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2.彼女の立場
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バーバラは、彼女が十歳の時に開かれた誕生祝いの夜会を改めて思い出す。
今度の社交界デビューと同じく公爵邸で催された夜会に出席したレドナー伯爵家の面々。
ブリジット・レドナーとドリス・レドナー。
それが、バーバラの「実の」姉たちだ。
金髪のブリジットは3つ上の13歳、赤髪のドリスは1つ違いの11歳。
2人ともレドナー伯爵家を象徴するような青色の瞳を持っている。
正直に言えば、とても感じの悪い2人だった。
けれど、感じが悪いのは姉たちだけではない。
父親も、実の親とは思えないほど感じが悪かった。
金髪の父に赤髪の母、瞳は姉と同じ青。
バーバラは、ほとんど誰とも似ていない。
強いて言えば、父の髪色をわずかに受け継いでいる。
それでも一応は両親のはずなのだが、2人はバーバラに軽く挨拶をして、さっさと離れていったのだ。
彼女の「誕生祝い」の夜会だというのに、贈り物どころか、祝いの言葉のひとつなかった。
そして、姉たちは「祝い」に「侮蔑」の言葉をくれた。
「レドナー伯爵家の者たちに会いたくない気持ちは、よくわかる」
「奴らは、ボビーをまったく尊重しないからな!」
「怒ってくれるのは嬉しいけど、それは気にしてないのよ、私」
カニンガムの2人は、義父と義兄。
しかし、義理ではなく、本気で怒っている。
拳を震わせているのが、その証拠だ。
伯爵家に出入り禁止を言い出しかねないので、即座に止めた。
「しかし、ボビー……」
「いいの。周りがどう思おうと、なにを言おうと関係ないわ。私も、あの人たちを家族だとは思えないもの」
貴族の婚姻は、家同士が決める。
カニンガム公爵が次男のために婚約者を求めていたのは事実だ。
だとしても、生後まもない子を手放したのはレドナー伯爵家。
上の娘がいるにもかかわらず、バーバラを選んだのにも理由がある。
「私が婚外子だから……お義父さまは私を守ろうとしてくれたんでしょ?」
「レドナーの弱味につけこんだ自覚はあったからね。せめてもの……罪滅ぼしとは言えないが……」
ちょっぴり、しゅんとなっている義父にバーバラは力強く言った。
「借金まみれになって勝手に弱味を作ってただけよ。邪魔者だった私を追いはらうことができる上に、お金まで手に入るんだから、願ったり叶ったりだったんじゃないかな。むしろ、お義父さまは私を不憫に思って引き取ってくれた。そうよね?」
「レドナーが……あまりにも簡単に婚約を了承したのでね。産まれたての子を差し出しても胸を痛ませていない様子は、見ていて気分のいいものではなかったよ」
「ボビーが3歳の時だって、そうだ。どれほど、あいつらをぶん殴りたかったか。ボビーを抱き上げもせず、金の話ばかりしやがって!」
「お義兄さま、言葉が荒れてるわ」
「いいさ。ここにはカニンガムしかいない」
ハーヴィドの言葉に、胸がほっこりする。
バーバラも、自分を「レドナー」だと思ったことはない。
自分の爵位上、おこがましいかもしれないが、「カニンガム」だと感じている。
ずっと公爵家で育ってきたから、というだけではなかった。
(早くノヴァと婚姻できればいいのに。16歳まで待たなきゃいけないなんて)
バーバラは、目も見えないうちから決められていた婚約者のことが大好きなのだ。
それこそ、誰がどう思おうと、なにを言おうと関係ない。
ノヴァと一緒にいるのが、誰といるよりも居心地がいいと感じる。
たとえ十歳年上でも、人見知りが激しく会話もままならず、ぶっきらぼうでも、私室からほとんど出ない人であっても、だ。
物心ついた頃から、ノヴァは、あまり変わっていない。
変わったのは身長が伸びたことくらいだろうか。
アッシュブルーの髪はいつもぼさぼさで、前髪は顔にかぶさっている。
食事は最低限しかしないため、体はガリガリの痩せっぽち。
(でも……外見なんてどうだっていいのよ! ノヴァは性格が可愛いんだから!)
