放蕩公爵と、いたいけ令嬢

たつみ

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解かれた秘密に 2

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「お邪魔してもかまいませんか、公爵」
 
 またしてもかけられた声に、顔を向けると、見たことのある男性が立っていた。
 ちゃんと覚えている。
 この男性は、審議の際、高い場所に座っていた。
 
「かまわないとも、アーヴィ」
 
 彼が名を口にしたことで、明確になる。
 国王の隣に座っていたのは、王太子アーヴィング・ガルベリーだったのだ。
 そして、目の前にいるのも。
 
「それでは、私も座らせていただきます」
 
 王太子は、すでにグラスを持っていた。
 それを手に、彼の隣に座る。
 シェルニティの斜め向かいになる席だ。
 
「ランディに、クドクド言われなかったかい?」
「ええ、まぁ……あれこれと魔術道具を持って行けと言われました。僕は、魔術の腕が、まだまだですから、心配なさっておられたようです」
「まさか、持ってきてはいないだろうね?」
「まさか」
 
 2人が、顔を合わせて笑った
 そのあと、王太子が、シェルニティのほうに顔を向ける。
 咄嗟に、顔を隠したくなったが、今日は隠すための髪は結い上げられていた。
 
「先ほどのダンス、とても、素晴らしいものでした、シェルニティ姫」
 
 王太子は、彼女を、まっすぐに見ている。
 その表情に不快感は浮かんでおらず、むしろ、瞳には称賛の色が漂っていた。
 シェルニティは、無意識に、王太子を、じっと見てしまう。
 ひと月余りで、2人も彼女の容姿を気にしない人が現れたからだ。
 
(世界は、本当に広いのね……私が知らずにいただけで……)
 
 不意に、王太子が笑みを浮かべる。
 その表情も、とても自然だった。
 気遣いからのものでないのが、ありありと伝わってくる。
 
「僕は、父とは、あまり似ていないのですよ」
「え?」
「違うのですか? よく、そう言われるので、てっきり……これは、失礼」
 
 苦笑いを浮かべる王太子に、シェルニティは、やっと気づいた。
 王太子の顔を見つめ過ぎたのだ。
 そのせいで、国王と見比べていると思われたのだろう。
 
(よく言われる? なぜかしら?)
 
 シェルニティは顔を見られる、という経験が、ほとんどない。
 周囲の者は、あえて見ないようにしていたし、シェルニティも、見せないようにしてきたからだ。
 が、王太子は、まじまじと見られることが多いらしい。
 確かに、整った顔立ちはしていると思うけれども。
 
「国王陛下と、似ておられなくても、問題ないのではありません? 陛下と殿下は違う人間なのですから、同じであるほうが、おかしいでしょう?」
 
 シェルニティだって、母とは、それほど似ていなかった。
 ただ、シェルニティは「痣」があるので、もし、似ていたら、そのほうが「問題」になっていたはずだ。
 見たところ、王太子の容姿は、文句のつけようがない。
 であれば、なんの問題もないように思える。
 
「きみは、とても面白い女性だね」
 
 急に、王太子が気さくな口調になった。
 言いながら、実際に、笑ってもいる。
 
(彼も、そういうところがあるわよね。なにも面白いことは言っていないのに)
 
 パッと顔を、彼に向けると、彼も笑っていた。
 シェルニティは、わけがわからず、首をかしげる。
 
 普通の貴族令嬢であれば、憤慨するところかもしれない。
 さりとて、シェルニティには、人を笑わせた、という経験がなかった。
 楽しい雰囲気になっているのを、ちょっぴり嬉しく感じる。
 
「公爵が、彼女を気に入るのも道理ですね」
「でなければ、ここには来ていないさ」
「僕は、父に感謝をしたいくらいですよ。叔父上の代わりに出席しろと言われて、あっという間に、門を越えさせられ、意味がわかりませんでしたが」
「肝心なことは説明せず、それでいて魔術道具を持たせようとするのだからねえ。彼ときたら、自分が、いかに、ちぐはぐかを、未だに、わかっていないらしい」
 
