひとつも愛らしく感じる。
十歳も年上なのに。
急がず、ゆっくりと夢の話をバーバラは語った。
途中、何度もノヴァの反応をうかがったが、あまり変化はない。
ノヴァを知らなければ、話を聞いていないと思っただろう。
(こんなに人見知りで会話も苦手なのに、公爵家での夜会は、ノヴァがエスコートしてくれるんだよね。今度の社交界デビューの日だって……)
ノヴァは窮屈な服装が嫌いだ。
上着なんてほとんど着ないし、シャツもズボンも大きめサイズ。
もとより痩せっぽちなので、ぶかぶか感は否めない。
実のところ、ノヴァはバーバラよりも20センチ近く背が高かった。
にもかかわらず、エスコート中も割と顔が視野に入る。
今もそうだが、ノヴァが背を丸めているからだ。
立っていても上半身を前にかがませている。
(癖になってるんだろうな。おかげで、たま~に目が合ったりするから、私はいい感じなんだけど)
周りは、バーバラと同じように見てはくれない。
影でひそひそ、にやにやしていた。
貴族たちは、こぞって言う。
ノヴァが「あんなふう」だからと。
義父と義兄が、ことさらにノヴァの世話を焼いている理由とされていた。
愛情からだとは思っていないのだ。
人見知りの激しいノヴァにとって、そんな貴族の集う場所が、どれほど居心地が悪いかなんて考えなくてもわかる。
(それでも、ノヴァは私のエスコートだけは引き受けてくれるんだよね。一生懸命にダンスも踊ってくれるし……ステップ間違わないように緊張してるとこがもう……っ……って、違う違う! 浮かれてる場合じゃなかった。今回は……)
夢の冒頭に辿り着くまでは、まだ夢は夢の範疇だった。
だから、単純にノヴァのエスコートを喜べた。
今回だって、本当はノヴァにエスコートしてもらいたい。
だが、なにも起きないと断定はしきれないのだ。
「まぁ、そういう流れなんだけど、始まりは社交界デビューの日なの。なにか嫌なことが起きるかもしれないから……」
「ぼ、僕も、出席……する」
「夢の話なんか気にすることないって、私は思ってる。でも、もしかしたら、なにか起きる可能性もあるし」
「だから……出席、し、しないと……だろ……」
バーバラの胸に、ぱぁああっとあたたかいものが広がる。
バッと立ち上がった。
瞬間、ノヴァが片手を小さく上げる。
「と、飛びつくのは、ナシ……」
小声の指摘に、うっと言葉を詰まらせ、バーバラはソファに腰を落とした。
なにかというと、抱きついたり飛びついたりするせいで、ノヴァと同じソファに座れなくなったのを思い出す。
12歳くらいまで、ノヴァの隣に座っていたのに、今では向かい側。
「そ、それより、ユリウスって、どんな、か、感じ、だった?」
「物腰がやわらかくて優しそうな感じだったよ。気さくで愛想も良くてね。悪い人ではなさそうだったかなぁ」
「ちが……見た目……」
「見た目? 金髪に鮮やかな青い目。いかにも、ご令嬢に好かれそうな甘ったるい顔立ち。キリっとした雰囲気じゃなかった」
ノヴァが、体を前後に軽く揺すっていた。
ユリウスを褒めたつもりはないが、そう聞こえただろうか。
バーバラの言った「ご令嬢」の中に、彼女自身は含まれていないのだけれども。
「ゆ、ユリウスで、間違いない、な……ぼ、僕は、見たこと、あるから……」
言われて初めて気づく。
バーバラは、ユリウスとは1度も会ったことはなく、顔も知らないはずなのだ。
義父と義兄にした話を、ノヴァにはしていないからだ。
社交界デビューの夜会で自分が変わるとは思わない。
夢の通りになることなど、有り得ない。
けれど、バーバラは夢の中でノヴァとの婚約解消を口にしている。
あげく、今は顔も見たことのない第2王子と婚姻までしてしまうのだ。
好きな相手に、そんな話をしたいはずがなかった。
(起きてもいないことで、ノヴァに嫌な思いさせたくない……)
かと言って、ノヴァにだけ隠しておくのも嫌なのだ。
子供っぽい言いかたをすれば「仲間外れ」にしている気分になる。
ノヴァを信用していないような気持ちにもなるし。
バーバラは、向かいのソファに座っているノヴァを見つめた。
ソファに横向きで座り、両手で膝をかかえている。
バーバラから見えるのは、ノヴァの横顔だ。