たいていノヴァはソファに膝をかかえて座っている。
体を丸め、向かいに座るバーバラを見ることも少ない。
話しかけると、どう答えればいいのか迷うらしく、未だに狼狽える。
かれこれ十年以上ものつきあいになるのに。
けれど、ノヴァがバーバラの言葉を無視したことは1度もなかった。
返事に時間はかかるものの、それは慎重に言葉を選んでいるからだと知っている。
だから、バーバラも辛抱強く待つようにしていた。
どうしてノヴァがそういう性格なのかは、わからない。
義父が言うには「元々そうだった」のだそうだ。
(人はあれこれ言うけど、お義父さまやお義兄さまが溺愛するのもわかるわ!)
ノヴァは人との接触を極端に嫌っており、専属のメイドや侍従も置けずにいる。
近づけるのは義父と義兄、それにバーバラだけだった。
なので、ノヴァの「可愛いところ」は、この3人しか知らない。
(たどたどしく一生懸命に返事しようとするとことか、こっちを気にしてチラチラ見てくるとことか、褒めると耳まで赤くなるとことか……私のほうが年下なのに、なぜあんなに可愛く思えるの? ああ、本当に、もう……好きっ! 大好き!)
自分の婚約者に対する思いの丈を心中でぶちまけたあと、バーバラはハッとする。
そのためにこそ、2人に相談しに来たのだ。
危うく当初の目的を忘れるところだった。
「それでね、今度の社交界デビューの日に、姉たちは、私がお金で買われた婚約者だって言って、私を傷つけようとするみたい。それを言うなら、そっちがお金で売っ……」
バーバラにとっては、買われようが売られようが、どうでもいい。
これまでカニンガム公爵家で楽しく過ごしてきたのだ。
レドナー伯爵家では、絶対に得られなかった時間が大事なのであって、過程などさしたる意味を持たなかったのだけれど。
「……レドナーの奴め……許さん……」
「あの、お義父さま……」
「やっぱりぶっ飛ばすべきだな」
「ええと、お義兄さま……これは未確認情報というか……」
まだ姉たちの言動は確定的なものではなかった。
それは、十歳の誕生祝いの日から少しずつ見始めた夢での話なのだ。
今度の社交界デビューと同じく公爵邸で催された夜会に出席したレドナー伯爵家の面々。
ブリジット・レドナーとドリス・レドナー。
それが、バーバラの「実の」姉たちだ。
金髪のブリジットは3つ上の13歳、赤髪のドリスは1つ違いの11歳。
2人ともレドナー伯爵家を象徴するような青色の瞳を持っている。
正直に言えば、とても感じの悪い2人だった。
けれど、感じが悪いのは姉たちだけではない。
父親も、実の親とは思えないほど感じが悪かった。
金髪の父に赤髪の母、瞳は姉と同じ青。
バーバラは、ほとんど誰とも似ていない。
強いて言えば、父の髪色をわずかに受け継いでいる。
それでも一応は両親のはずなのだが、2人はバーバラに軽く挨拶をして、さっさと離れていったのだ。
彼女の「誕生祝い」の夜会だというのに、贈り物どころか、祝いの言葉のひとつなかった。
そして、姉たちは「祝い」に「侮蔑」の言葉をくれた。
「レドナー伯爵家の者たちに会いたくない気持ちは、よくわかる」
「奴らは、ボビーをまったく尊重しないからな!」
「怒ってくれるのは嬉しいけど、それは気にしてないのよ、私」
カニンガムの2人は、義父と義兄。
しかし、義理ではなく、本気で怒っている。
拳を震わせているのが、その証拠だ。
伯爵家に出入り禁止を言い出しかねないので、即座に止めた。
「しかし、ボビー……」
「いいの。周りがどう思おうと、なにを言おうと関係ないわ。私も、あの人たちを家族だとは思えないもの」
貴族の婚姻は、家同士が決める。
カニンガム公爵が次男のために婚約者を求めていたのは事実だ。
だとしても、生後まもない子を手放したのはレドナー伯爵家。
上の娘がいるにもかかわらず、バーバラを選んだのにも理由がある。
「私が婚外子だから……お義父さまは私を守ろうとしてくれたんでしょ?」
