放蕩公爵と、いたいけ令嬢

たつみ

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一緒にいるから 3

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 彼は、レックスモア周辺を吹き飛ばした。
 その際、レックスモア侯爵家の人たちも消えた。
 さらに、リリアンナと御者も殺したと言う。
 
 日頃の穏やかな彼からは、想像もつかない。
 が、時々、冷淡になる姿を思い出してもいた。
 彼の中には、いくつもの「彼」がいる。
 
 シェルニティといる時の、少し皮肉っぽいが、ユーモアにあふれた彼。
 厳しくしたり、困ったりしながらも、子供の面倒を見ている彼。
 辛辣に女性をあしらったり、貴族に冷淡になったりする彼。
 
 そして、怒りに任せ、大きな力を振るう、彼。
 
 そのどれもが、彼ではあるのだろう。
 ひとつだけを取り上げて、本物だとすることはできないのだ。
 
「私は、ろくでもない男なのだよ、シェリー」
 
 シェルニティは、彼を見つめる。
 いつもの、穏やかな彼だった。
 微笑んではいないけれど、不機嫌そうでもない。
 
「後悔していないってこと?」
「そうだ」
 
 彼が振るった力により、人が怪我をしたり、建物が壊れたりしている。
 その上、人を殺してもいるのだ。
 にもかかわらず、それらについて、彼は、後悔していない。
 
「正しいことをした、とも思っちゃいないがね」
 
 言葉に、自嘲じみた響きがある。
 後悔はないのに、正しいとも思っていないから、なのだろうけれども。
 
「繰り返し言っているが、私は、いいものではないのだよ」
「なぜ? 人を殺したから? 傷つけたから? 建物を壊したり、絵画を落としたりしたから?」
「私が、“そういう”者だからだ」
 
 彼の黒い瞳が揺らいでいる。
 夜会のあとと同じだった。
 あの時は、わからなかったことが、今は、わかる。
 彼は恐れているのだ。
 
 シェルニティに拒絶されることを。
 
 彼女は、周囲から拒絶されることに慣れていた。
 それが、あたり前で、彼女の「普通」で、だからこそ、平気でいられた。
 けれど、彼と出会って、拒絶されないこと、受け入れてもらえることの喜びや、嬉しさを、初めて知ったのだ。
 
 昨夜、家を出ようとしたのは、彼と顔を合わせたら、すがりそうだったから。
 縋った結果、拒絶されるのが怖かったから。
 
 これまで平気でいられたことが、平気でいられなくなった。
 
 およそ、自分で判断などしてこなかったシェルニティが、意を決してまで、逃げようとしたのだ、ある意味では。
 彼から拒絶されることに、怯えていた。
 
「あなたは、私を助けるために力を使ったのでしょう?」
「そうではない。私が、きみを失いたくなかっただけだ」
「同じじゃない」
「まるで、違う。きみが責……」
 
 彼の口を、右手で押さえる。
 それから、彼の瞳を見つめて、言った。
 
「少し黙っていてちょうだい。前にも言ったけれど、勝手に1人で考えて、1人でペラペラ話すのは、あなたの悪い癖よ? 今は、私が1人でペラペラ話したいの」
 
 そっと手を放して、シェルニティは、小さく微笑む。
 彼には言いたいことを言う。
 それが、彼との「決め事」なのだ。
 
「私は、あなたより、もっと禄でもないのかもしれないわ。なぜって、私、殺された人を悼んでいないのだもの。よく知りもしない人たちのために、あなたを責める気にはなれない。あなたが、私のためにしたことだってわかってもいるし。私は、きっと、とても薄情なのね」
 
 彼が口を開きかけたので、軽く手を上げてみせる。
 シェルニティの話は終わっていない。
 まだ彼の話す順番ではないのだ。
 彼が、しかたなさそうに、口を閉じる。
 
「それに、私は、こうして生きているのが、嬉しい。生きていて、あなたと一緒にいられるのが嬉しいと思っているの。私の命が、殺された人たちの命と引き換えに手にしたものだと、わかっているのに、よ? だって、あなたが、そうしてくれていなければ、私は死んでいたもの」
 
 シェルニティは、彼の右頬に手をあてた。
 彼が、いつも彼女にしてくれたように。
 
「あなたは、なんでも肩代わりしてくれようとするけれど、これは私の罪だわ」
「シェリー、それは……」
「力を使ったのは、あなたでも、使わせたのは、私でしょう?」
 
 彼が、苦しげに眉をひそめる。
 
「だから、私を遠ざけようとしたのね? 私を巻き込むと思ったから」
「……きみに、負うべき罪はない。そういう思いをさせるつもりは……」
「それでは、駄目なの」
 
 体を寄せ、シェルニティは、彼の体を抱きしめた。
 なぜだか、そうしたくなったのだ。
 
 彼は、シェルニティのために、人の命を奪った。
 そのこと自体には罪の意識を感じていない。
 なのに、シェルニティに罪を負わせることには、罪の意識を感じている。
 
「私が罪を負わなければ、あなたは、止まれない。そうでしょう?」
「シェリー……きみ……」
「あなた、怒っていたのだわ。同じくらい、怖かったのね?」
 
 彼が、ゆるくシェルニティを抱きしめ返してきた。
 昨夜、彼女を抱き起こした彼の鼓動は、とてもせわしなかったのだ。
 きっと、失うことが、それほどに恐ろしかったに違いない。
 だから、怒りを抑えられなかったのだろう。
 
「私になにかあれば、あなたは、また同じことをする。でも、その時に、少しだけ思い出してほしいの。人を殺せば、私が罪を負うのだってことをね。そうすれば、多少は、抑えが効くかもしれないでしょう?」
「だが……それでは、きみが苦しむだけだろう」
「確かに、この先、平気でいられるかどうかは、わからないわ。ただ、私だって、あなただけを苦しませるのは、本意ではないの。それに……やっぱり、私は禄でもないのよ」
 
 シェルニティは、彼の胸に頬をうずめる。
 
「私、あなたを、ちっとも怖いと思えないの。こうして伝わってくるのは、あったかいものだけ」
 
 ぎゅっと、強く抱きしめ返された。
 シェルニティの肩口に、彼の額が押しつけられている。
 
「……きみは……わかっているのかな……」
「わかっているわ」
 
 自分に彼と同じだけの力があり、もし、彼が危機に瀕していれば、力を振るわずにはいられないだろう。
 たとえ、そこに犠牲が伴うとわかっていても。
 
「あなたは、ローエルハイドの血の継承者……人ならざる者」
 
 彼なら、もっと早く、クリフォードを殺すこともできたはずだ。
 けれど、そうはしなかった。
 審議の際、クリフォードをイスから転げ落としたくらいのものだ。
 シェルニティの命に危険が及ぶまで、最小限の力にとどめていたと知っている。
 
(あなたは大事な人のためには、どのようなことでもする人)
 
 だからこそ、彼に愛されることを恐れる人もいるだろう。
 自分のせいで人が殺される可能性を、かかえ続けなければならないのだから。
 
「それでも、私は、あなたを愛しているし、あなたに愛されたいの」
 
 彼を失うこと以上に、苦しいことなどないと思える。
 彼が守ってくれようとするのと同じに、シェルニティも、彼を守りたかった。
 彼自身の心の闇から。
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