放蕩公爵と、いたいけ令嬢

たつみ

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わけがわからず 4

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(ランディ)
 
 彼は、 即言葉そくことばを使い、幼馴染みを呼ぶ。
 即言葉は、特定の相手と会話のできる魔術だ。
 術者と呼ばれた者以外に、話を聞かれる恐れはない。
 
(俺は、今から夕食だ。話なら、夕食後にいたせ)
(それでは、間に合わないのさ)
(間に合わん、とは、なににだ?)
(アーヴィを貸せ)
 
 彼は、国王であるフィランディの言葉を、平気で無視する。
 幼馴染みだからというだけではない。
 フィランディを「国王」として扱う必要を、感じていないのだ。
 フィランディだって、彼を「ローエルハイド」としては扱わないし。
 
 2人の仲は、ある種の「利害関係」とも言える。
 言葉だけを聞くと「損得勘定」と同等のようだが、実際は、真逆に近い。
 彼らの「利害関係」は、気分によるものが大きいからだ。
 
 彼は、フィランディをからかうのを好み、フィランディは彼を罵るのを好む。
 互いに、気分がいい。
 それだけのことだった。
 だから、互いが本当に「気に食わない」ことをした場合、敵対も有り得る。
 それを納得ずくで、つきあっているのだ。
 
(アーヴィを? なぜだ?)
(レックスモアの夜会に来させてくれ)
 
 アーヴィとは、フィランディの息子アーヴィング・ガルベリー。
 今年20歳になる、フィランディが15歳の時の子だった。
 だが、アーヴィングとフィランディ、そして、彼が、実際に顔を合わせたのは、5年前のことになる。
 
(わかった。申し伝えておく)
(馬車では間に合わないのでね。きみの優秀な腕でもって、点門を開いておくれ、我が友よ)
(…………非常に、疑わしい)
(気のせいではないかな)
 
 フィランディが不審に思うのも、無理はない。
 彼は、いつになく上機嫌なのだ。
 幼馴染みに「借り」を作ってもいいと思うくらいには。
 
(なにをやらかしてもかまわんが、アーヴィに危険はなかろうな?)
 
 フィランディの声が、少しだけ低くなっている。
 5年前に顔を合わせたばかりとはいえ、息子を、とても気にかけていた。
 
(私は、きみが滂沱の涙を流したのを知っている、数少ない者の1人だよ)
 
 15年も息子に会えずにいたのには、事情がある。
 アーヴィの母イヴァンジェリンは、フィランディが王太子であることを知らずに関係を持った。
 けれど、その後、素性を知って、姿を消してしまったのだ。
 
 彼女は己の平民という出自から、身を引くべきだと思ったらしい。
 フィランディが若かったこともあるだろう。
 その「愛」が本物かどうか、確信が持てなくてもしかたがなかった。
 たとえ、かつての宰相、ユージーン・ウィリュアートンにより作られた「王族は、その心によってのみ妻を迎えるべし」との法があると知っていても。
 
(本当に、ガルベリーの男は、粘着気質かたぎだからねえ)
(俺の嫁はエヴァしかおらん。そうでなければ、婚姻前にベッドをともにしたりはせぬ。俺は、お前のような放蕩者とは違うのだ)
(そうかい)
 
 言葉通り、フィランディは15年もの間、イヴァンジェリンを探し続けた。
 婚姻はもちろん、即位もせず、王宮に頼ることもせず。
 公に捜索などすれば、後々、イヴァンジェリンが受け入れてもらいにくくなるとわかっていたからだ。
 
 ただし、最後の最後で、フィランディは、彼を頼っている。
 イヴァンジェリンは、頑なにフィランディを拒んだ。
 息子はフィランディの子ではない、息子と2人で暮らす、と言い張って。
 
 彼には、魔術とは関係なく、血脈がわかる。
 誰と誰が血縁関係にあるか、または、ないか、見ればわかるのだ。
 結果、アーヴィングはフィランディの子だった。
 その事実をもって、フィランディの求婚は受け入れられている。
 ようやく、15年来の「恋」が実ったのだ。
 
 この5年、フィランディは15年の歳月を埋めるかのごとく、イヴァンジェリンのことも、アーヴィングのことも可愛がっている。
 可愛がり倒している。
 
(アーヴィは、さぞ大変だろうよ)
(なぜだ)
(父親に、始終、べったりされているからさ)
(べったりなどしておらん。ともに茶を飲み、狩りをし、旅に出かけ……)
(それが、べったりでなくて、なになのかね?)
 
