放蕩公爵と、いたいけ令嬢

たつみ

文字の大きさ
上 下
66 / 80

伝えたいことは 2

しおりを挟む
 
「い、意味がわからないよ、リリアンナ」
「出て行く、と言ったの」
 
 クリフォードは、混乱している。
 リリアンナの態度が、急に変わっていた。
 クリフォードを映す瞳には、明らかな蔑みの色が漂っている。
 優しく美しかったリリアンナとは別人のように、冷淡な表情を浮かべていた。
 
「期待外れだったわ、あなた」
「期待外れ……」
「そうよ。もっと頭の良い人かと思っていたけれど、勘違いだったみたい」
 
 辛辣な口調に、茫然となる。
 言い返すことすらできなかった。
 
 シェルニティとの婚姻解消で、ブレインバーグの後ろ盾をなくし、貴族らからは距離を置かれるようになっている。
 そして、夜会で公爵が演じた「呪いの解かれた姫君」の一幕が、クリフォードの転落を決定的なものにした。
 今や、貴族らは、レックスモアを完全に無視している。
 
 あのあとの夜会は、酷いものになった。
 主催者であるクリフォードも隣に立つリリアンナも、まるで「いない者」として扱われたのだ。
 話しかけても冷たくあしらわれ、冷淡なまなざしを向けられた。
 代わりに、主役となったのは、シェルニティだ。
 
「わ、私だって、知らなかった……彼女に呪いがかけられていたなんて……」
 
 シェルニティは、美しかった。
 痣がなくなっただけではない。
 
 見たこともないような、艶やかな赤味がかった金髪と透き通るような肌。
 金色にも見える澄んだ薄茶色の瞳に、ほんのり赤い唇。
 女性らしいたおやかさと、健康的な張りのある、魅力的な体つき。
 
 ホールからの大歓声にもうなずけるほど、美しかったのだ。
 クリフォード自身、見惚みとれてしまったのは、自覚している。
 最初から、あの姿であったなら、自分の妻であることを誇りにできていた。
 すぐさまベッドをともにしていたに違いない。
 
 が、過去に戻ることはできないのだ。
 クリフォードはシェルニティをうとんじ、婚姻の解消までした。
 その事実は覆せないし、周囲にも、それは知れ渡っている。
 だから、貴族らは、2度とクリフォードを相手にしない。
 
 あんな劇的な情景は、長く語られるだろうから。
 同時に、クリフォードは絵本に出てくる「悪役」のごとく扱われるだろうから。
 
 地位も立場も、貴族としての名誉も失った。
 すでに勤め人も、幾人かは辞めたがっている。
 そこから、噂が飛び火し、別の領地に移動する領民も出てくるかもしれない。
 領主が落ちぶれたと聞けば、動揺もする。
 もとより、領民の少ない土地柄だ。
 隣の辺境地に移動されるだけでも、大きく税収が減る。
 
 上位貴族のキャラック公爵家などアテにはならない。
 ほかの貴族に無視されているのだから、支援の請願が通るはずがなかった。
 今後は、徐々に生活にも困窮していくはずだ。
 
 それでも、残されたものはある。
 クリフォードは、信じていた。
 自分のしてきたことは顧みず、なんの根拠もなく、信じていた。
 リリアンナだけは、そばにいてくれると。
 