 2人の会話から、審議での国王を思い出した。
 クリフォードが提出したという写真を見て「けしからん」と怒っていたのだ。
 結果として、彼女の不義ではないことにはなったが、快く思われていないのではなかろうか。
 
「シェリー、なにか気になることがあるのかい?」
「審議で、私は、陛下を、ご不快にさせてしまったわ」
「ああ、それは違うと思うよ、シェルニティ姫」
「彼女が、なにを気にしているのか、一応、確認させてくれるかな?」
 
 王太子が、彼が来る前の、審議の様子を話してくれる。
 写真を見て、国王が怒ったということやなんかを。
 
「ランディは、私がいなくても、私に悪態をつくのだからなあ」
「え?」
「けしからん、というのも、不逞ふていが云々というのも、私に対する悪態さ」
「きみに対してではないってことだね。父は、公爵に、悪態をつくのを、楽しみにしている。まぁ、趣味みたいなものだよ」
 
 そうだったのか、と思う。
 2人が、こうして口を揃えて言うのだから、間違いないはずだ。
 思うと、国王がちょっぴり可愛らしく感じられて、小さく笑った。
 
「きみを、どやしつけるような真似をしたら、私は、彼に白手袋を投げる」
「そんな! 決闘なんてするものではないわ」
「そうですよ、公爵。父を喜ばせるおつもりならともかく」
「……え? 陛下は、決闘に、お喜びになるの?」
 
 きょとんとした顔で言うシェルニティに、王太子が、くくっと面白そうに笑う。
 彼は、呆れ顔で肩をすくめていた。
 
「なるほど、それは確かにそうだね。ランディは、さぞ喜ぶだろうよ」
「父は、公爵と鍛錬するのが、お好きなのです。最近は、ちっとも相手をしないと言って、こぼしていました」
「彼の暇潰しにつきあうほど、私は暇ではないのさ」
 
 国王は「与える者」であり、ロズウェルドの魔術師たちに魔力を与えている。
 にもかかわらず、国王自身は魔力を扱えず、魔術も使えない。
 シェルニティの知識では、そのようになっている。
 
(それで、魔術師の彼と鍛錬するということは、剣か武術? 彼は、魔術だけではなくて、騎士としても優秀なのね)
 
 確かに、彼は、かっちりとした体格をしていた。
 けして、野太くはないのに、腕も筋肉質で、力強い。
 シェルニティを、軽々と抱き上げてしまうくらいには。
 
(正装をしているとわからないけれど、民服の時は……)
 
 考えかけて、頬が熱くなる。
 彼の胸元や、剥き出しの腕を想像してしまったからだ。
 以前は平気だったのに、最近は、見ると、胸が騒がしくなる。
 
「やはり、もう少し早く審議に行くべきだったかな」
「ですが、そうする“必要”があったのでしょう?」
「きみは、とても目がいい」
 
 2人は会話を続けていて、シェルニティの頬の赤さには気づいていないようだ。
 その間に、彼女は、息を整え、気持ちを落ち着ける。
 
「それで? きみが、なにに対して頬を染めているのか、教えてくれるかい?」
 
 気づかれていないと思っていたのに、しっかり彼には気づかれていた。
 なんとなく恥ずかしくて、本当のことが言えない。
 こんなことは初めてだ。
 最初に「自分は純潔だ」と言った時でさえ、恥ずかしさなど感じてはいなかった。
 彼には、常に思ったことを、そのまま伝えてきている。
 
「あの……そろそろダンスを踊りたくなって……」
「言い出すきっかけが見つからなかった?」
「ええ……うまく言えないことに、気後れしていたの……」
 
 つい嘘をついてしまった。
 が、彼は、気にした様子もなく、にっこりする。
 
「公爵、僕が、お相手を務めさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「私はかまわないよ。ただし、アーヴィ、それを訊くのは彼女に、だろう?」
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