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家族の食卓 3
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彼が、2人の少年を従えて、テラスに姿を現す。
少年たちも民服だ。
(でも、彼も私も民服だもの。ここでは、めずらしくないのかもしれないわね)
いずれにせよ、シェルニティには、少年らが貴族でも平民でも関係ない。
すでに、貴族教育で学んだことがすべてではないと、知っている。
あえて「区別」をする必要も感じてはいなかった。
「やあ、お邪魔するよ」
3人が、シェルニティと同じテーブルにつく。
キサティーロが4人分のお茶を用意していた理由が、やっとわかった。
予定変更で、昼食前にお茶をすると、予測していたのだろう。
とても優秀な執事だと感心する。
「オレ、リンカシャス・ウィリュアートン。リンクスって呼んでいいぜ」
ブルーグレイの髪と瞳の少年が、シェルニティに言う。
なんとなく、アリスの瞳の色に似ている気がした。
さりとて、いくらアリスが「美男子」でも、馬と似ているというのは失礼だろうかと思い、言わずにおく。
隣の少年は、ダークグレイの髪に、ダークグリーンの瞳。
なにか言いにくそうにしていた。
人見知りをする性質の子なのだろうか、と思う。
「ナル、自己紹介をしなさい」
彼が、穏やかな口調で、少年に促した。
少し逡巡する様子を見せたあと、少年が口を開く。
「……オリヴァージュ・ガルベリー。ナルと呼んでください」
名を聞いて、理解した。
ナルは、貴族ではなく、王族なのだ。
「あなたも、お父さまに似ていないと、よく言われるの?」
それを訊かれるのが嫌で、名を言いよどんでいたのではないか。
思ったのだが、ナルは首をかしげている。
「この前、夜会で、アーヴィング王太子殿下が、よく訊かれると、仰っておられたものだから、王族の方々は、そう訊かれることが多いのかと思ったわ」
ぷはっと、リンクスが吹き出した。
ナルも、小さく笑っている。
やはり、シェルニティには、なぜ笑われているのか、わからない。
「私は、シェルニティ・ブレインバーグ。好きなように呼んでね」
彼からは、愛称で呼ばれている。
が、ほかの人から愛称で呼ばれたことはなく、自ら「愛称で」と言うのは気後れがしたのだ。
家族からも愛称で呼ばれてはいなかったので。
「なあなあ、シェルニティは、ジョザイアおじさんの恋人なんだろ? 後添えにはならねーの?」
「山小屋で一緒に暮らしているのでしょう? 2人の時、ジョザイアおじさんは、どういうふうなのですか? すごく気取っていそうですけど」
2人は体を乗り出し、目を輝かせている。
子供と話すのは、これが初めてだった。
好奇心いっぱいといった様子が、微笑ましくなる。
まっすぐに感情を示してくるのも、嫌ではなかった。
「リンクス、ナル。行儀良くできないのなら、納屋に閉じ込めると言ったはずだ」
彼は、とても渋い顔をしている。
それが、なんだかシェルニティには、面白く思えた。
(彼らと親しくしているのね。子供好きとは思わなかったわ)
大人に対しての不機嫌顔とは、あきらかに違う。
不愉快とか不快といった雰囲気がないのだ。
笑いたいのに、わざと我慢しているような、そんな顔つきに見える。
「あなたは、“若者”の躾には、どうも、厳し過ぎるのではないかしら? 彼らは、お茶をこぼしてもいないし、ケーキを手掴みで食べたりもしていないでしょう? とても、お行儀がいいと思うわ」
「人のことを、あれこれ詮索するのは、行儀がいいとは言えないね」
「そうかしら? あなたも、最初、私に、あれこれ訊いたと思うけれど?」
興味のある相手に対して、あれこれ訊きたくなる気持ちが、最近、シェルニティにもわかってきた。
彼と遠出をした際に、「楽しくない話」を、深追いしてしまったのは、そのせいでもある。
つまり、少年らは、シェルニティに興味を持っている、ということ。
「へえ! ジョザイアおじさんがねー」
「女性に、あれこれ訊くのは失礼って仰っていたのに」
「あれは、きみたちの詮索とは意味が違う」
「だったら、なに訊いたんだよ?」
「まさか、男性関係について、お訊きになられたりはしていないでしょうね?」
彼が、ふっと口を閉ざす。
そういえば、夫との関係について訊かれていたと、思い出していた。
ナルの言う「男性関係」に当てはまっていたので、否定できなかったらしい。
「あ! ほら! やっぱり、オレらの“詮索”と変わんねーじゃん!」