ぼさぼさの髪が顔の半分を隠している。
物心ついた頃から知るノヴァの「いつもの」姿だった。
ノヴァは、バーバラを見ていない。
なのに、彼女を意識している。
人見知りの激しいノヴァが、バーバラには気を許しているのだ。
アッシュブルー。
ほかのことはうろ覚えだが、この色はバーバラの瞳に焼き付いている。
色を識別できるようになったあと、ほかの色とは異なり、とても鮮明に見えた。
その印象が今も心に残っている。
「あのね、ノヴァ。嫌な気持ちにさせるかもしないけど、話したいことがあるの」
ノヴァの指先が、ぴくっと動く。
それから、小さくうなずいた。
バーバラにとっては、些細な仕草ひとつも愛らしく感じる。
十歳も年上なのに。
急がず、ゆっくりと夢の話をバーバラは語った。
途中、何度もノヴァの反応をうかがったが、あまり変化はない。
ノヴァを知らなければ、話を聞いていないと思っただろう。
(こんなに人見知りで会話も苦手なのに、公爵家での夜会は、ノヴァがエスコートしてくれるんだよね。今度の社交界デビューの日だって……)
ノヴァは窮屈な服装が嫌いだ。
上着なんてほとんど着ないし、シャツもズボンも大きめサイズ。
もとより痩せっぽちなので、ぶかぶか感は否めない。
実のところ、ノヴァはバーバラよりも20センチ近く背が高かった。
にもかかわらず、エスコート中も割と顔が視野に入る。
今もそうだが、ノヴァが背を丸めているからだ。
立っていても上半身を前にかがませている。
(癖になってるんだろうな。おかげで、たま~に目が合ったりするから、私はいい感じなんだけど)
周りは、バーバラと同じように見てはくれない。
影でひそひそ、にやにやしていた。
貴族たちは、こぞって言う。
ノヴァが「あんなふう」だからと。
義父と義兄が、ことさらにノヴァの世話を焼いている理由とされていた。
愛情からだとは思っていないのだ。
人見知りの激しいノヴァにとって、そんな貴族の集う場所が、どれほど居心地が悪いかなんて考えなくてもわかる。
(それでも、ノヴァは私のエスコートだけは引き受けてくれるんだよね。一生懸命にダンスも踊ってくれるし……ステップ間違わないように緊張してるとこがもう……っ……って、違う違う! 浮かれてる場合じゃなかった。今回は……)
夢の冒頭に辿り着くまでは、まだ夢は夢の範疇だった。
だから、単純にノヴァのエスコートを喜べた。
今回だって、本当はノヴァにエスコートしてもらいたい。
だが、なにも起きないと断定はしきれないのだ。
「まぁ、そういう流れなんだけど、始まりは社交界デビューの日なの。なにか嫌なことが起きるかもしれないから……」
「ぼ、僕も、出席……する」
「夢の話なんか気にすることないって、私は思ってる。でも、もしかしたら、なにか起きる可能性もあるし」
「だから……出席、し、しないと……だろ……」
バーバラの胸に、ぱぁああっとあたたかいものが広がる。
バッと立ち上がった。
瞬間、ノヴァが片手を小さく上げる。
「と、飛びつくのは、ナシ……」
小声の指摘に、うっと言葉を詰まらせ、バーバラはソファに腰を落とした。
なにかというと、抱きついたり飛びついたりするせいで、ノヴァと同じソファに座れなくなったのを思い出す。
12歳くらいまで、ノヴァの隣に座っていたのに、今では向かい側。
「そ、それより、ユリウスって、どんな、か、感じ、だった?」
「物腰がやわらかくて優しそうな感じだったよ。気さくで愛想も良くてね。悪い人ではなさそうだったかなぁ」
「ちが……見た目……」
「見た目? 金髪に鮮やかな青い目。いかにも、ご令嬢に好かれそうな甘ったるい顔立ち。キリっとした雰囲気じゃなかった」
ノヴァが、体を前後に軽く揺すっていた。
ユリウスを褒めたつもりはないが、そう聞こえただろうか。
バーバラの言った「ご令嬢」の中に、彼女自身は含まれていないのだけれども。
「ゆ、ユリウスで、間違いない、な……ぼ、僕は、見たこと、あるから……」
言われて初めて気づく。
バーバラは、ユリウスとは1度も会ったことはなく、顔も知らないはずなのだ。
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