「私は、何度も言ったわ。側室でいいってね。なのに、あなたは、聞かなかった。それどころか、余計なことばかりして、私の足を引っ張ったのよ」
 
 リリアンナの口調は、聞いたこともないほど冷たい。
 瞳には、嫌悪と侮蔑が浮かんでいる。
 その豹変ぶりに、クリフォードは、混乱していた。
 
「私は、きみのために……」
「それが、迷惑だったって、なぜわからないの? 本当に馬鹿な人ね」
 
 芯から、うっとうしそうに、リリアンナが顔をしかめる。
 茫然としながらも、気づいた。
 リリアンナは、手に荷物を持っている。
 
「本気で、出て行く、つもりでは、ないだろうね……?」
「本気に決まっているでしょう? もう、ここに用はないわ」
「そんな……だが、きみは、私を愛して……」
 
 リリアンナが、馬鹿にしたように、鼻で嗤った。
 クリフォードが、放蕩中、彼に本気になった女性に対してしてきたように。
 
 『私を愛しているだって? サロンに出入りしている女性とは、遊びに決まっているじゃないか。サロンで囁かれる言葉を信じるなんて、有り得ないだろう』
 
 そんなふうに、相手の女性を鼻で嗤い、見捨ててきたのだ。
 煩わしくて、うっとうしいとも思っていた。
 同じことを、今、リリアンナは、自分に感じているのだろうか。
 クリフォードは、まだ、リリアンナの心変わりを信じられずにいる。
 
「私に必要だったのは、あなたの愛じゃないのよ。辺境地でも、まずまずの贅沢ができると思ったから、あなたを選んだに過ぎないわ」
「きみは、私に純潔を捧げてくれたじゃないか!」
 
 また、リリアンナが嗤う。
 瞳に漂っていた侮蔑の色が濃くなっていた。
 
「あなた、純潔なんて相手にしたことないでしょう? それで、なぜ、わかるの? むしろね、あなたのような人のほうが、少し演技をすれば簡単に騙されるものよ。はっきり言って、あなたとベッドをともにするのは苦痛でしかなかったわ」
 
 クリフォードは、言葉を失う。
 持っていた自尊心が、粉々に打ち砕かれていた。
 長続きしたかはともかく、リリアンナは、初めて本気になった女性だ。
 彼女のために、放蕩もやめたほど、夢中になっている。
 その相手から、罵倒されているのだ。
 
「手慣れた女性なら、あなたとの2度目は、考えなかったでしょうね。あなたは、いつも自分本位な抱きかたしかしない、女性を満足させることのできない男だもの。まぁ、本物の放蕩者とは言えないわね」
 
 あまりのことに、眩暈がする。
 額を押さえても、体がふらついた。
 改めて気づく。
 
 自分は、なにもかもを失ったのだ。
 
 地位や名誉、財産だけではない。
 手に入れたと思った愛も、まやかしだった。
 リリアンナは、彼ではなく、彼の財を欲していた。
 それも、もう彼女に与えることはできない。
 
 つまり、リリアンナを繋ぎとめられない、ということ。
 彼女は、去っていく。
 
「恨むのなら、あの女にしてちょうだい」
 
 そうだ、と思った。
 こんな目に合っているのは、自分のせいではない。
 
「きっと、あの女にかかっていた呪いが、あなたの人生を狂わせたのよ」
 
 リリアンナの言葉に、クリフォードの心が、かき乱されていく。
 呪いの解けた美しい姿ではなく、呪いの刻まれた顔を思い出した。
 
「彼女の呪いが解けたせいで、あなたにうつったのかもしれないわね。お気の毒に」
 
 リリアンナの言う通りに違いない。
 順風だった人生を、滅茶苦茶にしたのは「あの女」なのだ。
 クリフォードは、自分の失態を認められずにいる。
 どうしても認めたくなかった。
 
「あの女と関わらなければ……あの女さえいなければ……」
 
 恨みに憑りつかれて、ぶつぶつと、つぶやくクリフォードの耳に、リリアンナが囁いた。
 
「あの女がいなければ、あなたの人生が好転する可能性はあるのじゃない?」
「私の、人生……」
「そうよ、クリフォード。あの女の呪いが、災いの元。それなら、元を断てばいいだけの話でしょう?」
 
 絶望に叩き込まれたクリフォードを、リリアンナの言葉が侵食していく。
 ほかにすがれるものがなかったからだ。
 
「でなければ、レックスモアの名も、いずれ消えるでしょうね。私には、もう関係ない話だけれど、忠告はしたわ。さようなら、クリフォード・レックスモア」
 
 リリアンナがクリフォードに背を向ける。
 けれど、クリフォードには見えていなかった。
 彼に見えているのは、あの「痣」だけだ。
 
「シェルニティ・ブレインバーグ……お前に、呪いを叩き返してやる……」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

処理中です...