「シェルニティ、どうなのです? ジョザイアおじさんに口説かれました?」
2人の嬉々とした様子に、シェルニティは笑い出す。
行儀はともかく、賑やかな空間が楽しかったのだ。
2人の遠慮のなさも、心地いい。
「口説かれてはいないわ。彼は、私に興味がないって言ったもの。しかも、大事なことだからって、2度もね」
「ええーっ!! シェルニティ、こんな可愛いのに、信じらんねー!!」
「ジョザイアおじさん、それは、あまりに失礼ではないですか?」
彼が、苦笑いを浮かべている。
ちょっぴり、本気で困っているような表情に、胸が暖かくなった。
2人きりの時には気づかなかった、彼の違う面を見た気がする。
(家族って、こんなふうなのかもしれないわね。賑やかで、遠慮がなくて)
両親や妹も、楽しい食卓を囲んでいたのだろうか。
そこに、自分はいなかった。
けれど、いつか、自分自身の家族を持った時には、こうした楽しい時間を持てるようになれるのかもしれない。
「そーいや、シェルニティって、何歳?」
「18歳よ?」
「なら、あと1年くらい待てるよな?」
「1年? 待つって、なにを?」
リンクスは、ひとつの話題に固執しない性格らしかった。
すぐに、別の話へと切り替えていく。
おそらく、とても頭がいいのだ。
先に先にと、思考が動いていくに違いない。
「来年、オレ、14になるんだ。そしたら、シェルニティに求婚するからサ」
「まあ。私に?」
「そんなの駄目さ。リンクスは、意地が悪いからな」
「そうなの?」
「シェルニティには、優しくする。オレ、可愛い子には、意地悪しねーもん」
かちゃん。
彼が、静かに紅茶のカップを置く音がした。
2人に向かって、にっこりしている。
「きみたちは、納屋に閉じ込める。昼食も抜きだ。これは決定事項だよ」
2人が、ぱくっと口を閉じた。
そして、顔を見合わせる。
瞬間、立ち上がり、シェルニティの、それぞれの頬に口づけた。
「またな、シェルニティ!」
「また、お話してください!」
言って、バタバタっと駆け出す。
シェルニティは、その素早さに、びっくりしながら、その背を見送った。
「やれやれ……キット」
「ガゼボに、2人の食事を、用意しております」
「さすがだね」
どうやら、2人は納屋に閉じ込められることもなく、昼食も用意済みのようだ。
彼の「まいった」という顔に、シェルニティは、声を上げて笑う。
少年たちも民服だ。
(でも、彼も私も民服だもの。ここでは、めずらしくないのかもしれないわね)
いずれにせよ、シェルニティには、少年らが貴族でも平民でも関係ない。
すでに、貴族教育で学んだことがすべてではないと、知っている。
あえて「区別」をする必要も感じてはいなかった。
「やあ、お邪魔するよ」
3人が、シェルニティと同じテーブルにつく。
キサティーロが4人分のお茶を用意していた理由が、やっとわかった。
予定変更で、昼食前にお茶をすると、予測していたのだろう。
とても優秀な執事だと感心する。
「オレ、リンカシャス・ウィリュアートン。リンクスって呼んでいいぜ」
ブルーグレイの髪と瞳の少年が、シェルニティに言う。
なんとなく、アリスの瞳の色に似ている気がした。
さりとて、いくらアリスが「美男子」でも、馬と似ているというのは失礼だろうかと思い、言わずにおく。
隣の少年は、ダークグレイの髪に、ダークグリーンの瞳。
なにか言いにくそうにしていた。
人見知りをする性質の子なのだろうか、と思う。
「ナル、自己紹介をしなさい」
彼が、穏やかな口調で、少年に促した。
少し逡巡する様子を見せたあと、少年が口を開く。
「……オリヴァージュ・ガルベリー。ナルと呼んでください」
名を聞いて、理解した。
ナルは、貴族ではなく、王族なのだ。
「あなたも、お父さまに似ていないと、よく言われるの?」
それを訊かれるのが嫌で、名を言いよどんでいたのではないか。
思ったのだが、ナルは首をかしげている。
「この前、夜会で、アーヴィング王太子殿下が、よく訊かれると、仰っておられたものだから、王族の方々は、そう訊かれることが多いのかと思ったわ」
ぷはっと、リンクスが吹き出した。
ナルも、小さく笑っている。
やはり、シェルニティには、なぜ笑われているのか、わからない。
「私は、シェルニティ・ブレインバーグ。好きなように呼んでね」
彼からは、愛称で呼ばれている。
が、ほかの人から愛称で呼ばれたことはなく、自ら「愛称で」と言うのは気後れがしたのだ。
家族からも愛称で呼ばれてはいなかったので。
「なあなあ、シェルニティは、ジョザイアおじさんの恋人なんだろ? 後添えにはならねーの?」