 この5年、フィランディは、どこに行くにもアーヴィングを連れている。
 イヴァンジェリンの出席しない公務にも、だ。
 出会った時、アーヴィングは、すでに大人と言われる14歳を越えていた。
 15年会っていなかったといっても、現在、20歳。
 そろそろ、1人で行動してもいい頃合いだろう。
 
(いいかい、きみに来てくれとは、頼んじゃいないよ? いいや、むしろ、ついて来ないでくれ、と頼んでおこう)
(む。しかし……)
(アーヴィに、恥をかかせたいのか? 父なしには、1人で夜会にも来られない、ってね。貴族の口さがなさは、きみも知っていると思っていたが?)
(よかろう。今夜は、アーヴィを1人で行かせる)
 
 かなり不本意なようだが、息子に恥をかかせるほうが嫌だったらしい。
 渋々といった口調で、彼の要求を承諾する。
 
(危険はない。それは、私が保証する。十分ではないかな?)
(息子に危害がおよぶようなことがあれば、レックスモアの屋敷を吹き飛ばしてもかまわんぞ)
(言われなくても、そうするさ)
 
 彼の「保証」に、やっと安心したのか、フィランディの口調が少し和らぐ。
 
(お前も気づいておったのだな)
(それはそうさ。私は“目が良い”のでね)
 
 フィランディは、国王だが、この国で類稀な魔術師でもあった。
 建前的に、国王は魔術を使えないことになっているため、日頃は封印している。
 が、彼にだけは、わかるのだ。
 フィランディがなにをしなくても、誰に教わらなくても、その力の大きさを把握している。
 
(あの娘の美しさは外見にあらず、であろう?)
(ランディ……私やきみはともかく、周りは違うとわかっているはずだ)
(確かにな。貴族は、外見にこだわる者が多い。だとしても、あの娘は、わかっておらんのだろ?)
 
 彼は、小さく溜め息をついた。
 フィランディの言いたいことは、彼も考えている。
 けれど、彼は、とっくに答えを出していた。
 
(私の家に、代々、伝わっている絵本を、きみは覚えているかい?)
(むろんだ。ゆえに、俺は“ガラスの靴”を持ち、国中を探し回ったのだからな)
(それなら、わかるだろう? お姫様は、王子様の口づけで目覚めるものだよ)
(お前が、王子に似つかわしくないのは、俺も認める)
(きみが言葉を飾らないのは知っているが、そうすんなり認められると、ちょっとばかり癪に障るなあ)
 
 言うと、フィランディが、ふんっと鼻を鳴らす「音」が聞こえた。
 即言葉は魔術なので、はっきりとした抑揚はない。
 それでも「雰囲気」は伝わってくるのだ。
 
(お前の気分なんぞ知らん。どの道、やりたいようにしかやらんのだからな。この臆病者め)
(グサっとくることを言うねえ。だが、きみの言う通りさ)
 
 彼に、ここまで言うのは、フィランディくらいだった。
 思った時、ふっと、シェルニティの顔が浮かぶ。
 彼が「言いたいことを言え」と言ったからだろう、シェルニティも、彼に、言いたいことを言う。
 
(ともかく、アーヴィを、なるたけ早く寄越してくれ。おかしなところに、点門を開かないでくれたまえよ、きみ)
 
 フィランディが間違えたりするはずはないのだが、軽口を叩いておいた。
 そして、返答を待たず、魔術を切る。
 いつまでも、遊んでいるわけにはいかない。
 今夜は、シェルニティを「お姫様」にするのだから。
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