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罪人と断罪 1
しおりを挟む「ユージーン・ガルベリーを始として……」
「やめろ、リカッ!!」
バッと、アリスは、リカの腕を掴む。
リカの目が、大きく見開かれていた。
その手には、ロケットのついたネックレスが握られている。
「間に合って良かったぜ」
「にーさん……ご無事で……」
「ああ、そうだよ。ご無事だ。だから、それは、やんなくてもいいんだよ、リカ」
リカの目から、涙がこぼれ落ちていた。
しかたなく、アリスは、リカを抱きしめてやる。
宥めるために、背中をさすった。
本当は、こういうのは、とても苦手なのだけれども。
「オレが、お前を置いて、死ぬわけねーじゃんか」
「ですが……にーさんの鼓動が小さくなって……」
「オレたちは、2人で一人前。そうだろ?」
こくこくと、リカがうなずく。
常に「与える者」としての責任を、リカは1人で担っていた。
それが、どれほどの重圧かは、アリスにもわかっている。
(今までのウィリュアートンの当主ってのは、どうやって耐えてきたんだか)
与える者の力が失われれば、ロズウェルドから魔術師が消えるのだ。
それは、国の存亡にも関わっていた。
魔術師がいなくても国を守れるようにと、特殊な機関は設置されている。
だとしても、どこまで「やれる」かは、わからない。
ロズウェルドには、魔術師不在の歴史はないからだ。
リカは、どれほど恐ろしかっただろう、と思う。
半身もがれて生きていける人間はいない。
その恐れから、リカが「奥の手」を使うのは、想像できた。
アリスが魔術師の攻撃を受けたと、リカは知ったはずだ。
命を失いかけた場合に伝わるのは、痛みだけではない。
どのような攻撃であったかも伝わる。
だから、ネックレスを使おうとした。
リカの持っているネックレスには特別な力が宿っている。
かつて大公と呼ばれたジョザイアの祖が、ウィリュアートンの祖であるユージーンに与えたものだった。
詠唱をすると、すべての魔術師から魔力を吸い上げる。
が、その膨大な魔力は、リカに還元されてしまうのだ。
魔力を溜めるための器を持たないリカは、内側から魔力により壊され、命を失うことになる。
それでも、リカが、その力を使うと、アリスにはわかっていた。
自分でも同じことをした、と思うからだ。
「まったく、オレがいねえ時に、それは使うなって、言っといただろーが」
アリスには、変転のほかに、もうひとつ能力がある。
積在と呼ばれる、魔力を取り込みながらも、捨てることのできる力だった。
リカに還元される魔力をアリスが受け取り、箱詰めにして捨てる。
そうすることでのみ、ネックレスを使っても、リカは命を繋ぎとめられるのだ。
「まぁ、しかたねーな。今回だけは、大目に見てやる」
「はい……申し訳ありません……」
「もう、すんなよ? オレだって傷つくんだぜ?」
「にーさんが、傷つく……?」
体を離し、弟の頭を、くしゃりと撫でる。
わざと、しかめ面をして、言った。
「オレを信じてねーのかなーと思ってサ」
「そのようなこと、あるはずないでしょう! 僕は、いつだって、にーさんのことを信じていますよ!」
「それなら、勝手に力を使おうとすんな。お前を置いてかねーって、オレの言葉を信じて、待ってりゃいいんだよ」
リカが、しゅんとしながら、うなずく。
その姿に、アリスは心を痛めていた。
リカの心は、壊れたままなのだ。
アリスのことしか信じていない。
己の心すら、リカは信じていないのだ。
たった1度、自分が目を離したせいで。
「リカ、こうしちゃいらんねーぞ」
「どういう意味でしょう?」
アリスは、感傷を吹き飛ばす。
もうひとつ、大変なことが起きようとしていた。
「俺も、手を貸さざるを得ぬことだな」
いつの間にか、国王が姿を現している。
どこから見られていたのか、非常に気になった。
さりとて、今は、こだわっている場合ではない。
「魔力分配は止めたぞ」
「なんとかなりそうか?」
国王は、魔術師だ。
魔力を与えているのはリカだが、その魔力は、すべて国王に流れている。
が、日頃は、国王側近の魔術師長に、すべての魔力を分配していた。
その魔術師長が、ほかの王宮魔術師らに、細かく魔力分配をすることで、国王が魔術師であることを隠している。
ロズウェルドにおいて、国王は「与える者」であり、魔術師であってはならないからだ。
「なんとかせねばならんだろ」
今、リカの与える魔力のすべては、国王の元にある。
相当な魔力量だ。
「なにしろ、レックスモアなど吹き飛ばしてしまえと言ったのは、俺だからな」
「はあっ?! アンタ、それが、どういうことか、わかってんのかよ!」
「しかたあるまい」
国王は、平然としている。
慌てた様子は、微塵もなかった。
「……死人が出るぜ?」
「わかっておる」
「いいのかよ?」
「あれは、“そういう者”だ」
たった1人の愛する者のために、どこまでも冷酷に、残酷になる。
どんな犠牲も厭わず、容赦もしない。
同情も憐憫も、彼にはない。
それが「人ならざる者」の本質なのだ。
「まぁね……わかってんだけどね……」
できれば、穏やかに暮らしていてほしかった。
彼だって、殺戮を好んでいるわけではないと、知っている。
それでも、もう遅い。
「なぜ、ふれてしまったのかは知らぬが、愚かなことをする。放っておけば何事も起こらずにすんだのだ。俺の幼馴染みの逆鱗は、愛しかないというのに」
国王の周りに、金色の光が広がり始めた。
防御用の魔術を展開しているのだ。
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が、辺境地まで守りきれるかは、わからない。
少なくとも、レックスモアは消えてなくなる。
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彼の力を感じる。
「やべえ! 来るぞ!!」
「やはり……凄まじいな……」
口調は変わらないが、国王の額に汗が浮いていた。
防御されていても、息苦しい。
瞬間、ビリビリっと、空気が震える。
ドォオーン、という地鳴りと地響き。
咄嗟に、アリスは、リカを庇い、床に伏せた。
そして、国のこととは別にして、シェルニティの無事を願う。
アリスを気に入っている、イチゴ好きな女性を、アリスも好きだったのだ。
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