「山小屋で一緒に暮らしているのでしょう? 2人の時、ジョザイアおじさんは、どういうふうなのですか? すごく気取っていそうですけど」
2人は体を乗り出し、目を輝かせている。
子供と話すのは、これが初めてだった。
好奇心いっぱいといった様子が、微笑ましくなる。
まっすぐに感情を示してくるのも、嫌ではなかった。
「リンクス、ナル。行儀良くできないのなら、納屋に閉じ込めると言ったはずだ」
彼は、とても渋い顔をしている。
それが、なんだかシェルニティには、面白く思えた。
(彼らと親しくしているのね。子供好きとは思わなかったわ)
大人に対しての不機嫌顔とは、あきらかに違う。
不愉快とか不快といった雰囲気がないのだ。
笑いたいのに、わざと我慢しているような、そんな顔つきに見える。
「あなたは、“若者”の躾には、どうも、厳し過ぎるのではないかしら? 彼らは、お茶をこぼしてもいないし、ケーキを手掴みで食べたりもしていないでしょう? とても、お行儀がいいと思うわ」
「人のことを、あれこれ詮索するのは、行儀がいいとは言えないね」
「そうかしら? あなたも、最初、私に、あれこれ訊いたと思うけれど?」
興味のある相手に対して、あれこれ訊きたくなる気持ちが、最近、シェルニティにもわかってきた。
彼と遠出をした際に、「楽しくない話」を、深追いしてしまったのは、そのせいでもある。
つまり、少年らは、シェルニティに興味を持っている、ということ。
「へえ! ジョザイアおじさんがねー」
「女性に、あれこれ訊くのは失礼って仰っていたのに」
「あれは、きみたちの詮索とは意味が違う」
「だったら、なに訊いたんだよ?」
「まさか、男性関係について、お訊きになられたりはしていないでしょうね?」
彼が、ふっと口を閉ざす。
そういえば、夫との関係について訊かれていたと、思い出していた。
ナルの言う「男性関係」に当てはまっていたので、否定できなかったらしい。
「あ! ほら! やっぱり、オレらの“詮索”と変わんねーじゃん!」
「シェルニティ、どうなのです? ジョザイアおじさんに口説かれました?」
2人の嬉々とした様子に、シェルニティは笑い出す。
行儀はともかく、賑やかな空間が楽しかったのだ。
2人の遠慮のなさも、心地いい。
「口説かれてはいないわ。彼は、私に興味がないって言ったもの。しかも、大事なことだからって、2度もね」
「ええーっ!! シェルニティ、こんな可愛いのに、信じらんねー!!」
「ジョザイアおじさん、それは、あまりに失礼ではないですか?」
彼が、苦笑いを浮かべている。
ちょっぴり、本気で困っているような表情に、胸が暖かくなった。
2人きりの時には気づかなかった、彼の違う面を見た気がする。
(家族って、こんなふうなのかもしれないわね。賑やかで、遠慮がなくて)
両親や妹も、楽しい食卓を囲んでいたのだろうか。
そこに、自分はいなかった。
けれど、いつか、自分自身の家族を持った時には、こうした楽しい時間を持てるようになれるのかもしれない。
「そーいや、シェルニティって、何歳?」
「18歳よ?」
「なら、あと1年くらい待てるよな?」
「1年? 待つって、なにを?」
リンクスは、ひとつの話題に固執しない性格らしかった。
すぐに、別の話へと切り替えていく。
おそらく、とても頭がいいのだ。
先に先にと、思考が動いていくに違いない。
「来年、オレ、14になるんだ。そしたら、シェルニティに求婚するからサ」
「まあ。私に?」
「そんなの駄目さ。リンクスは、意地が悪いからな」
「そうなの?」
「シェルニティには、優しくする。オレ、可愛い子には、意地悪しねーもん」
かちゃん。
彼が、静かに紅茶のカップを置く音がした。
2人に向かって、にっこりしている。
「きみたちは、納屋に閉じ込める。昼食も抜きだ。これは決定事項だよ」
2人が、ぱくっと口を閉じた。
そして、顔を見合わせる。
瞬間、立ち上がり、シェルニティの、それぞれの頬に口づけた。
「またな、シェルニティ!」
「また、お話してください!」
言って、バタバタっと駆け出す。
シェルニティは、その素早さに、びっくりしながら、その背を見送った。
「やれやれ……キット」
「ガゼボに、2人の食事を、用意しております」
「さすがだね」
どうやら、2人は納屋に閉じ込められることもなく、昼食も用意済みのようだ。
彼の「まいった」という顔に、シェルニティは、声を上げて笑う。
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