「レドナーの弱味につけこんだ自覚はあったからね。せめてもの……罪滅ぼしとは言えないが……」
ちょっぴり、しゅんとなっている義父にバーバラは力強く言った。
「借金まみれになって勝手に弱味を作ってただけよ。邪魔者だった私を追いはらうことができる上に、お金まで手に入るんだから、願ったり叶ったりだったんじゃないかな。むしろ、お義父さまは私を不憫に思って引き取ってくれた。そうよね?」
「レドナーが……あまりにも簡単に婚約を了承したのでね。産まれたての子を差し出しても胸を痛ませていない様子は、見ていて気分のいいものではなかったよ」
「ボビーが3歳の時だって、そうだ。どれほど、あいつらをぶん殴りたかったか。ボビーを抱き上げもせず、金の話ばかりしやがって!」
「お義兄さま、言葉が荒れてるわ」
「いいさ。ここにはカニンガムしかいない」
ハーヴィドの言葉に、胸がほっこりする。
バーバラも、自分を「レドナー」だと思ったことはない。
自分の爵位上、おこがましいかもしれないが、「カニンガム」だと感じている。
ずっと公爵家で育ってきたから、というだけではなかった。
(早くノヴァと婚姻できればいいのに。16歳まで待たなきゃいけないなんて)
バーバラは、目も見えないうちから決められていた婚約者のことが大好きなのだ。
それこそ、誰がどう思おうと、なにを言おうと関係ない。
ノヴァと一緒にいるのが、誰といるよりも居心地がいいと感じる。
たとえ十歳年上でも、人見知りが激しく会話もままならず、ぶっきらぼうでも、私室からほとんど出ない人であっても、だ。
物心ついた頃から、ノヴァは、あまり変わっていない。
変わったのは身長が伸びたことくらいだろうか。
アッシュブルーの髪はいつもぼさぼさで、前髪は顔にかぶさっている。
食事は最低限しかしないため、体はガリガリの痩せっぽち。
(でも……外見なんてどうだっていいのよ! ノヴァは性格が可愛いんだから!)
たいていノヴァはソファに膝をかかえて座っている。
体を丸め、向かいに座るバーバラを見ることも少ない。
話しかけると、どう答えればいいのか迷うらしく、未だに狼狽える。
かれこれ十年以上ものつきあいになるのに。
けれど、ノヴァがバーバラの言葉を無視したことは1度もなかった。
返事に時間はかかるものの、それは慎重に言葉を選んでいるからだと知っている。
だから、バーバラも辛抱強く待つようにしていた。
どうしてノヴァがそういう性格なのかは、わからない。
義父が言うには「元々そうだった」のだそうだ。
(人はあれこれ言うけど、お義父さまやお義兄さまが溺愛するのもわかるわ!)
ノヴァは人との接触を極端に嫌っており、専属のメイドや侍従も置けずにいる。
近づけるのは義父と義兄、それにバーバラだけだった。
なので、ノヴァの「可愛いところ」は、この3人しか知らない。
(たどたどしく一生懸命に返事しようとするとことか、こっちを気にしてチラチラ見てくるとことか、褒めると耳まで赤くなるとことか……私のほうが年下なのに、なぜあんなに可愛く思えるの? ああ、本当に、もう……好きっ! 大好き!)
自分の婚約者に対する思いの丈を心中でぶちまけたあと、バーバラはハッとする。
そのためにこそ、2人に相談しに来たのだ。
危うく当初の目的を忘れるところだった。
「それでね、今度の社交界デビューの日に、姉たちは、私がお金で買われた婚約者だって言って、私を傷つけようとするみたい。それを言うなら、そっちがお金で売っ……」
バーバラにとっては、買われようが売られようが、どうでもいい。
これまでカニンガム公爵家で楽しく過ごしてきたのだ。
レドナー伯爵家では、絶対に得られなかった時間が大事なのであって、過程などさしたる意味を持たなかったのだけれど。
「……レドナーの奴め……許さん……」
「あの、お義父さま……」
「やっぱりぶっ飛ばすべきだな」
「ええと、お義兄さま……これは未確認情報というか……」
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