放蕩公爵と、いたいけ令嬢

たつみ

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ずっとがほしくて 4

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 夜会の日から、5日が経っている。
 毎日は、それまでと変わりなく過ぎていた。
 シェルニティに言った「もうしばらく」が、いつまでになるか。
 彼にも、はっきりとした「その日」の予定が見つけられずにいる。
 
 民服を着て、畑仕事や釣りを楽しそうにする彼女の姿に、感情が揺れていた。
 このままでいいはずがない、とは思っている。
 
 なのに、手放し難い。
 
 彼にも、自覚はあった。
 だからこそ、長引かせてはいけないのだ。
 彼女と末永く幸せに暮らす未来はないのだから。
 
 いつも通り、昼食の用意に取り掛かろうとしながら、小さく溜め息をつく。
 初めて会った日には、こんなふうになるとは思っていなかった。
 彼は、十年の放蕩生活から離れ、1人での穏やかな生活に満足していたのだ。
 ローエルハイドの血にこだわりもなく、独り身で人生を終えてもかまわない、と思っていた。
 
 今も、それは変わっていない。
 
 彼の両親は、すでに他界している。
 兄弟や姉妹もいなかった。
 いわゆる、天涯孤独という身なのだ。
 だから、彼が、このまま子を成さずに人生を終えると、ローエルハイドの直系は絶たれることになる。
 
 さりとて、それは、たいした問題にはならない。
 ローエルハイドの血自体は、ガルベリーやウィリュアートンに混じっている。
 そして、直系だから、黒髪、黒眼で産まれるとも限らない。
 人ならざる者の力は、それ自体に意志でもあるかのように、不意にあらわれるのだ。
 直系に、必ずしも、力が継承されるわけではなかった。
 
(力なんて、ほしくはなかったさ。捨てられるものなら、捨てたいくらいだ)
 
 彼は、彼自身の力をうとんじている。
 ガルベリーの血を、わずかながら羨んでしまうほどだ。
 ローエルハイドもガルベリーも、血に縛られていた。
 
 ガルベリーの、魔術師に魔力を「与える者」としての血。
 こちらは、直系男子にしか継承されない。
 表向きは国王が「与える者」とされているが、実際には違う。
 現在「与える者」の力を行使しているのは、ウィリュアートンの当主リカラスだ。
 
 王族であり、唯一のガルベリー直系男子でもあったユージーン・ガルベリーが、婚姻の際、ウィリュアートンの養子に入ったことで、血の継承は、ウィリュアートンに移っている。
 それ以降、代々、国王の座を担っているのは、ユージーンの弟ではあるが、血の繋がりのまったくなかったザカリー・ガルベリーの血筋なのだ。
 
(アリスも、子を成す気はないようだがね)
 
 ウィリュアートンの後継者は1人で十分だと、アリスは言っていた。
 アリスの中にも「与える者」の力は宿っている。
 双子なのだから、当然だ。
 男子のできにくい家系のウィリュアートンにとって、双子の誕生は、未来に続く、希望の星だったに違いない。
 
 2系列に分かれることで、この先、後継者に苦慮することが減るからだ。
 が、アリスは、そう「絶対に」子は成さない。
 リカを守るためなら、アリスは、なんでもする。
 自らの血を遺すことより、弟を優先するに決まっていた。
 アリスのことだから、国など知ったことではない、と思っているだろう。
 
 ロズウェルドの他国に対する圧倒的な優位性は、魔術師がいることだ。
 その魔術師の魔力は「与える者」から授かる。
 が、「与える者」自身は、己で力を持たない。
 そもそも、魔力を維持するための「器」がないのだ。
 そのため、魔力顕現けんげんしていれば8歳の子供でもできる、魔力抑制や魔力調整すらできない。
 まさに、ガルベリーの血は「与える」ためだけのものだった。
 
 対して「人ならざる者」の力はどうか。
 人を守ることも、国を守ることも、彼にとっては容易いことだ。
 さりとて、それは、いつでも「誰か」を犠牲にする。
 ローエルハイドの血は「奪い」「壊す」ことしかできない。
 
