放蕩公爵と、いたいけ令嬢

たつみ

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放蕩公爵の愛ある日常 1

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 アリスは、木の枝にとまり、少し離れたところから、2人の様子を眺めている。
 あれから、4ヶ月ほどが経っていた。
 季節は秋に変わり、彼とシェルニティは、色どりの変わった畑にいる。
 
 あの件について、王宮は、表向き「大規模な自然災害」とした。
 実情を知っているのは、王族を除けば、重臣たちだけだ。
 ほとんどの者が、彼の力の一端にふれたことに、気づいてもいない。
 
 レックスモアの屋敷跡は、彼が、本当に綺麗な更地にした。
 その端には、レックスモア侯爵家の者たちの墓標が建てられている。
 クリフォードは、地下に埋もれたままだろうけれど、それはともかく。
 
 レックスモアの勤め人たちには、どこからともなく、雇い入れの話が舞い込み、全員が、新しい勤め先で働いていた。
 彼が指示をしたかはともかく、口利きをしたのは、キサティーロに違いない。
 ローエルハイドからの口利きを断れる貴族はいなかったはずだ。
 そして、誰からの口利きかをもらす者も。
 
 辺境地での復旧も、収束しつつあった。
 怪我人のほとんどは、王宮魔術師により治癒され、すぐに回復している。
 瓦礫を取り除いたあとの建て直しについては、王族から資金が賄われていた。
 ということに、なっていた。
 
 そのため、辺境地では、逆に、職や人が増え、賑やかに、豊かになっている。
 なにしろ、復旧に関わる仕事は、破格の給金が与えられるのだ。
 王都から出稼ぎに来る者さえいるほどだった。
 おかげで、短期間で復旧できそうな勢い。
 
 そのすべての称賛は、国王に向けられている。
 
 『あいつには借りがあったゆえ、今回のことについては、いたしかたないが……なぜ、俺ばかりが、このような面倒につきあわされねばならんのだ!』
 
 と、国王は、地団駄を踏んで、怒っていた。
 称賛されるべきことでもないのに、称賛されざるを得ない。
 しかも、各地で、それに係る催しが増え、公務が激増している。
 称賛され、怒る国王もめずらしい、と、アリスは思っていた。
 
(ま、そーいうトコが、国王やれる理由なんだろーけど)
 
 変なところで、真面目なのだ。
 あれだけの大規模な魔術を展開できるのに、自らのために力を振るおうとしないことだけは、確信できる。
 
 ぱたぱた。
 
 アリスの隣に、もう1羽の烏がとまった。
 尾を、上に、ぴんっと持ち上げている。
 
(ジョザイアおじさんって、ホント、馬鹿だよな)
 
 リンクスだ。
 アリスと同じく、変転の能力を授かっていたらしい。
 いつも、ナルの転移に便乗していたので、持っていないのかと思っていた。
 が、単純に、使いたくなくて、使わずにいただけなのだろう。
 
(オレも、そう思う)
(あと半年、このままでも、オレは、いいけど)
 
 アリスの尾も、ピンッと、まっすぐに立つ。
 リンクスを、ちらっと見て言った。
 
(そりゃあ、無理だ。どっちにしろ、無理だ)
(……承諾なんかいらねーよ)
(血筋をもって親とするってのが、この国の法なんだぜ?)
(ウザ……)
 
 不機嫌に答えたあと、リンクスが、羽を少しだけ広げる。
 気を取り直したように、とても「意地悪」く言った。
 
(お前だって、シェルニティにフラれたくせに)
(生意気なガキだな)
(誰に似たんだかな)
(さぁね)
 
 アリスは、リンクスを気にかけてはいる。
 ただ、自分が守り切れなかった弟のほうが大事だというだけの話だった。
 それでも、リンクスが、自分の息子であったら、と思ったりもするのだ。
 アリスは、子をもうけるつもりがないので。
 
(オレは、ウィリュアートンの当主も宰相も、あいつより、うまくやれるぜ?)
(だろーな)
 
 アリスとリカは、2人で一人前。
 だが、リンクスは、1人で一人前になれる資質を持っている。
 
(ついでに、放蕩も引き継いでやるから、引退しろよ、おじサン)
(引退なんか……あ! おい……っ……)
 
 言い捨てて、リンクスは飛び立ってしまった。
 アリスは、小さくなっていく烏の姿を見送る。
 
(頭の回転が速過ぎるのも、考えもんだな……)
 
 アリスに子ができたら、リカは手放しで喜ぶだろう。
 リカは、アリスだけを信じているからだ。
 そのアリスの子であれば、リカも可愛がるに違いない。
 実子のリンクスを、ますます遠ざけて。
 
 だから、アリスは、子を成さない、と決めている。
 同情ではなく、それが自分の「罪」だと思っているからだ。
 リンクスに対する愛情でもあった。
 それを、リンクスは察していたのだろう。
 
(大人になる前に、ケリつけとこうってトコか)
 
 あと半年で、リンクスは、大人と呼ばれる歳になる。
 その前に、面倒な感情と折り合いをつけておきたかったのだ。
 
 もう、どうでもいいのだ、と。
 
 アリスも、木から飛び立つ。
 ウィリュアートンの男は、代々、親離れが早い。
 にしても、リンクスは、さらに早かった。
 自らアリスに話しかけてくるのも、今回が、最初で最後だ。
 わかっていた。
 
(オレたちは、本格的に、捨てられちまったらしいぜ、リカ?)
 
 もう遠くから、リンクスを見守る必要もない。
 リンクスは飛び立ったのだ。
 
(ま、2人で一人前だからな。1人にはしねーよ)
 
 王宮で忙しく働いているであろうリカを思いながら、アリスは変転する。
 馬に姿を変えたのだ。
 ひょこひょこと、畑に向かって歩く。
 
「アリス!」
 
 彼が、非常に嫌な顔をしていた。
 アリスは、今、とても「意地悪」な気分になっている。
 シェルニティにはフラれたし、リンクスには見捨てられるし。
 
(ちっとくらい、いい事なけりゃ、やってらんねーぜ)
 
 わざと、彼を無視して、シェルニティに近づいた。
 甘えた仕草で、鼻づらを彼女の頬に摺り寄せる。
 
「いい子ね、アリス。大好きよ」
(ああ、オレも、大好きサ、シェリー)
 
 たてがみを撫でられるのが、心地いい。
 初めて会った日、アリスは、シェルニティの痣を目にしている。
 同時に、彼女がアリスにふれた際、変転を通じて、本当の姿も見えていた。
 どんな女性よりも美しいと感じたけれど。
 
(シェリー、お前は、心がキレイなんだ。透明で、くすんだところがなくて)
 
 外見よりも、シェルニティの内面を、アリスは気に入っている。
 可愛らしいと思っている。
 
 ぺろん。
 
 頬を舐めた瞬間、ちりっと鋭い視線を感じた。
 彼も、アリスの気持ちに気づいている。
 馬の姿でいてさえ牽制してくるのは、そのせいだ。
 が、シェルニティは、気づかず笑っている。
 
「ごめんなさいね、アリス。イチゴはないの。代わりに、リンゴはどうかしら?」
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