放蕩公爵と、いたいけ令嬢

たつみ

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家族の食卓 2

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「きみたちは、あと1年で、大人と呼ばれる歳になると知っていたかい?」
 
 彼は、少年2人を見て、眉をひょこんと上げてみせる。
 が、2人には、少しも悪びれたところがない。
 
「しょーがねーじゃん。ナルが、点門てんもんを使えねーのが悪い」
「違うね。リンクスが、勝手に、ぶっ倒れただけさ」
 
 はあ…と、彼は溜め息をつく。
 王宮から2人は転移でやってきた。
 が、片方は魔力顕現けんげんしておらず、魔力耐性も、ほとんどない。
 転移に便乗してきたため、昏倒してしまったのだ。
 彼が治癒をほどこし、目が覚めたと思ったら、言い争い始めている。
 
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 そして、ぶっ倒れたほうの少年は、リンカシャス・ウィリュアートン。
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「それよりさ、ジョザイアおじさんの後添のちぞえが来てるんだろ?」
「最近ずっと山小屋にこもっていると知っていますよ」
 
 2人の目が好奇心に満ちていた。
 まったく、と、彼は肩を落とす。
 1人でも厄介なのに、2人が揃うと、ますます厄介だ。
 彼は、ちらっと、植木の上のほうにとまっている烏に視線を投げる。
 
(アリス……せめて、きみたちの息子の世話くらいしたらどうだい?)
(だから、それは無理だって言ってんだろ? リカが来てねーのに、オレだけ相手するわけにはいかねーの)
(リカは、あの子と会おうとはしない)
(そりゃあ、しかたねーな。リカは堅物なのサ)
 
 即言葉そくことばでのやりとりでも、アリスは、そっけない。
 リンクスを気にはしているのだろうが、弟のほうが大事なのだ。
 アリスが「息子」と会っているとわかれば、リカが傷つく。
 だから、会わずにいると、わかってはいた。
 
(いいかげん、リカにも事実を話すべきだと思うがね)
(それで? また、あの女みたいなのに熱でも上げたら、どーすんだよ)
(彼はもう大人だろう。あの頃のように子供ではない)
(どうだかな。オレは、リカに同じ間違いはさせたくねーし、させる気もねーよ)
 
 彼は、アリスの過保護ぶりに呆れて、即言葉を切る。
 なにを言っても、アリスの考えは変わらない。
 些細な危険からも、リカを遠ざけておこうとするのだ。
 
(放置されているリンクスには、いい迷惑だ。父親が2人揃って大人になりきれずにいるなんてのはね)
 
 好奇心いっぱいの瞳をしている少年たちに、彼は苦笑いをもらす。
 この2人も、まだ「子供」だった。
 あと1年で大人と呼ばれる歳になるとはいえ、子供の域を脱していない。
 
「後添えを迎える気はないよ、リンクス」
「だけど、山小屋にこもっているのは、事実でしょう?」
「ナル、きみに魔術を教えたのを後悔させたいのかい? 良くない趣味だ」
「そーいや、ナルのほかにも魔術師が来てたんだろ? 追いはらわなかったみたいだけど、なんでだよ?」
 
 ナルが山小屋付近に転移してきているのは知っていた。
 シェルニティを家に連れて帰った翌日からだ。 
 王都から山小屋までは遠い。
 この屋敷までの転移の便乗とは異なり、長距離の転移が危ういのは、ナルもリンクスも知っている。
 転移できないリンクスが一緒に来ていないのは、わかっていた。
 
 そのため、アリスに「近くをうろついて来い」と言っている。
 山をうろついている魔術師を見張るためではあったが、ナルだけなら、アリスも姿を現すだろうと予測がついていた。
 アリスは、こんなふうでも、一応、リンクスを気にしているので、様子をナルに聞きたがるだろうと。
 
「きみたちの好奇心を満たすような話ではない」
 
 アリスに見張らせつつも、魔術師を放置していたのは、まだ彼の「正体」を相手に悟らせるつもりがなかったからだ。 
 シェルニティの婚姻解消のためには、どうしても、クリフォードから審議の申し立てをさせる必要があった。
 