 ガルベリーとローエルハイドの血は、対極に位置している。
 どちらが「より良いもの」かなど、考える余地すらない。
 
(公爵様)
 
 即言葉そくことばでの連絡が入った。
 聞き馴染みのある声に、彼は、知らず、笑みを浮かべる。
 
(めずらしいね、きみが声をかけてくるなんて)
(ご用もないのに、公爵様を煩わせることはいたしません)
(わかった。こちらで対処しよう)
 
 即言葉が切れ、彼は、肩をすくめた。
 昼食は、あとにしなければならないようだ。
 彼は、居間のほうへと戻る。
 シェルニティが、パッと顔を上げた。
 
「私は、王都の屋敷に帰る用ができてしまってね」
「それなら、私は、お留守をあずかっておくわ」
「そのことだが、きみも一緒に行かないか?」
「私も?」
「きみの昼食を用意できていないし、向こうで食事というのは、どうだい?」
 
 シェルニティの瞳が、きらきらと輝く。
 呪いが解けたからだ、とは思っていない。
 今までも、新しいことを知るたび、シェルニティは瞳を輝かせていた。
 呪いが解ける前から、彼の、彼女に対する評価は、少しも変わっていないのだ。
 いずれにせよ、シェルニティは、美しく可愛らしい女性だった。
 
「服は、着替えたほうがいいかしら?」
「いや、そのままでかまわないさ。屋敷の者も慣れている」
「王都のお屋敷でも、その格好なの?」
「たいていはね」
 
 内心、ちょっとした逡巡が、彼にはある。
 それでも、シェルニティを屋敷に連れて行くことに決めた。
 どの道、屋敷には行く必要もあるので。
 
 居間の真ん中で、点門を開く。
 見慣れてきたのか、彼女が、タタッと彼の近くに駆け寄ってきた。
 門の向こうには、敷地内の正門ではなく、屋敷の入り口が見えている。
 すぐに2人で門を抜けた。
 
 声をかけるまでもなく、扉が開かれる。
 玄関ホールには、1人の男性が立っていた。
 
「お帰りなさいませ、旦那様、シェルニティ様」
「ただいま、キット」
 
 いかにも執事といった黒い貴族服の男性が、無表情で、頭を下げる。
 この屋敷の執事をしているキサティーロ・コルデアだ。
 彼の5歳年上で、今年、40歳になる。
 ローエルハイドの執事となって20年になるだろうか。
 
 その翌年に、彼の両親は他界したのだ。
 
 なにもできずにいた彼の代わりに、葬儀を取り仕切っていたのを記憶している。
 いつも、キサティーロは完璧だった。
 彼も、深く信頼している。
 
「シェリー、執事のキサティーロだ。私は、キットと呼んでいるがね」
 
 シェルニティが、キサティーロに会釈をする。
 それから、少し困った顔をした。
 
「初対面なのに、愛称でお呼びするのは、慣れ慣れし過ぎますわね」
「シェルニティ様は、旦那様のお気に入りの女性にございます。いささかのご心配も無用と、お考えください。ましてや、私に敬語を使われる必要はございません」
 
 無表情な上に、棒読みに近い、淡々とした口調。
 シェルニティを突き放しているのではなく、これがキサティーロの性格なのだ。
 
「では、好きに呼んでもかまわないのかしら?」
「もちろんにございます、シェルニティ様」
 
 第1印象で悪くとらえられがちなキサティーロだが、シェルニティは違った。
 キサティーロの不愛想とも言える態度を、自然に受け入れている。
 姿が変わっても、内面は、今まで通りのシェルニティなのだ。
 
「旦那様、息子より連絡が入っていると存じます。私は、執事であり、子守りではございません。あとは、旦那様に、お任せいたします」
「ああ、わかったよ、キット」
 
 子守り、との言葉に、シェルニティが、首をかしげている。
 彼は苦笑いを浮かべつつ、彼女に言った。
 
「シェリー、先に昼食をとっていてくれないか? 私も、あとで行くよ」
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