放蕩公爵と、いたいけ令嬢

たつみ

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一緒にいるから 4

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 自分がなにをしたか、あのあと、どうなったのか。
 それを話せば、シェルニティは去っていくかもしれない。
 彼は、彼女の決断に、異を唱えるつもりはなかった。
 それでも、自分に寄り添ってほしい、とは言えなかったからだ。
 
「きみを、愛しているよ、シェリー。私は、きみだけを、愛している」
 
 彼の話を聞いても、シェルニティは、彼を恐れていない。
 それどころか、彼を抱きしめてくれている。
 
 あったかい、と言う。
 
 けれど、暖かいのは、彼女のほうだ。
 シェルニティのそばにいると、自然に心が凪いでいく。
 意識しなくても、穏やかな気持ちになれる。
 
昨夜ゆうべ、私、気がついたの」
「なにをだい?」
「お姫様と王子様が、末永く幸せに暮らせた理由よ」
 
 彼は、体を少しだけ離し、シェルニティの顔を覗き込む。
 シェルニティもまた、彼を、じっと見つめていた。
 
「愛が関係しているのじゃなかったかな?」
「逆だったの」
「逆、とは?」
 
 彼女は、出会った頃と変わらない瞳に、彼を映している。
 本当に、彼を恐れてはいないのだ。
 むしろ、寄り添い、支えようとしてくれている。
 
「ほかの誰でもなく、その人と、ずっと一緒にいたいって思う、その気持ちが、愛というものなのじゃないかしら」
 
 彼は、シェルニティに、微笑みかけた。
 彼女は、臆病な自分より、ずっと強い。
 
(やはり、私は、きみを見縊みくびり過ぎていたようだね)
 
 シェルニティの頬を、そっと撫でる。
 幼馴染みの声が聞こえた。
 
 『あの娘以外に、お前は、いったい誰を愛せるというのだ』
 
 ほかの誰も、愛せそうにない。
 これが、自分にとって、最初で最後の「愛」になる。
 
「私、あなたと、ずっと一緒にいたいわ」
「私もだよ、シェリー」
「あなたが言ったように、それほど悩ましい命題ではなかったわね」
 
 彼は、初めて、彼の父の想いを理解していた。
 16歳になったばかりの彼には、わからずにいたことだ。
 これも、おそらくローエルハイドの血、そして、本質に違いない。
 
 彼が16歳になった年、先に母が病で亡くなった。
 その翌日、彼の父は、自死をしている。
 彼は、すでに親の承諾なしに、自分で判断できる歳になっていた。
 だから、彼の存在は、父を引きめる理由には成り得なかったのだ。
 
 愛とは、それほどのものなのか。
 
 当時の彼には、わからなかった。
 そして、両親、とくに父の自死により、心に傷を負っていた。
 そのために、間違えたのだ。
 
 急いで「愛」を見つけようとし、アビゲイルと恋に落ちたと思って、「愛」だと信じたものに、すがった。
 にもかかわらず、アビゲイルの死後も、彼は生き続けている。
 死なないから生きているという程度のことではあったが、父のように自死を選んでもいない。
 
(シェリーを失ったら……私も、生きてはいけないな……)
 
 ローエルハイドの男にとって、愛する女性の存在は、生きる意味そのもの。
 失えば、生きる意味もなくなる。
 
 よく貴族の男性らが、女性を口説く時「きみがいなければ生きていけない」などと言うが、それとは、まったく異なっていた。
 言葉通り、本当に「生きる意味」を失くすのだ。
 それが、今の彼には、よくわかる。
 
「……あのね、私……私には、大事な人というのが、よくわかっていなかったの。大事な人がいなかったからだと思うのだけれど……」
 
 シェルニティは、1人で生きてきた。
 周囲の者とは、ほとんど接することがなかったのだから、しかたがない。
 大事に思えるかどうかには、ある程度の親密さを必要とする。
 その「ある程度」も、シェルニティには、なかったのだ。
 
「でも、あなたのことは、大事なのだと思うわ」
「それはそうだろうね」
「え……?」
 
 これから先、どうなるか、本当のところは、彼にもわからない。
 シェルニティの感情は、まだ成長途中だった。
 彼を恐れるようになるかもしれないし、拒絶される日が来る可能性もある。
 けれど、臆病さから、彼女を手放すことだけはしない、と決めた。
 
「きみは、私を愛している。ということは、だ。私を、大事に想ってくれている、ということでもある。これは同義だよ、きみ」
「そうだったの?」
「そうとも」
 
 シェルニティが、少し首をかしげる。
 
「それなら、あなたは、ずいぶん前から、私を愛していたということになるわ」
 
 言葉に、彼は、まばたきを忘れた。
 シェルニティは、時々、彼の想像の右斜め上をいく。
 ほとんどのことに予想がたてられる彼の予想を遥かに越えて。
 
「あなたは、大事なものと、そうでないものとを、区別しているもの。その大事なものの中に、私は、入っていたと思うの。だから、不義の汚名を肩代わりしてくれたり、呪いを解いてくれたりしたのよね?」
 
 言われて、彼も気づく。
 その頃には、もう、シェルニティを愛し始めていたのだろう。
 彼女が、彼を、久しぶりに笑わせてくれた時には、すでに。
 
「つまり、その頃から、あなたは、私を愛していたのだわ」
 
 彼は、軽く肩をすくめてみせた。
 
「私も、今、気づいたよ。そういえば、その頃から、私は、アリスが、きみの頬を舐めるのが、気に食わなかったってね」
「自分のことなのに、気づけないのね。私も、昨夜ゆうべ、気づいたばかりだもの」
「自分のことだからさ」
 
 彼は、ローエルハイドの血という問題をかかえているし、シェルニティは、未だ感情の成長過程ではあるし。
 罪を背負ってもいて、万事解決とはいかない。
 それでも、2人で一緒に同じ時間を生きていきたい、と思う。
 
「私、あなたと、ここで、末永く穏やかに暮らしていきたいわ」
「畑と魚釣りをしながらかい?」
「そうよ。でも、時々は、王都のお屋敷に帰りたい。キットや、リンクス、ナルに会いたいもの」
 
 今後も、必要があれば、力を使うことはあるだろう。
 が、シェルニティに罪を負わせないよう、できる限り、努力するつもりだ。
 彼も、彼女との穏やかな暮らしを望んでいる。
 必要もないのに、力を振るう気はなかった。
 
 もとより、シェルニティ以外は、どうでもいい。
 彼女が笑っていられるのが、なによりの願いなのだ。
 
 彼は、シェルニティの両頬を手でつつむ。
 瞬きする彼女に、にっこりしてみせた。
 
「仰せのままに。愛しのシェリー」
 
 そして、そっと口づける。
 やわらかく、暖かな感触に、心が満たされていた。
 何度か、軽く唇を重ねたあと、シェルニティを抱きしめる。
 彼女は、彼を抱きしめ返すことに、慣れてきたようだ。
 背中へと回された腕にも、至福を感じる。
 
「私の愛しい人、きみは、とても暖かいね」
「あなたも……とても、暖かいわ」
 
 シェルニティが、彼の胸に顔をうずめた。
 彼は、そのシェルニティの額に、緩やかな頬ずりをする。
 
(きみも、私の初めてを、手に入れているよ)
 
 誰に許されなくても、どんな罪や罰があっても、かまわない。
 シェルニティは、彼が初めて手に入れた、たったひとつの愛だった。
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