「そーかな? ジョザイアおじさんが、オンナ連れなんて見たことねーもん」
「そうですよ。記憶にある限り、女性を連れていたことなどありませんでした」
 
 どう言っても、食い下がってくる。
 そういうところが、まだまだ「子供」なのだ。
 
 自分にも息子がいたら、手を焼かされていたのだろうか。
 
 ふと、そう思う。
 さりとて、そんな過去も未来も、ありはしない。
 彼は、すぐに夢想をはらい、2人にしかつめらしい顔をしてみせる。
 
「行儀良くしないのなら、彼女に会わせることはできないな」
 
 2人がまばたきをし、それから、顔を見合わせた。
 すぐに、わざとらしく「生真面目」そうな顔つきになる。
 
「もちろん行儀良くしますよ。なぁ、ナル?」
「当然だろう。躾の行き届いた乗馬馬並みにね」
 
 嘘に決まっていると、わかっていた。
 とはいえ、これ以上、引き延ばせば、むしろ面倒なことになる。
 どういう手を使ってでも、2人はシェルニティに会おうとするはずだ。
 山小屋のほうにだって、来かねない。
 
(我が君、シェルニティ様を、テラスにお連れしております)
 
 キサティーロから即言葉で連絡が入る。
 彼は、苦笑いをもらした。
 
(キット……きみの慧眼には恐れ入るよ)
(息子も近くにいると思いますが?)
(ああ、いるとも。私にナルをあずけて、息抜きをしているみたいだね)
(たまには、そういう時間も必要です)
 
 キサティーロの息子ヴィクトロス・コルデアには、ナルの「子守り」を言いつけてある。
 ナルは、うまく「捲いた」と思っているのだろうが、ヴィクトロスが姿を隠していることに気づいていないだけだ。
 魔術師としての腕は、まだまだヴィクトロスのほうが上なので。
 
(今から2人を連れて、そちらに行く)
(人数分の、お茶を、ご用意しております)
 
 ぐ…と、言葉に詰まりそうになる。
 彼の両親が健在だった頃は、キサティーロの父親が執事を務めていた。
 キサティーロと彼は5歳違い。
 が、彼が5歳の時、十歳のキサティーロが、彼の「子守り」を任されている。
 そのせいで、どうにも、キサティーロには頭が上がらないのだ。
 だいたい、キサティーロの予測は外れた試しもないし。
 
(きみが、ヴィッキーくらい手加減を知っていたらと思うよ)
(息子は若輩なだけにございます、我が君)
(ローエルハイドの執事は、きみにしか務まらないね)
(私には、もう1人、息子がおりますから、ご安心ください)
(コルデア家が執事を務める限り、ローエルハイドの安泰を疑いはしないさ)
(それでは、お待ちしております)
 
 キサティーロからの即言葉が切れる。
 主人との会話を簡単に切るのも、キサティーロくらいのものだ。
 思って、彼は、小さく笑った。
 コルデア家の3人は、彼をまったく恐れない。
 それは、彼にとって、心地のいいものでもある。
 常に、ローエルハイドの家名がついて回る彼にとっては。
 
「行儀良くできないようなら、納屋に閉じ込めて、昼は抜きにする。いいかね」
「わぁかりました! 行儀良くしますよー」
「糊の効き過ぎたシャツ以上に、折り目正しくします」
 
 どうにも嘘くさいが、しかたがない。
 彼は、ついておいでという意味で、人差し指を、軽くちょいちょい、とする。
 2人は目を輝かせ、足取り軽く、彼に着き従った。
 
 キサティーロがいるので必要はなかったが、魔力感知をしてみる。
 敷地内にいるのは、キサティーロの次男坊ヴィクトロスと、ちっちゃな魔術師のナル、そして、下級魔術師程度の魔力を持つリンクスだけだった。
 長男のセオドロス・コルデアの存在はない。
 
 通常、魔力感知では「個」を特定することはできなかった。
 池や湖で、魚影から魚の大きさや種類を判別できても、それは「個」を特定するものではない、というのと似ている。
 が、彼は、魚の鱗や目の大きさ、色味から識別するかのごとく、魔力感知で「個」を特定できるのだ。
 
(テディは、相変わらず情報収集に余念がないようだねえ)
 
 セオドロスは、現在、屋敷内ではすることがない。
 キサティーロがいるからだ。
 代わりに、外の情報を、ありったけ集めてくる。
 そのため、屋敷には滅多に帰って来ない。
 
(それほど恩に感じることはないのに、忠誠心に厚いことだ)
 
 コルデア家は没落貴族だったのをローエルハイドに拾われ、侯爵にまで引き上げられている。
 唯一の、ローエルハイド直下の、下位貴族でもあった。
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